「私は、人事と書いて『ひとごと』と読みたくなる。会社の利益を優先して個人を踏みにじることも多くあるからだ。友達がバンバン地方に飛ばされている現状は許せない。しかも、社内で人事部の社員を見るとツンとすました奴が多いのも気に入らない」(家族も会社も大好きだから毎日はっぴぃ)
等、就活生以外の評判は必ずしも高くはない。
社員に対する人事の「想い」が残念ながら意図通りに繋がっていないようである。20年間で450社以上の人事の方と交流してきた中で感じるのは、背景の一つに、人事の機能が成果主義人事を境に「母親的」から「父親的」に変わってきたことがあるのではないかということ。
「父親的」とはビジョンを示し、目標を掲げ、ある意味厳しく接する、経営や事業部のトップのような組織機能。わが子のように見捨てず、いいところを見つけ、伸ばしていくのは「母親的」な組織機能。ある意味で人事は「母親的」な機能で社員と接していたが、成果主義人事の仕組みとともに、仕組みの番人のように社員に守らせる機能が強まり、「父親的」な組織機能の一面が大きくなってしまった印象を社員に与えているように感じる。
しかし、実際に人事の方と接してみると、全部が「父親的」なのではなく、人件費だったり、グローバル人材の不足だったり、経営や事業部側からの突き上げも厳しい中で、社員が持ち味を活かして活躍して欲しい観点から施策を考えているのも事実である。
なぜ、人事の想いがストレートに社員に伝わらなくなったのか。
それは、経営や事業部側への答申・報告の仕方と同じ資料をベースに社員に話していることが原因ではないだろうか。だから通達のように聞こえ、社員のことを考えてくれている面が伝わらず、人事が官僚的になったと受け取られてしまうのだ。
ゆえに、施策を伝える時に、社員を具体的に思い浮かべ、社員の気持ちや立場になり、「この施策はあなたにとってどんな意味があり、個人レベルでこんなメリットがありますよ。制度としてお願いする代わりに、こんな約束を人事がするので安心してください」という文脈で伝えてあげればいいのである。
社員は自分の評価報酬やキャリアに関心があり、当然処遇が落ちることは嫌だと考える。だからその関心事を起点にして伝えてあげるだけで随分印象は変わる。例えば、IT企業で「皆さんの適性に合わせ、マネジメントコースとスペシャリストコースに・・・」というと、「管理職を分けたい理由は、管理職の椅子に座っている人以外は給料を下げたいのか」という印象を与えかねない。
「わが社は、みんな強みと専門性をもった方々なので、その領域を高め深めていくスペシャリストをコアとして処遇していきます。その強みと専門性の中でマネジメントが得意な方々、マネジメントの役割を担っていただくことが会社にとっても皆さんにとっても幸せになりますよね。・・・」と言うと、自身の強みや専門性を伸ばし、活躍することが王道と肯定される上に、マネジメントの仕事も専門性という位置づけになるので、処遇で差がついても、「重たい役割を持ってくれている専門家だから」とポジティブにとってくれる社員が多くなるだろう。
ちょっと綺麗ごとの例えだったかも知れないが、社員の指揮が上がり、業績も人材も大きく伸びた企業が実際に人事制度の説明会で実施した伝え方の一部分なのである。
処遇面の切り口ではなく、ビジネスと働く人の本音をどう結び付け、意味を持たせてあげるように伝えるかで効果は大きく変わる。あとはほんの一工夫して、社員の本音に答えてあげる伝え方をしてあげれば、人事の想いは伝わりやすくなる。社員への愛が正しく伝わらないのはもったいない。
HR総合調査研究所 客員研究員 松本利明
(人事コンサルタント)