現在、わが国の企業は「人権デュー・ディリジェンス」に取り組むことが期待されているという。対象は大手企業に限定されていない。規模や業種・業態にかかわらず、全ての企業が「人権デュー・ディリジェンス」の実施対象である。それはどのような概念・仕組みなのだろうか。今回はこの点を概観してみよう。
今、あらゆる企業が実施を期待される「人権デュー・ディリジェンス」とは(第1回)

企業に求められる「人権尊重経営」

「人権デュー・ディリジェンス」とは、自社に関わる「人権へのマイナスの影響」を特定の上で防止・軽減し、それらの取り組みの実効性を評価して情報公開を行うことをいう。「人権DD」などと略されることもある仕組みである。このような取り組みが企業に期待されるようになった背景には、人権に関わる世界的潮流が存在する。

今から14年前の2011年、国連人権理事会は『ビジネスと人権に関する指導原則』(通称:国連指導原則)を公表した。この指導原則は「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」の3つの柱で構成されており、ビジネスと人権における最も重要な国際的枠組と位置付けられた。
国連人権理事会『ビジネスと人権に関する指導原則』の3つの柱
「企業には人権を尊重する責任が存在する」との認識は国際原則とされ、その後、各国が呼応することとなる。わが国でも2020年に国連指導原則に準拠した『「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)』が策定・公表された。2025年度はこの行動計画の最終年度に当たる。

このような事情から現在、日本で事業活動を営む全ての企業は「ビジネスと人権に関する国際基準に沿った経営活動を励行すること」が期待されている状況にある。つまり、規模の大小や業種・業態の相違にかかわらず、あらゆる企業体に「人権を尊重した経営」が求められているものである。

人権尊重の取り組みの流れ

「人権を尊重した経営」を実施するには、具体的には何に取り組めばよいのだろうか。この点につき国連指導原則では、以下の事項を実施すべきことが説明されている。

(1)人権方針の策定・公表
… 人権尊重の責任を果たすことを示した企業方針を策定し、企業の内外に表明する。
(2)人権デュー・ディリジェンスの実施
… 自社に関わる「人権へのマイナスの影響」を特定の上で防止・軽減し、それらの取り組みの実効性を評価して情報公開を行う。
(3)救済の実行
…「人権へのマイナスの影響」を被る者の救済を行う。

上記(2)が人権デュー・ディリジェンスである。人権デュー・ディリジェンスでは、具体的には以下を実施することが求められている。

(1)「人権へのマイナスの影響」の特定・評価
… 自社に関わる「人権へのマイナスの影響」について顕在化しているリスクと潜在的リスクの両者を調査・特定し、その深刻度などを評価する。
(2)「人権へのマイナスの影響」の防止・軽減
… 特定された「人権へのマイナスの影響」について原因となる企業活動を停止するなどの適切な取り組みを実施し、リスクの防止・軽減を図る。
(3)取り組みの実効性の評価
… 実施した取り組みが「人権へのマイナスの影響」の防止・軽減に効果があったか、より効果的な施策があるかなどを検討する。
(4)説明・情報の開示
… 確認された「人権へのマイナスの影響」の内容や実施した取り組み、取り組みの実効性評価などについて情報を開示する。

なお、「人権を尊重した経営」とは、単にわが国の労働関連法規を遵守することのみを求めるものではない。ここで言う「人権」とは「国際的に認められた人権」の意であり、例えば以下の項目などが対象とされている。

●強制労働・児童労働に服さない自由
●結社の自由
●団体交渉権
●雇用・職業における差別からの自由
●居住転居の自由
●人種
●障害の有無
●宗教
●社会的出身
●性別・ジェンダーによる差別からの自由

取引先企業の労働者にも人権面の配慮が必須

国連指導原則に基づく人権デュー・ディリジェンスを実施する上で特徴的なのは、企業が人権を尊重すべき対象が自社の従業員に限定されていない点であろう。

自社および自社のグループ企業の従業員はもとより、取引先の労働者、その取引先が取引をする別の企業の労働者など、自社ビジネスの商流内にある全ての企業の労働者を対象とし、人権デュー・ディリジェンスを実行することが要求されている。

例えば、製造業を営む企業であれば、原材料の仕入れ先企業や製商品の販売先企業はもちろん、当該企業の取引先であるその他の企業で勤務する労働者の人権までをも尊重することが必要になるのである。

そのため、とりわけ「人種」や「児童労働」への十分な配慮も必要な点は、見落としがないようにしたい。自社で外国籍者や年少者を雇用していなかったとしても、直接・間接の取引先の中に海外企業が含まれている場合などでは、外国籍者や児童に関する労働面で課題を抱えている事例もあるものである。

なお、人権尊重に関する企業の取り組みは、中・小規模企業であってもなおざりにはできない。中・小規模企業が直接・間接の取引先に大手企業を持つ場合、今後は当該大手企業から人権尊重に関する取り組みの実施を要求されるケースも発生し得るからである。

日本企業の「人権尊重経営」に関する取り組みは、緒に就いたばかりである。それでも、持続可能な企業経営の実現を望むのであれば、トップマネジメント主導でいち早く取り組むべき経営課題といえよう。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!