近年、「CSR(企業の社会的責任)」という言葉が注目されている。企業が社会や環境に対して責任を果たすことで、信頼性やブランド価値の向上、従業員の満足度向上などが期待できる。特に人事担当者にとって、CSR活動は優秀な人材の採用と定着、従業員エンゲージメントの向上に直結する重要な戦略にもなる。本稿では、CSRの基本概念、日本と海外の違い、メリットとデメリット、具体的な事例について詳しく解説していく。
CSR、環境保護

「CSR(企業の社会的責任)」とは

「CSR(Corporate Social Responsibility)」とは、企業が果たすべき「社会的責任」を指す。企業は単に利益を追求するだけでなく、持続可能な社会の実現を目指し、環境や社会、経済に対して責任を果たすことが求められる。

具体的な取り組み例としては、環境保護のためのCO2排出量削減、地域社会の発展に貢献する活動支援、障がい者雇用や多様性推進の施策などが挙げられる。

もっとも、ボランティアや寄附といった単なる善行とは異なる。企業も社会の一員として、さまざまなステークホルダーに対して責任ある行動を取り、説明責任を果たすべきだという考え方である。

●「CSR」の国際規格(ISO26000)とは

ISO26000は2010年11月に発行されたCSRに関する国際規格で、企業がどのように社会的責任を果たすべきかのガイドラインが定められている。そこで示されているのが、企業が持続可能な発展を目指すための「7つの原則」と「7つの中核課題」である。

【7つの原則】
(1)説明責任…企業の活動による社会への影響を、十分に説明すること
(2)透明性…具体的な活動内容、社会への影響について透明性を保つこと
(3)倫理的な行動…公平かつ誠実な企業活動を行うこと
(4)ステークホルダーの利害の尊重…さまざまな利害関係者(ステークホルダー)に配慮して活動を行うこと
(5)法の支配の尊重…自国の法令だけでなく、各国の法令を遵守すること
(6)国際行動規範の尊重…法令だけでなく、国際行動規範も尊重すること
(7)人権の尊重…人権は普遍的であることを理解し、尊重すること


【7つの中核主題】
(1)企業統治…組織として有効な意思決定ができる仕組みを確立する
取り組み例:監査役や監事の選定、ステークホルダーへの情報開示

(2)人権…すべての人権を尊重し、配慮した行動を行う
取り組み例:障がい者雇用、ハラスメント防止、人権教育

(3)労働慣行…安全な労働環境や適切な賃金・労働条件を提供し、労働者の権利と福祉を保護する
取り組み例:職場環境の整備、ワークライフバランス推進、人材育成・職業訓練

(4)環境…持続可能な資源利用と環境問題に取り組む
取り組み例:省エネ・省資源、サプライチェーンにおける環境・生物多様性保全活動

(5)公正な事業慣行…不正行為を防止し、公正な競争と市場の透明性に寄与する
取り組み例:コンプライアンスの遵守、相談窓口の設置、フェアトレード製品の購入

(6)消費者課題…消費者の安全や利益を保護する
取り組み例:品質管理などの積極的な情報開示、消費者とのコミュニケーション強化

(7)コミュニティへの参画と開発…地域社会に参画し、協力関係を構築する
取り組み例:ボランティア活動、地域住民への企業説明会、インフラ整備への投資

●日本における「CSR」普及の背景

日本において「CSR」の考え方が普及した背景には、不祥事による企業の信頼低下がある。1970年代のオイルショックの時には、企業が不当な値上げや売り惜しみを行ったせいで物価上昇を招いた。2000年代に入ると、不景気のなかで食品偽装や品質改ざん、汚職事件などが相次ぎ、消費者から企業に対する信頼は大きく損なわれた。

こうした背景から、企業は単なる利益追求だけでなく、社会や環境に配慮しながら活動していく責任が求められるようになったのである。今や「CSR」活動は、経営戦略のなかで不可欠と言えるだろう。

