仕事に感情を持ち込んではいけない──
これを聞いて「もっともだ」と思う人は多いだろう。「仕事に感情を持ち込まない」というのは、「仕事中にマイナスの感情にとらわれて、泣いたり怒ったりすべきではない」というのが本来の趣旨なのではないだろうか。しかし、マイナスの感情にとらわれない、ということ自体を意識しすぎて、自分の感情を無理に抑圧しては本末転倒だ。ここでは、「適切な感情の表し方」について考えてみよう。
『I message』(アイ・メッセージ)で自分の感情と上手につきあい、上手に伝える

抑圧された感情から生まれる「復讐」

顧客に理不尽な要求をされ、腹の中は煮えくりかえっているのに顔には出さず、「申し訳ございません」と何度も頭を下げる。日々そんな仕事の中で、自分の感情を表に出さないことに慣れてしまっていないだろうか。いっそ感情などないほうがどんなにラクか、と思うこともあるだろう。しかし、人間は残念ながらロボットにはなれない。自分の感情とうまくつきあっていくしかないのだ。

では、「感情とうまくつきあう」とはどういうことか。

それはマイナス感情も含め、すべての感情は自分の一部であると認めることである。そして、それはあくまでも一部であって、すべてではない。感情にのみこまれないように、自分自身で表現方法をコントロールする。それが、「感情とうまくつきあう」ということだ。そのためには、まず自分自身が本当は何を感じているのか、どういう気持ちでいるのか、そこに気づく必要がある。

というと「自分の気持ちなんて自分でわかっているよ」、という答えが返ってくるかもしれない。だが、本当にそうだろうか?

「ここではどんなマイナスな感情も、たとえ不道徳なものであってもすべて受け入れます。どうぞ、あなたの気持ちを話して下さい」と言っても、すぐに自分の気持ちが言える人は、実はそれほど多くない。感情を出さない習慣をずっと続けていると、感情は心の奥の方に入ってしまって目に見えるところに出てこなくなる。

そのような状態がずっと続くと、表現されない感情は持ち主に「復讐」を始める。

「風邪でもないのに、いつも頭が痛い」
「会社に行こうとするとお腹が下ってしまう」
「なかなか眠れない。眠っても早朝に目が覚めてしまう」

そう、抑圧された感情はそのまま消えてしまうわけはなく、身体症状として出てくることがあるのだ。そんなことになる前に、自分の感情を少しずつ表に出すコツを覚えよう。

『I message』で考え、伝える習慣をつける

そのための一つの方法として、主語を「わたし=I」にする考え方がある。このような言い方を“I message”(アイ・メッセージ)という。それに対して、主語を「あなた=You」とする言い方を“You message”という。

“I message”と“You message”は、コミュニケーション方法を考える際に必要となる区分けだ。発言がパワハラと受け止められるのを防ぐため、部下に要望を伝える時には“You message” ではなく、“I message” にしたほうがよい、という話を聞いたことはないだろうか。また“I message” が役立つのは、そのように他人とコミュニケーションをとる時だけではない。自分自身の深い感情に気づくこともできるのだ。

例をいくつか挙げてみよう。

「あの人がにらむから怖い」
「(わたしは)あの人の顔を見たら、こちらをじっと見ているので、にらまれたと思って、怖くなった」

「なんてグズなんだ」
「(わたしは)あなたの動きが遅く感じられて、いらいらする」

「わかってくれない」
「(わたしは)自分の気持を理解してほしいと思っているが、あなたにうまく伝わっていない」

「一体、何をやっているんだ」
「(わたしは)あなたに期待していることがあるのに、あなたがそれに応えていないと感じて、腹が立っている」

主語がない場合、どのような印象を受けるかおわかりになっただろうか?

主語がないほうが日本語としては自然なので、考える時も主語を省略するのが普通だ。しかし、ここでは練習のために一度「わたしは」と主語をつけて考えてみてほしい。

「わたしは」という主語をつけると、本当はどうだかわからないことを自分勝手に決めつけていたり、自分の都合を相手に押し付けたりしていることが、はっきり見えてくる。自分の感情を表す時に“I message”を使うと、自分の感情を周りのせいにするのではなく、自分自身から出たものとして考えることができるので、マイナスの感情に飲み込まれにくくなる。ぜひ試してみていただきたい。
李怜香(り れいか)
メンタルサポートろうむ 代表
社会保険労務士/ハラスメント防止コンサルタント/産業カウンセラー/健康経営エキスパートアドバイザー

この記事にリアクションをお願いします!