宇宙飛行士である主人公は、事故のため、ひとり火星に取り残される。空気も水も食料も限りある中で、創意工夫をこらし、救出されるまでの歳月を生き延びる。
「ひとりDASH村」と評した人もいたようだが、過酷な火星の環境の中でのサバイバル術は、みごとというほかはない。それ以外にも、NASAの組織内での様々な思惑や救出プロジェクトに携わる人々の献身、救出劇のハラハラドキドキなど、見どころの多い映画だった。
しかし、最も興味をひかれたのは、次の火星探査機が訪れるまでの4年の日々を生き抜こうと決意し、そして1年半にわたって、これでもかと襲い来る困難と戦い続ける、主人公のメンタルの強さである。
彼の「折れない心」を支えたものはなんだったのだろうか。
人を恨まず、ユーモアを忘れない
それが不可抗力の事故だったとしても、被害者になったときに加害者を恨まずにすむことは難しい。マーク・ワトニー(『オデッセイ』の主人公)の場合は、その加害者はいままでともに厳しい任務を遂行してきた火星探査クルー全員である。彼らに「見捨てられた」と感じたときの衝撃は、想像に余りある。
だが、彼は人を恨んで時間をムダにすることはしなかった。
ここでのポイントは想像力だろう。同じ立場であるからこそ、他のクルーがどうして彼を残して火星を飛び立ち、彼が死んだと思ってどのように感じているのか、はっきりと想像することができた。だからこそ、地球との通信が回復して、最初に伝えたのが「他のクルーに責任はない」ということであった。
マークのこのような態度は、仲間のクルーたちへの思いやりであると同時に、自己憐憫や、恨みや怒りが行動へのエネルギーを吸い取ることを防ぐ、という大きな効果があった。
二つ目には、彼がずっと陽気であったことだ。映画を見ている間中、ずっと感じていたのは、見ようによってはジョークを連発し、脳天気とさえ言える態度だったことである。
ユーモアというのは、状況から少し距離をおいて見る、ということでもあり、状況を見る枠組みを変える(リフレーミング)ということでもある。
どちらにしても、加熱しそうになる感情をクールダウンし、恐怖、不安、孤独、怒りなどに支配されてしまわないようにするために、有効なやり方だ。
場にそぐわない不謹慎なジョークを発したり、周りの冷たい顔も顧みず、オヤジギャグを連発する上司や同僚を、あまりばかにするなかれ。ほんとうに厳しい立場に立ったとき、同じような態度を貫くことができれば、そのユーモアはサバイバルの重要な武器となる。
睡眠の大切さと、ひとりではないと感じること
火星で生き抜くためには、考えなければいけないこと、やらなければいけないことが山積みだ。そして、その課題は、複雑にこんがらがり、解決しようとする意欲さえ失わせるような形で目の前にそびえたつ。 だが、マーク・ワトニーは、「まずはできるところから」「一日ひとつずつ」という態度で、着実にそれらをこなしていく。 そして、一日働けば、夜は眠る。火星の一日(ソル)は地球の1日より40分長いだけで、1ソルを地球の1日の感覚で過ごすことができる。思いついたことを早く試したいという気持ち、自分の作業にのめり込んで時間を忘れる気持ち、そして、焦りから休むまず働き続けたくなる気持ち、これらを自分のことのように理解できるビジネスパーソンは多いことだろう。
だが、とにかく夜は眠る。体力が回復することはもちろんだが、精神力の回復のためにも、睡眠はぜったいに必要なものだ。問題山積で、過酷な環境で、ぎりぎりのデッドラインに直面している人ほど、このことをきちんと理解してもらいたい。
最後に、ひしひしと感じたのは、人は他人とのコミュニケーションなしでは生きていけないということだ。
マーク・ワトニーはビデオにむかって語りかけ、自分の日々や感情を記録に残していく。それは、記録のためだけではなく、一方通行であっても、ビデオの向こう側にいるだろう人たちに語りかけているのである。これも、絶対的な孤独の中で、正気を失わないための一つの方法だ。
NASAと交信するための必死の努力の数々も、地球と連絡がつかなければ死につながる、というそれだけではない意味がある。
地球と通信できるとわかったときの彼の述懐がこれだ。
「また人と話せる。史上最も孤独な人間として3ヶ月すごしてきたが、ついにそれもおしまいになる。/確かに救助される見込みはないかもしれない。でももうひとりではない」(原作『火星の人』より)
自分はひとりではなく、だれかに支えられていると実感すること。これも、逆境に打ち勝つメンタルを作る、大切な要素なのである。
メンタルサポートろうむ代表
社会保険労務士/産業カウンセラー/セクハラ・パワハラ防止コンサルタント
李怜香(り れいか)