日本と海外の「CSR」の違い

日本とそれ以外の国では「CSR」の取り組みに違いが見られる。アメリカとヨーロッパを例に出して特徴を説明していこう。

●アメリカの「CSR」の特徴と取り組み

「CSR」の先進国であるアメリカでは、1990年代後半から多くの企業がCSRの活動を推進するようになった。2000年代には、グローバル化によって発展途上国の労働者を雇用する動きが活発化し、CSRの法整備が進んだ。

またアメリカの企業は日本企業よりも積極的にCSRの内容を公開する傾向が強い。これは、投資家をはじめとするステークホルダーに対して企業価値をアピールする広報活動の一環としても考えられているからだ。

●ヨーロッパの「CSR」の特徴と取り組み

ヨーロッパの「CSR」への取り組みは、2001年に欧州委員会が発表した「CSRのための欧州の枠組みの促進」というグリーンペーパーによって重視されるようになった。このグリーンペーパーは、長期的な経済成長を目指すために策定された「リスボン戦略」の一環として位置づけられ、その中でCSRが重要な要素だと考えられている。

ヨーロッパにおけるCSRの取り組みは、EUのガイドラインに沿って行われることが多い。さらにCSRに積極的な大手企業60社あまりが「CSRヨーロッパ」という連合体となり、CSR概念の普及や啓発に取り組んでいる。

「CSR」と近しい言葉との違い

「CSR」には似たような概念や近しい言葉がある。それぞれの違いを説明していこう。

●「サステナビリティ」との違い

「サステナビリティ(Sustainability)」とは、環境や社会、経済のバランスを考慮して持続可能な世界を実現するために健全な活動を行うことを意味する。「CSR」の一部と位置付けることができる。

●「SDGs」との違い

「SDGs(Sustainable Development Goals)」とは、2015年に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」のことだ。企業の「CSR」の活動がSDGsに貢献するケースもあるが、SDGsが国際的な目標であって、CSRは企業独自の社会貢献活動である。

●「CSV」との違い

「CSV(Creating shared value)」とは、事業活動を通じて社会的課題を解決し、企業価値を向上させる経営のことだ。「CSR」は企業の社会的責任を果たすことのみを指す概念なのに対し、CSVは社会的価値を高めながら経営的価値も両立しようという概念である。

●「ESG」との違い

「ESG」は環境(Environmental)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つを指し、企業が長期的な成長を続けるために必要な要素だと言われている。「CSR」は企業が社会的責任を果たすための自主的な取り組みを言うのに対し、ESGは主に投資家や金融機関の視点から企業を評価するための指標として用いられる。

●「ボランティア活動」との違い

「ボランティア活動」は無償で行われる社会貢献活動だが、「CSR」活動は無償で行われるものに限らない。「CSR」の取り組みの中にはボランティア活動に含まれるものもあるが、「CSR」は有償・無償を問わず、より広い活動を指す。

●「コンプライアンス」との違い

「コンプライアンス(Compliance)」は法令を遵守することを意味し、違反すれば法的制裁を受ける可能性がある。一方で「CSR」活動は、法令や規範に限らず、社会や環境に対する自主的な判断に基づいた貢献と言える。

「CSR」活動のメリット

「CSR」活動に取り組むことで、企業は多くのメリットを享受できる。4つのメリットについて見ていこう。

●企業のイメージ・信頼向上

地域の環境保護活動や地域コミュニティの支援といった「CSR」活動に積極的に取り組む企業は、ブランドイメージが向上し、社会からの信用を高めることができる。また環境に配慮した商品や安全性の高いサービスを展開することも、安心や信頼につながる。

●従業員の満足度向上

「CSR」活動に取り組む企業においては、従業員の満足度やエンゲージメントが向上し、定着率アップや離職率低下につながる。労働環境に配慮することで、従業員はモチベーションが増し、働きがいを得ることができるのだ。

