個々の行動を“見える化”することで、気づきに繋げる
寺澤 人事の方々は、日々さまざまな課題を抱えていると思いますが、日頃から数多くの相談を受けていらっしゃる藤原さんの目から、人事の方々が今どのような課題に直面しているのか、最近の傾向について教えていただけないでしょうか。
藤原 やはり最近多く見られるのは、管理職と部下とのコミュニケーションの問題でしょう。SNSでのやり取りが当たり前となった昨今、若い人たちのコミュニケーションスタイルは大きく変わってきており、管理職世代のやり方が通用しなくなってきています。組織の問題はさまざまだと思いますが、その中でもコミュニケーション不全は多くの企業にとって共通した課題ではないでしょうか。
寺澤 まさにそこは私たちの調査とも符合するところです。ただ一方で、コミュニケーションの問題は企業ごとに傾向が異なり、その点を検証・把握しないまま、闇雲に処方しても、かえって逆効果になることもあると思います。ではいかに検証・把握をするのでしょうか。
藤原 360度フィードバックによって管理職を中心とした組織のコミュニケーション状態を検証・把握することができます。360度フィードバックは、主に管理職の行動に着目しており、個々のマネジメント行動の状態を“見える化”することがポイントです。対象者にとっては、「あなたの“能力”は低い」ではなく、「あなたの“行動”はうまく伝わっていない」という表現でフィードバックされることで、プライドを傷つけられることなく、前向きな気づきにも繋がります。また、「これはまずいな・・・」「部下からも期待されていることがわかり嬉しい!」といった感情を呼び起こすことができるのも特徴の一つです。人は頭で考えるだけでは、本気で行動を起こせない。自発的な行動は感情が動くことによって生まれるといった傾向があるので、そういう意味では、行動改善の大きなきっかけにもなるでしょう。
一方、人事部にとっても、管理職のマネジメントの状況や課題を把握できるというメリットがあります。管理職は組織を牽引する存在であり、職場のコミュニケーションにおけるキーパーソンです。そんな管理職がどういう傾向にあるのか。どういう課題を抱えているのか。それらをしっかり把握した上で、そこからリーダーシップ研修やコーチング研修など、それぞれの課題にフィットした施策に繋げていくべきでしょう。
360度フィードバックは、個人の能力を評価し賃金に反映させるものではない
寺澤 それほど効果があるにもかかわらず、未だに360度フィードバックに対して、「うちでは無理だ。組織が殺伐とする」、「部下が上司の人事評価をするなんて、あり得ない」といった声もあると聞きます。こうした誤解については、どのようにお考えですか?
藤原 弊社にも、「部下が上司を評価して、その評価結果が賃金に反映されたら、会社の雰囲気はギスギスするのではないか」といった問い合わせが入ります。「360度評価」と呼んで、ダイレクトに人事考課・査定に利用している企業、利用しようとしている企業がありますが、私は必ずしもこの使い方をお薦めしていません。360度フィードバックは、あくまで対象者の行動状態を本人にフィードバックすることで、行動を改善させるためのものです。「あなたの行動は周囲からこのように見られています」という自己理解を促すだけでなく、やる気が高まるようなアドバイスや期待を込めたメッセージなどポジティブな情報を多く得られるように、工夫して設問設計することで、前向きな行動を促すことができます。実際に360度フィードバックを受けてモチベーションが高まり、職場での行動改善が進んでいる事例は非常に多くあります。大事なことは、いかに工夫して実施することで結果を前向きに受け止めさせるかということだと考えています。
寺澤 つまり対象者の能力を評価し、本人に厳しいショックを与え、やる気を低下させるものではなく、自分の行動状態を気づかせ、行動改善を支援するための仕組みであると。
藤原 まさしくそのとおりです。査定や賃金に反映させるような評価に活用すれば、受け入れられない人も多く社内はただただ混乱するだけでしょう。
寺澤 では、正しい活用方法とはどのようなものなのでしょうか?
