企業の健康経営を阻害する要因とは?
以上を踏まえ、経産省などが推進する「健康経営」について考えてみましょう。健康経営とは「従業員の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性などを高める投資である」という考えのもと、健康管理を経営的視点から考えて戦略的に実践することと説明されています。そして健康経営の考え方に基づき、具体的な取り組みを行うことを「健康投資」と言います。企業の経営理念に基づいた健康経営・健康投資に行うことにより、従業員の活力や生産性の向上といった組織の活性化を促し、結果的に業績の向上や組織としての価値向上へつなげていこうというものです。しかし、経産省などが推進する健康経営優良法人の認定基準の評価基準を見ると、健康課題の把握(定期検診受診率など)、健康増進・生活習慣予防対策(運動機会増進等)、受動喫煙対策など、狭義の健康対策が主となっています。もちろん、健康経営優良法人の認定基準は、上記の取り組み以外に、ワーク・エンゲージメントの向上や働き方改革なども含みます。言い換えれば、健康経営への社会的関心が高まる以前から、企業が取り組んできた施策が健康経営にも含まれているのですが、それが十分に活かせていないのが現状であると言わざるを得ません。
現代の日本の会社や組織の現状を考えた時に、大きな問題となっているのが長時間労働です。労働時間が長いため、仕事以外のことになかなか時間が費やせない。これには趣味やレジャーといったことだけでなく、子育てや介護、自己啓発なども含まれますが、「仕事のせいでできないこと」が増えることで、ストレスが生まれ、健康状態を悪化させることにつながるのです。長時間労働の解消は、働き方改革の一環として扱われていますが、健康経営は働き方改革の推進と深く関係しているのです。
国際比較から見た日本のワーク・ライフ・バランス
ここで、国際比較から日本の働き方の特徴を見てみましょう。「仕事の進め方の裁量度」「出退勤時間の自由度」「仕事中の私用時間の利用可能性」の3項目において、日本は他の先進国に比べて数値が低い。ここから、日本は長時間労働というだけではなく、仕事の柔軟性が低く、そのため仕事と仕事以外のライフスタイルを両立させることが難しくなる国であると読み取れます。働き方改革では長時間労働が特に問題視され、多くの企業では、法的な規制とは別に残業に上限を設けることで、残業削減に取り組んでいます。例えば月平均40時間だった残業が、20時間になったとします。毎日2時間していた残業を1時間に減らした、というイメージです。ここでは「残業時間が単純に半分も減ったのだからいいじゃないか」と考えがちですが、「毎日1時間の残業」というのは、仕事の柔軟性やワーク・ライフ・バランスの観点から望ましいとは言えません。
その理由について、子どものいる共働き夫婦を例に考えてみましょう。毎日、朝の9時から夜の8時ぐらいまで仕事をしていた夫が、働き方改革によって残業時間が減り、7時には退社できるようになったとします。しかし、通勤時間が1時間以上かかるため、その退社時間では保育園の子どもを迎えに行くことはできない。そのため子どもの送迎は、時短で働いている妻が引き続きやることになりがちです。つまり通勤時間が長い首都圏などで生活する人の場合、残業時間が毎日1時間になったからといって、生活スタイルを大きく変えることはできないわけです。
もちろん残業を減らすこと自体は悪くありません。しかし、これからは「残業の量」を減らすことだけでなく、「従業員が望む生活スタイル」を実現することができる働き方に転換することが重要です。従業員一人ひとりのライフスタイルによって「今日は2時間残業をする」「今日は定時に帰る」といった裁量を自分で判断できるようにすることが、各人のワーク・ライフ・バランスの向上と従業員の健康を伴った健康経営につながるのです。