●利害関係者との関係強化

「CSR」活動は、利害関係者との関係強化にも大きく影響する。顧客や地域社会だけでなく、投資家や株主などのステークホルダーと良好な関係を構築するのは、企業活動を続けるうえで不可欠だ。

●コンプライアンス違反の低減・防止

「CSR」活動に取り組む際には、必ず自社のコンプライアンスをチェックする必要がある。それによって企業の内部統制が整備され、不祥事のリスクが低減したり、法令違反になりうる問題を発見したりすることができる。

「CSR」活動のデメリット

「CSR」活動によるデメリットも存在する。CSR活動に取り組む際には以下のデメリットを正しく理解することが重要だ。

●コストがかかる

「CSR」活動には初期投資や運営コストが必要なことをあらかじめ知っておかなければいけない。環境対策にしても地域貢献活動にしても費用が伴い、一方で短期的には経済的利益にもつながらないため、取り組むには根気が求められる。

●人手不足に陥る

前述したように「CSR」に取り組むことで長期的には人材の定着や離職率低下につながるが、今すぐに「CSR」活動に充てる人材リソースが足りないケースも少なくない。人手の足りない中小企業では、従業員に負荷を強いることになりかねない。

「CSR」活動に取り組むときのポイント

「CSR」活動に取り組むときには、以下の5つのポイントを心掛けたい。

●自社の状況に即した「CSR」活動を行う

「CSR」と一言で言っても、その範囲は幅広い。そこで、自社の強みや課題に合わせた「CSR」活動を展開することが重要だ。社会のニーズと自社の事業内容や規模を照らし合わせたうえで活動目的を明確にすることで、より効果を生み出しやすい。

●コストとリターンを分析する

「CSR」活動は単なる慈善活動ではないため、コストとリターンを意識して取り組まなければいけない。活動にかかる費用と得られる利益を比較し、継続可能な活動計画を立てたい。

●業務負担に配慮する

「CSR」に取り組む従業員には、相応の負担がかかる。そのため従業員の日常業務にどの程度影響するかを分析し、本業に支障をきたさないよう業務プロセスを見直す必要がある。場合によっては、CSRの専門部署の立ち上げも検討したい。

●定期的な効果検証を行う

活動の成果を定期的に検証して改善することで、より効果を高めることができる。また検証結果をステークホルダーに対して公開していくことで、透明性と信頼性の向上にもつながる。

「CSR」活動に取り組む手順

「CSR」活動に取り組む際には、以下の手順に沿って進めていく。順を追って解説していこう。

(1)目的を設定する

まずは「CSR」活動の目的を明確にする必要がある。社会のニーズと企業のミッションやビジョンに沿った活動目的を設定し、全社で共有する。

(2)計画を策定する

次に具体的な活動計画を立てていく。活動内容やスケジュール、予算などを細かく計画し、実行可能なプランを作成する。このとき起こりうるリスクについても想定しておくと良いだろう。

(3)実施する

実際に計画に基づき、「CSR」活動を実行する。可能であれば専任部署やプロジェクトチームを設置して運営していく。

(4)評価する

活動の成果を評価し、必要に応じて活動内容を調整していく。このとき、定量的な指標を用いて、活動の効果を客観的に分析することが重要だ。また短期間ではメリットが見えにくいため、中長期的な視野でコストとリターンを見ると良い。

(5)報告をする

CSRレポートなどの報告書やウェブサイトを通じて、「CSR」活動の成果を社内外に報告する。積極的に情報を開示していくことで、投資家をはじめとするステークホルダーとの信頼関係を強めることができる。

「CSR」活動事例

最後に5社の「CSR」活動事例を紹介しよう。

●ユニクロ

ユニクロは2006年から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)とグローバルパートナーシップを結び、世界各地で難民支援の活動を展開する。不要になった衣服を回収し、世界中の難民に送り届けるだけでなく、自立支援や職業訓練、雇用支援など幅広い援助もしている。

