退職を決意したAさん、談話室で退職日について上司と相談をしている……
Aさん「いろいろお世話になりました。」
上司 「こちらこそ。ところで退職日は今月末ということでいいかな。」
Aさん「いえ、年次有給休暇(以下年休)があるので来月10日で。」
上司 「(来月10日は賞与の支給日じゃないか…こいつめ……)まあそう言わず今月末で。」
Aさん「いえいえ、来月10日で。」
賞与トラブルとその予防対策

労務管理の現場で起こりがちな事とは

 賞与の支給要件として、「支給日に在籍していること」と定めている会社は多いだろう。このため、Aさんのようにそれを見越して退職時に年休を取得するケースは珍しくない。私も同様のケースで顧客企業から「何とかならないか」と相談されることもあるが、基本的に年休の行使を断る術は無く、この場合は賞与を支給せざるを得ないのが現実である。また、この事例に限らず賞与に関するトラブルというのは実務上結構ある。例えば次のような事例は実際に労務管理の現場で起こりがちである。

「評価対象期間中働いていたのなら、退職者でも賞与はもらえるはずだ!」
「何の理由の説明も無く、賞与が減らされた!」
「求人票に“賞与あり”と書いていたのに無い!」
「聞いていた額と違う!」
「○○さんより少ないなんて納得できない!」
「額が少な過ぎる!こんなの賞与と呼ばない!」

賞与に関する2大ポイント

 経営者の立場としては、せっかく頑張ってやりくりして賞与を出しているのに、こんな風に言われたのでは目も当てられない。経営者が可哀想過ぎるというものである。しかし、労働者側にも一定の理はあるのだ。そこで、こうした賞与に関する惨劇を繰り返さないためにどうすれば良いのか、大きく2つのポイントにまとめてみた。

ポイント①:賞与のルールを整える

 何はさておき、就業規則等できちんと賞与に関するルールを整備することである。整備するといっても、注意点はそう多くない。基本的に次の3点を押さえておけば大抵のトラブルは避けられる。

●「支給日に在籍している人に払う」と明示する
 …冒頭のような例もあるが、こうしておかないと既に退職している人にまで支払わなければならなくなる恐れが出てくる。
●支払時期を延長したり、支払わないことがあったりする可能性があることを明示する
 …業績等次第で賞与が出ないこともあり得るというとは、ぜひ周知しておきたい。
●金額の定めはしない
 …支給率や支給額を決めてしまうと、労働者側に賞与請求権が認められる可能性がある。不要なリスクは避けるべきだろう。

ポイント②:賞与の支給根拠を共有する

 会社はなぜ賞与を出すのだろうか。一般的には次のような理由が挙げられる。

A社「他社がだしているから」
B社「出さないと社員が辞めるかもしれないから」
C社「人件費の調整弁として」
D社「利益処分の一環として」
E社「社員のやる気UP!」 …etc

 理由はいろいろあるが、E社のような効果を引き出したいというのが、多くの経営者の理想とする所ではないだろうか。しかし、毎夏毎冬定期に賞与を支払っているうちに、段々とそれが当たり前になって、もらう側は「賞与はもらって当たり前」という感覚に陥りがちだ。
 そこで、そうならないための工夫が必要になってくる。書籍やインターネット検索などで調べれば多くの面白い賞与制度を知ることができるが、それらに共通しているのは「どういう状況になれば、どれくらいの賞与が出る」という賞与額の根拠を明確にしている点である。支給根拠に納得が得られれば、トラブルにはならず、士気も向上するという訳である。

 松下幸之助の著書「道をひらく」(PHP研究所、1968年発行)の中に、次のようなくだりがある。
 『同じ金でも、他人からポンともらった金ならば、ついつい気軽に使ってしまって、いつの間にか雲散霧消。金が生きない。金の値打ちも光らない。』
 賞与は決して他人からポンともらえる金ではない。自分が頑張って勝ち取ったものだと思ってもらえるような仕掛け作りは、トラブル防止のみならず、事業の成長という点からも一考の価値があるかもしれない。


出岡社会保険労務士事務所 出岡 健太郎

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