藤原 人材育成や組織活性化の手法として活用することであると考えています。しかし、弊社のセミナーで講演後にアンケートを取ると、「360度評価が人材育成にも活用できることを知って、目から鱗が落ちました」といったことが書かれていることも何度かあり、まだまだ正しく理解されていないのが現状であると痛感しています。360度フィードバックは、周囲からのアドバイスや励ましを対象者に伝えることで、個々人が本来の力を発揮するようになるなど、大きく成長を促します。また管理職のマネジメント行動を改善させることで、部下のやる気や能力も向上させ、活性化した組織を実現することが可能です。後ほど事例として紹介しますが、360度フィードバックを毎年実施しているソフトバンク様では、管理職の能力開発・行動変容を促進することによって、ES調査における「上司への満足度」が年々上昇しているようです。
寺澤 360度フィードバックで現状を把握することも大事なことですが、それ以上に重要なのは、この仕組みをいかに人材育成や組織活性化に活用していくのかということですね。
藤原 おっしゃるとおりです。単に結果を返却するだけのフィードバックにしないこと、結果を人事部として多面的に活用することが不可欠です。
対象者本人や人事部にとっていかに有効に活用できるか
寺澤 組織によってケースバイケースだとは思いますが、360度フィードバックを導入して、その結果を人材育成などに活かすまでの大まかなプロセスを教えてください。
藤原 まずは、実施の手順についてお話しします。管理職のマネジメントに課題があるという話をいただきましたら、まずはその課題を具体化します。部下とのコミュニケーションに問題があるのか、それとも部下マネジメントに対する意識の問題なのか。もし意識の問題であれば、現在のどのような意識をどのように変えたいのかあるべき姿を明確化します。それに基づいて設問を設計するのが最初のステップです。次に、対象者は課長なのか、それとも部長なのか。さらに、上司、同僚、部下の誰が回答するのかといった、対象者とその回答者を決めて実施の準備を行います。その後、インターネットでサーベイを実施し、回答結果を集計し活用していきます。
寺澤 どのように活用するのですか?
藤原 結果の活用には2つの観点があります。1つの観点は「対象者本人にとっての活用」です。対象者本人に、説明会や研修を通じて誤解を与えず前向きに受け止めるような解説を行い、その上で結果を渡します。そしてもう1つの観点は、「人事部における活用」です。対象となった管理職、そして組織全体としての実態を把握し、課題(原因)をどのように捉えて、どのように解決していくのかなどを検討します。ハイパフォーマーの要因分析や戦略的な人材配置などにも効果的に活用できます。
寺澤 組織の健康状態を把握した上で適切な処置をするということで、まさに組織の健康診断のようですね。そういう意味でも、特殊な状態にある組織だけがやるべきものではなく、すべての企業が定期健診のように受けるべきだと感じます。
ソフトバンクとJTの導入事例および成果
寺澤 代表的な導入事例をいくつかご紹介いただけますか。
藤原 うまく活用されることで高い効果をあげていらっしゃる会社として、ソフトバンク様の事例をお話します。複数会社の統合によって構成されているソフトバンク様ですが、統合当時は管理職のマネジメント力にばらつきが大きく、底上げや能力開発が必須だったようです。同時に、大きな会社になったことで心配される「大企業病」を防ぐためにも、ミドルマネジメント層の行動や意識が重要と考えていらっしゃいました。そのような背景から、360度フィードバックの導入に至られました。目的は、「自己認識(気づき)」「能力開発(マネジメント力向上)」「アセスメント(戦略的人材配置の参考情報)」です。これまで毎年1回8年間も継続実施され、大きな効果もあらわれているようです。例えば、360度フィードバックとは別に毎年「従業員満足度調査(ES調査)」も実施されていますが、360度フィードバックを実施して以来、ES調査における「上司への満足度」が向上し続けているなど、組織の活性化が進んでいるという効果もあったとお聞きしています。
藤原 はい、ソフトバンク様が求められる管理職像を設定され、それに基づいたオリジナル設問です。昨年からは、会社として社員に求める「ソフトバンクバリュー」も設問に取り入れるなど、進化させていらっしゃいます。非常にアグレッシブな会社であり、一緒に取り組ませていただく中で、私自身大きな刺激を受けております。
寺澤 対象者と回答者は何人くらいですか。
藤原 実施対象は、社長、副社長を除く役員と管理職全員約4000人で、回答者はほぼ全社員の2万人にのぼります。
寺澤 複数の会社が統合してできたソフトバンクの場合、管理職として期待することなど、設問設計によって一つの方向性を示すという意味合いもあるわけですね。そこで顕在化した差異がサーベイによってフィードバックされて、気づきに繋がると。よく分かりました。
では、その他の事例を教えていただけますか?