●富士フイルム

富士フイルムグループは、2030年度をゴールとしたCSR計画「Sustainable Value Plan(サステナブル・バリュー・プラン)2030(SVP2030)」を策定している。「環境」、「健康」、「働き方」、「生活」、「サプライチェーン」、「ガバナンス」を重点課題とし、長期視点で改革に取り組んでいる。例えば環境の分野に関しては、法令よりも厳しい基準で「リスク管理優先物質」を設定し、その代替や使用料の削減などを推進する。

●NTT

NTTは、「人と社会のコミュニケーション」、「人と地球のコミュニケーション」、「安心・安全なコミュニケーション」、「チームNTTのコミュニケーション」という大分類を設定し、その中で重点活動項目を細かく設定する。特に環境保護に力を入れ、「NTTグループGreen Innovation委員会」を設置して気候変動対策を推進し、温室効果ガス排出削減への貢献などに取り組んでいる。

●ブリヂストン

ブリヂストンは、「最高の品質で社会に貢献」を不変の使命として掲げ、「環境」、「安心・安全なMobility社会」、「地域社会」、「AHL(Active and Healthy Lifestyle)とDE&I」、「人財育成・教育」という5つの分野を基盤に社会貢献活動に取り組む。例えば、児童を対象とした自動車教室の実施、交通安全ルールを学べるドリルの作成、地震などによる被災地の復興支援などだ。

●カバヤ食品

カバヤ食品は、さまざまな健康食品を販売している。2007年に発売開始した「ジューCグルコース」は、1型糖尿病の子供を持つ母親からの電話をきっかけに生まれた商品で、糖分を安くおいしく補給できる。発売後もNPO法人と協力して積極的にⅠ型糖尿病への活動に取り組み、2015年には「企業とNPO法人の協働事業をたたえる日本パートナーシップ大賞」でグランプリを獲得した。そのほか、夏場に不足しがちな塩分を手軽に摂取できるタブレットの発売や、熱中症について学ぶ教材を学生に提供することで、塩分補給の大切さの普及にも努めている。

まとめ

「CSR」の活動は、企業のイメージ向上や従業員満足度の向上、利害関係者との関係強化などにつながり、いまや企業の発展に不可欠な取り組みと言える。人事部門が積極的にCSRを推進することで、企業の内部統制が整備され、内外からの信頼性を高めるだけでなく、社員の定着率のアップや離職率の低減も期待できる。他社の事例などを参考にして、社会のニーズと企業のミッションを基にどのような貢献ができるか模索してみてはいかがだろうか。

よくある質問

●「CSR」に関する7つの原則は?

「CSR(企業の社会的責任)」において、国際規格(ISO26000)が示す7つの原則は、①説明責任(企業の活動による社会への影響を、十分に説明すること)、②透明性(具体的な活動内容、社会への影響について透明性を保つこと)、③倫理的な行動(公平かつ誠実な企業活動を行うこと)、④ステークホルダーの利害の尊重(さまざまな利害関係者(ステークホルダー)に配慮して活動を行うこと)、⑤法の支配の尊重(自国の法令だけでなく、各国の法令を遵守すること)、⑥国際行動規範の尊重(法令だけでなく、国際行動規範も尊重すること)⑦人権の尊重(人権は普遍的であることを理解し、尊重すること)がある。

●「CSR」活動に取り組むメリットは?

「CSR(企業の社会的責任)」活動に取り組むことによって、企業のイメージアップや信頼向上につながり、利害関係者(ステークホルダー)との関係を強化することができる。またコンプライアンス違反の低減や防止、従業員の満足度向上も期待できる。

●「CSR」活動に取り組むデメリットは?

「CSR(企業の社会的責任)」活動は、初期投資や運営費が必要でコストがかかる。また人員リソースが少ない状況では、従業員に負荷がかかってしまうこともある。
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