「お前が好きなんだ、どうしようもなかったんだ、わかってくれ、自分のものにしたかったんだ」「今、離婚の話を進めている。離婚しようと思っているから待ってくれ」
これは、ドラマの中のセリフではない。現実の裁判の過程で明るみに出た言葉である。
 恋愛、そして不倫。通常は、その過程を知るのは当事者のみである。だが、セクハラの裁判の中では、そのような男女関係も、「不法行為かどうか」という観点で裁かれることになる。
恋愛とセクハラの微妙な関係

恋愛がセクハラになる条件

 恋愛と不倫は、どちらもプライベートなことであり、男女が合意の上で性的な関係に至ったのだから、会社には関係ないし、別れた後で、女性の側が「セクハラされた」と訴えるなど言語道断。このような考えを持っている向きもあるかもしれないが、現実には通用しない。
 もちろん、すべての社内恋愛や不倫がセクハラだというわけではなく、裁判所がセクハラと認め、加害者に対して、そして、場合によっては会社も連帯して、損害賠償を命じるには条件がある。
 まず、当事者の一方、たいていは男性の側が強い権力を持っており、女性の側が報復を恐れて逆らえないような関係であるとき。つまり、一見合意があるように見えても、当事者間の力の差が大きいことから、被害者はいやいや従っており、実態は強制だったという場合である。
 冒頭の言葉は、熊本バドミントン協会役員事件(熊本地裁判決 平成9年6月25日)の判決から引用した。
この事件の場合は、被告の男性はバドミントン協会の役員の地位にあり、原告の女性は実業団のバドミントン部の選手であった。原告は、被告に強姦された上、半年にわたって性関係の継続を強要されたとして訴え、被告の側は、原告から誘われて性関係を持ち、その後も被告に妻子がいることを承知して交際を続けていたもので、合意があったと主張した。
 結果的には、強姦されたと告訴したり、性関係を拒否すれば、加害者が協会役員の地位を利用して、自分の選手生命を奪う可能性があると思い、逆らえなかったとする原告の女性の主張が認められ、慰謝料300万円の判決が下っている。
 また、X社事件(東京地裁判決 平成24年6月13日)では、被告男性は原告女性の直属の上司であり、会社の代表取締役の親戚だった。このふたりには、8ヶ月の性的関係を含む、2年間の不倫関係があり、原告は強要されたものとし、被告は合意だったと主張した。
判決では、男性側の不法行為を認め、会社にも使用者責任があるとして、連帯して200万円の慰謝料の支払いが命じられている。
 そして、恋愛や不倫がセクハラと認められるもうひとつの条件は、原告(被害者)の証言のほうが、被告(加害者)よりも不合理でなく、自然であると判断されることである。
 最初は性関係を強要されたにしても、何ヶ月にもわたって続けるのは、途中からは愛情や愛着が生まれたのではないか、つまり、合意だったのではないか、と一般的に見られがちだ。だが、性暴力被害者の心理的な後遺症に関する最近の研究を見ると、無力感や卑小感が生じて自分を恥ずかしく感じ、なおさら相手に逆らえなくなる、さらには、逆に加害者に愛情や感謝の念を抱く場合まであることが指摘されており、裁判所もそのような見解を支持している。
 外形的に一定期間交際が続いたり、最初の強姦から3年もたってから提訴したというような場合でも、そのような心理状況から見れば、不自然とはいえない、という結論になるのである。

社内恋愛を禁止できるか

 一般的な社会通念からいえば、合意があるだろうと思われる男女関係にも、セクハラの烙印がおされ、会社の責任が追求されるのではたまったものではない。「危険な社内恋愛は禁止してしまおう」と考える経営者がいても、無理からぬことである。
 だが、恋愛は私的な問題であり、会社がそこまで踏み込んで規制することには無理がある。
 抑止的な意味で、就業規則に「社内恋愛禁止」という項目を入れるのは、違法とまでは言えないが、それをたてに懲戒処分まで行うと、その有効性を否定される可能性が高い。
 では、会社がなにも対策できないかというと、そうではない。理由が恋愛であれ、不倫であれ、結果として社内の風紀が乱れたり、業務に支障が生じるような事態が起こることについては、あらかじめ就業規則で禁止することも可能であり、それを理由とした懲戒もできる。
 結局、セクハラに関する規定を具体的に定め、さらに、恋愛も場合によっては不法行為になるということを含めて、社内でのハラスメント防止教育を徹底するという、基本的な対策が有効なのである。

メンタルサポートろうむ 代表
社会保険労務士/セクハラ・パワハラ防止コンサルタント/産業カウンセラー
李怜香

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