藤原 日本たばこ産業(JT)のR&Dグループ(研究開発部門)様での活用事例を説明します。R&Dグループ様では『日本一仕事がおもしろい会社』という目指すべき組織を掲げていらっしゃり、その実現に向けて4つのStepを設定されています。
Step1は『上司はチーム方針を自分の言葉で部下が共感するまで語る』、Step2は「上司は部下に仕事を任せ、部下自ら行動するようになる」、Step3は「チーム内のコラボレーションが進む」、Step4は「部署を超えたコラボレーションが進む」といったようなStepであり、これらを順次進めていくことで理想の組織をつくりたいと考えていらっしゃいました。
これらを推進されていたR&Dグループの執行役員の方は、人事部長を経験されたこともあり、これまでの豊富な人事経験や知見から、360度フィードバックは目指す組織づくりを行うための支援ツールとして使える!と感じられ、弊社にご相談をいただきました。
設問内容は、対象者の状態、チームの状態、回答者である部下自身の状態という異なる視点で構成し、どの部分に課題があるかがとらえられるような仕掛けにしています。継続実施を進めていく中で設問を都度修正し、できていないことは再度確認して、できていれば次のステップに進むといったことを繰り返しました。そういったプロセスを半年に1回、これまでに計6回実施しました。このことで良い組織づくりに向けた取り組みの実践度合いを確認できるだけでなく、組織マネジメント状況の可視化によって課題がより明確になるなど、さまざまな効果をもたらしました。
豊富な経験やノウハウを武器に、企業ごとに最適なソリューションを提供
寺澤 企業ごとの組織戦略に沿って360度フィードバックのシステムを個別設計されているのですね。まさに組織開発のコンサルティングをされているように思います。その他に、貴社の特徴はどのような点でしょうか?
藤原 第一に、360度フィードバックに専門特化することによる豊富な実績だと自負しております。「各々の企業の個別課題に応じて設計する360度フィードバック」ということであれば、日本最多の実績を持つ会社の1つであることに間違いありません。これまでに大手企業を中心に300社以上の導入に関わっています。また、そうした中で培ってきた独自の活用ノウハウも、我々の強みです。先ほどのJT様の事例のように、企業様ごとに最適な形にカスタマイズし、より具体的かつ効果的なアドバイスをさせていただきます。つまりパッケージ型の商品を画一的に提供するのではなく、それぞれの企業様ごとのオーダーメイドということです。
寺澤 貴社の360度フィードバックでは、課題解決に繋がる設問の設計から、実施、フィードバック、その後のサポートに至るまで、一気通貫でオーダーメイドのサービスを提供しているわけですね。
藤原 はい、その通りです。新規導入される企業からのお声がけも多いですが、既に導入されているが更に実施効果を高めるために改善したいとお考えの企業様からも、お問合せをいただくケースも増えています。一度きちんと説明させていただければ、「なるほど、こんな活用の仕方があるのか。360度フィードバックは、もっと有効活用できそうだ。」とご満足いただけることがほとんどです。
寺澤 日本企業では360度フィードバックにまだまだ誤解が多く、導入企業が多いと言えません。まさにこの領域の第一人者であるからこそ、誤解を解いて、裾野を広げていってほしいと思います。欧米の主要企業並みに360度フィードバックを使用することが当たり前になれば、日本の企業も大きく変わっていくでしょうね。
本日は詳細に説明いただき、ありがとうございました。
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