社会保険労務士がメンタルヘルスに関わるときに必要となることとは
ご存じのように、従業員50人以上の事業場には産業医の選任義務があります。しかしながら、それ以下の中小企業においてもメンタル不全の問題は多く生じています。人事労務担当者や、あるいは社内でそういった担当者を立てて対応している会社が多く見られます。相談を受ける専門家でその次に多いのは、社会保険労務士(以下、社労士)であろうと思います。ただ社労士の皆様は必ずしもメンタル問題の専門家ではありませんから、どういった知識や経験が必要とされるのかに関してお困りのことも多いかと思います。
先日の産業衛生学雑誌(2020年62巻1号p13~24)に、その点についての検討をおこなった論文が掲出されていますのでご紹介します。この論文では全国社会保険協会(全社連)の協力を得て、のべ100人余りの社労士の方々の協力と同意形成によって「社労士がメンタルヘルス問題に関連した時必要となるコンピテンシー」をまとめています。協力してくださったのは社労士経験10年以上の方が半数を占め、全員がメンタルヘルス疾患の事例を10件以上経験しており、100件以上経験している方も5%程度はおられる集団です。
この中で73項目の「コンピテンシー(行動特性)」が同定され、それらは大きく20種類に分けられます。少し数が多いので、以下簡単に20個にまとめます。
(1)法令・通知・マニュアル・判例などの理解
(2)メンタルヘルスの対応をするための個別情報の収集
(3)メンタルヘルスの個別対応全般に関して適切な立案や勧奨
(4)休業者の復職時の適切な対応
(5)就労継続への適切な対応
(6)休業者の退職時の適切な対応
(7)障害者雇用等の精神疾患を持つ従業員の採用時の適切な対応
(8)傷病手当金・障害者手帳・障害者年金制度の熟知と代行、もしくは担当者へつなぐ
(9)労働局・散歩センター・障害者就業センターなど社外組織の理解・活用・連携
(10)メンタルヘルス対応に必要な就業規則の整備
(11)顧問先の人事や、経営方針、衛生管理者等背景となる顧問先の理解
(12)再発防止への取り組み
(13)休業者対応の記録と適切な保管
(14)休業者等の個人情報の保持
(15)社労士としての倫理を踏まえた対応
(16)常に新しい知識・知見を身につける研鑚
(17)自分自身のストレスマネジメントなど専門家としての必要な対応
(18)事業者とメンタルヘルスに関する指針作りと、改善の進捗確認などより良い職場への助言・指導
(19)ストレスチェック制度の理解・運営・指導など
(20)顧問先への必要な教育・研修
正確な内容を知りたい方は、原著をお読みください。
参考資料:「調査報告 社会保険労務士が事業場のメンタルヘルスに関わる際に期待されるコンピテンシーの検討」
中小企業は顧問として産業医を利用するのも有効手段
これらを見ていると単なる知識に限らず個別対応(2~7)から事業者への対応(10~12、18、20)、社労士としての倫理や姿勢(13~17)、適切な他専門家や他機関との連携(8、9)といった、実践知にいたるまで極めて広い範囲が必要とされています。そのためには相当程度の研鑚を積み修羅場を踏む必要もあります。もちろん、これらをすべて身につけているのが望ましいのですが、むしろ現実的には、一人の社労士が無理をして対応を抱え込むのではなく、経験が多い先輩・上司や他分野の専門家との連携を視野にいれることが重要だと思います。産業医は、メンタルを含む健康問題に関して各従業員と事業者の両方を俯瞰しながら予防を含め最善の解決策をさがしていくことに慣れていますので、産業医と連携することも有効な手段のひとつです。必ずしも法定で定められた選任という形でなく、顧問という自由で比較的安価な形で、さまざまな健康問題に対して都度対処する産業医も増えています。優秀な産業医はきわめて会社のためになります(産業医が介入したことでそれまで毎年数人は出ていた急な退職・休職が数年間一人も出ていない会社などの事例があります)。対応に苦慮する場合は、企業側に顧問産業医の介入を提案することがおすすめです。
私見ですが、どの士業でも最も大事なもののひとつは同業者・異業者を含めた横のつながりです。会社の発展のために、また、関わる皆がハッピーに(少なくとも不幸せをなるべく少なく)過ごしていくために、是非そういった多業種連携をおすすめしたいと思います。
神田橋宏治
合同会社DB-SeeD
日本医師会認定産業医 労働衛生コンサルタント
https://industrial.doctor.tokyo.jp