「在職老齢年金」調整のルールは3パターンある
厚生年金の制度から受け取る老後の年金を、老齢厚生年金という。この老齢厚生年金をもらえる対象者が、厚生年金に加入しながら働いている場合には、年金額が本来受け取れる金額よりも少なくなることがある。このような仕組みを「在職老齢年金」という。原則として、法人の代表者は厚生年金への加入が義務付けられている。そのため、社長業を営んでいる代表取締役が老齢厚生年金を受け取れる年齢になっても、本来の年金額を受け取れないというケースは存外多い。
このような年金調整のルールは、社長自身の年齢が“60歳台前半(60歳以上65歳未満)の場合”、“60歳台後半(65歳以上70歳未満)の場合”、“70歳以上の場合”といった、3パターンに分けて考えることができる。
そこで、今回から3回にわたり、年齢パターンごとの「在職老齢年金」の仕組みについて考えてみたい。
60歳台前半の年金カットの基準額は「28万円」
では改めて今回は、法人の代表者が“60歳台前半(60歳以上65歳未満)の場合”について、年金のカット額を決めるための仕組みを紹介していこう。60歳台前半の在職老齢年金の仕組みについて、ごく簡単に説明すると、「年金」、「役員報酬」、「役員賞与」のそれぞれについて、一定ルールに基づいて“1ヵ月分に相当する金額”を算出し、それらの和が「28万円」を超えると、超えた金額の半額が1ヵ月分の年金からカットされるというルールになっている。
(「年金」、「役員報酬」、「役員賞与」の“1ヵ月分に相当する金額”には詳細な定義があるが、本稿ではそれらの説明は割愛する)。
具体例を交えて説明しよう。仮に「年金」、「役員報酬」、「役員賞与」の“1ヵ月分に相当する金額”が、それぞれ次のとおりだとする。
(1)「年金」の“1ヵ月分に相当する金額” … 10万円
(2)「役員報酬」の“1ヵ月分に相当する金額”… 20万円
(3)「役員賞与」の“1ヵ月分に相当する金額”… 10万円
上記(1)~(3)を足すと、10万円+20万円+10万円で40万円となり、年金カットの基準額である「28万円」を12万円オーバー(=40万円-28万円)することになる。
この金額の半額である6万円(=12万円÷2)が1ヵ月分の年金から差し引かれることになるので、1ヵ月当たりの受取額は10万円-6万円で4万円となる。
つまり、月々10万円を受け取れるはずの老齢厚生年金が、上記のような条件で社長業を続けていることにより、4万円しか受け取れないことになるのである。
「年金」の“1ヵ月分に相当する金額”が28万円を超える場合や、「役員報酬」と「役員賞与」の“1ヵ月分に相当する金額”の和が46万円を超える場合はやや計算が異なるものの、「年金」、「役員報酬」、「役員賞与」の金額によっては、年金が1円も受け取れないケースも発生することになる。
トータルの収入は社長業を続けているほうが多い
それでは、社長業を続けている場合と、続けていない場合で、月々の収入額はどの程度違うのだろうか。前述の「年金」、「役員報酬」、「役員賞与」の“1ヵ月分に相当する金額”を使って比較をすると、次のようになる。【社長業を続けている場合の1ヵ月の収入】
「年金」の“1ヵ月分に相当する金額”…4万円
「役員報酬」の“1ヵ月分に相当する金額”…20万円
「役員賞与」の“1ヵ月分に相当する金額”…10万円 合計34万円
【社長業を続けていない場合の1ヵ月の収入】
「年金」の“1ヵ月分に相当する金額”…10万円
以上のように、月々の収入は社長業を続けているほうがはるかに多い。
また、社長業を続けている場合には、月々、厚生年金の保険料を納めているので、その納付実績が今後の年金の増額に結び付くことになる。このことを考慮すると、年金のカットこそあるものの、社長業を続けていたほうが、経済的には有利なように思える。
しかしながら、一旦カットされた年金が、後日、支払われることはない。社長業を辞めた暁には、カットされた年金を返してもらえるのではないかと考えている方もいるかもしれないが、そのような仕組みは存在しない。
そのため、「年金をカットされることが、どうにも我慢ならない!」という理由から、リタイアを検討する社長もいるようである。
年金カットは法人オーナーならではの悩み
実は、国民年金には、厚生年金と違って上記のような仕組みが存在しない。したがって、個人経営のオーナーの場合には、年金を受け取りながら社長業を続けていても、年金がカットされるという事態には遭遇しない。社長業を続けていることによる年金カットは、法人の代表者ならではの悩みと言える。もちろん、役員報酬や役員賞与の額を調整して、年金カットを回避したり、カット額を削減したりすることができないわけではない。だが年金のカットを嫌って、役員報酬などの額までコントロールすることが、果たして企業経営上、好ましいことなのか、という問題は残るであろう。皆さんはどのように考えるだろうか。
次回は、法人の代表者の年齢が“60歳台後半(65歳以上70歳未満)の場合”の在職老齢年金について考えてみよう。
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