労働者側請求対応の基本理念
過労によりメンタルヘルス不調となった労働者や、過労死や自殺によって家族を失った遺族が、損害賠償請求をしてくることがある。提訴や判決に際し、記者会見が行われると、メディアに拡散され、企業のイメージダウンは免れない。当然それは、消費者、取引先、金融機関等のステークホルダーからの信頼を失うことにつながる。労働者(およびその家族)は、企業を信頼したからこそ入社したのだが、生命や身体を侵害されたことにより損害賠償を請求するということは、企業との信頼関係が損なわれたということだ。退職後に残業代請求がなされるケースや、メンタルヘルス不調、過労死に関する損害賠償請求なども含めた、これらの問題はすべて、企業に対する不満が背景にあると言えよう。
損害賠償請求されてしまった段階でも、企業としては、労働者側との「信頼」を基礎とした対応をすることが重要だ。こうした基本理念のもとに誠実な対応をすれば、紛争の拡大や長期化というリスクを減らすことができる。
まず企業の経営者が、解決方針を打ち出すことだ。そうすれば、人事労務担当者や職場管理者が、一貫した対応をすることができる。逆に一貫性のない対応をしてしまうと、信頼を取り戻すどころか、そうした対応への不満に起因する「二次クレーム」が発生し、裁判に至る可能性が出てくる。
紛争段階ではリスクマネジメントが必要だが、労働者側を決してクレーマーやリスクそのものとは捉えず、人格を持った人間として信頼する、そうした「信頼」を基礎にした対応を取ることが重要である。
労働者側請求対応における企業の姿勢
メンタルヘルス不調や過労死により、労働者や遺族が損害賠償請求をする時、人事労務担当者や職場管理者(ひいては企業組織全体)に対する“裏切られた思い”が強い。要するに、一生懸命仕事をしたのに報いてもらえなかった、という不満だ。特に、過労死や自殺をした労働者の遺族は、精神的な苦痛を受けているとともに、真実を知りたいという気持ちがある。にも関わらず、それを人事労務担当者が適当にあしらってしまうと、労働者側は、感情をさらに害されるとともに、いよいよ企業との信頼関係が破壊されたと考え、紛争へ持ち込むことを決意する。
遺族が企業に労働実態や健康状態に関する資料の開示を求める段階などは、すでに信頼関係が揺らいでいる状態だが、そこから裁判にまで発展してしまうのは、そうした経緯の中で、遺族が、企業との信頼関係が確定的に破壊されたと感じたからである。
人事労務担当者としては、労働者や遺族の言い分に対し丁寧に耳を傾け、その気持ちを理解することが必要だ。たとえ紛争に発展する気配がなくても、決して気を抜くべきではない。
さらに付け加えるならば、人事労務担当者が“共感的な態度”を示す(“同調”ではない)ことで、労働者側も、自身の言い分を聞いてくれたと思い、被害感情や不満が和らぐことがある。
労働者側の話を公平な立場で傾聴する姿勢は、すぐに身につくものではないので、担当者教育が必要だ。担当者レベルで対応できないクレームが発生した場合は、上司が対応することになるが、たとえ上司であれ、態度が悪ければ「二次クレーム」が発生しかねない。よって、管理職教育も必要となってくるだろう。
いずれにしても、労働者側請求対応に際しては、「信頼」を基礎にした対応こそが基本理念であることを忘れてはならない。