産業医の具体像
人事に携わる方であれば、「産業医」のことは知っているという方がほとんどだと思います。ですが、「なぜ産業医と連携することが会社の利益になるのかよくわからない」という方はまだまだ多いのではないでしょうか。そこで今回は、なぜ産業医と連携することが、健康経営、さらには経営改善につながるのか、約30社の産業医をやっている私が経験した実例を交えながら解説いたします。(詳細は個人情報保護のため変更してあります。)
ある会社からこのような相談がありました。
「今まで工場で働いていた労働者を、定年後、再雇用するシステムを作ることになったのですが、どういう点を注意すればいいのでしょうか。」
私の答えはおおよそ次のような感じです。
「高齢になると様々な衰えが生じます。例えば、筋力は若い頃の半分に、平衡感覚や視力、注意力等はさらに落ちることになる。ということは、普通、躓かないところでも躓いたりする労災を起こす危険も高まるでしょう。また、高齢者はさまざまな疾患を抱えていることが多く、急に具合が悪くなる可能性も高くなります。」
相談を受けた私は、実際に工場へ行って作業を見学させてもらい、いくつか重要かと思われる部分の指摘をしました。
「何ヵ所か躓きやすいところがありますね、注意を促せるようにテープを張りましょう。また部屋全体が暗いので、もう少し照明を明るくしましょう。」
さらに、高齢の従業員の健康診断の結果を見せてもらうと、その内容を受けて医者に行ってもらったり、夜勤作業は控えてもらったりしました。こうした専門的立場からの訪問と指導を月に1回繰り返すことにより、会社は高齢者を定年後再雇用した後も、大きな事故や不良品の多発がなく、無事に回っているようです。
もう一つ、具体例をあげましょう。
理系の大学を優秀な成績で卒業し、将来を嘱望されて入社してきた若者がいました。しかしいざ入社してみると、どうも他の人とうまくやれない。例えば、事務作業に関しても、普通連絡するだろうと思うところへの連絡を怠っていたり、客先からの電話を取れなかったりする。本人も苦しんでいるので、産業医のところに持ち込まれることになります。
医学的知識があると「ああ、これは○○と言われる、生まれ持った性質がある方だな」というのがわかります。そこで、本人が希望すれば、心療内科ないし精神科クリニックを受診して診断名をつけてもらった上で(実はこの作業は必須ではありません)、社内でどのような作業を任せればよいのかを探します。
結局彼は、機械のデータを正確に読んで出力などを調整する作業につくことになりました。この仕事は一人作業のため、希望する人が少なかったのですが、彼の性分には合っていたらしく、嬉々としてやっています。おそらく、他の人に任せるより効率も上がっているはずです。
会社にとって二つの大きなメリット
このように産業医を雇うことにより、企業は二つの利点を持つことになります。一つは法令順守の観点です。前者のケースで、もし産業医を選任せず、きちんと相談をしていなかったとしたら、事故等が起きた場合、会社は大きなリスクを背負おうことになります。
もう一つは経営的な観点です。“適材適所”という概念があります。例えば、ある分野は苦手だが、ほかの分野に関しては極めて高い能力を持つ人がいます。 これを誰かが見つけて、人材配置を最適化しなければなりません。後者のケースでは、彼の資質にあった仕事が見つかったことで会社の戦力になりました。
もちろん適正な配置を見つけるのは医者でなくてもよいのですが、働く人の健康を守る産業医は、従業員と仕事をマッチングさせることも業務の一つです。こういった調整こそが、産業医の喜びだと感じています。
合同会社DB-SeeD
日本医師会認定産業医 労働衛生コンサルタント
神田橋宏治