『ChatGPTの法律』(中央経済社、2023年)の執筆陣である弁護士が、企業の人事担当者が押さえておきたいChatGPTにまつわる法的リスクやリスク回避策などについて、3回に分けて解説します。第2回目の今回は、前回ご紹介したような活用例を前提とした場合に関係する法律と、法的リスクについてご説明します。

【参考】
※第1回目:今さら聞けない「ChatGPT」の意味と企業での具体的な活用事例を解説
人事が押さえておくべき「ChatGPT」を利用する際の法的リスクとは

利用場面ごとの関係法律

(1)指示を入力する際に留意すべき関係法律

Chat GPTを利用する際に利用者が最初に行うのは、Chat GPTに対する指示(プロンプトといいます)の入力です。具体的には、「当社の採用活動への応募者の情報を整理した表を作成してくれ」、「実施予定の採用戦略について評価してほしい」などのように、様々な内容が考えられます。

こうした指示を入力する際には、Chat GPTに対して、何らかのデータを提供する場合も考えられます。例えば「当社の採用活動への応募者の情報を整理した表を作成してくれ」という指示を与える際には、もととなる応募者に関する情報を与える必要があります。

特に人事担当者がChatGPTに指示を行う場合には、個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)との関係が問題になるでしょう。

また、ChatGPTに既存の創作物(例えば、他社が採用活動で使用している文章やキャッチコピー、ビジュアル素材など)を入力することは、著作権の侵害になり得ます。

そして、自社のビジネスに関する情報を入力する場合(例えば、メールや会議資料のドラフトを依頼する場合)には、会社に損害を与えてしまうほか、人事担当者個人としても会社の内部規律に違反するだけでなく、会社との関係で民法上の不法行為又は債務不履行に該当する可能性もあるといえます。

(2)生成物の利用時に留意すべき関係法律

では、Chat GPTに指示をして生成された成果物を利用する場合にはどのような法的リスクがあるのでしょうか。2023年10月現在、ChatGPTの生成物は主に文章や図表ですが、本連載の第1回で言及したとおり、今後はChatGPTを通して画像生成AIを利用することも想定されるところです。

まず気になるのは、著作権法をはじめとした知的財産法との関係ではないかと思います。たしかに、既存の著作物に類似する生成物が出力され、それを利用する場合には著作権法が問題になりますし、その他、商標法、不正競争防止法、民法との関係が問題になることもあり得ます。

また、あえて言うまでもないかもしれませんが、Chat GPTの回答は正確なものとは限りません。そのため、例えば、競合他社と比較した際の自社の強みをChatGPTに出力させ、それをそのまま採用活動に利用した場合には、当該他社への名誉毀損や信用毀損が成立することも(理論的には)ないとはいえません。ただ、ChatGPTが出力した自社に関する情報をそのまま使うことは考えにくいですし、企業に通常求められるチェック機能が働いていれば、この点が問題になる可能性は高くはないでしょう。

関係法律の概要と法的リスク

(1)個人情報保護法

一般的な企業の人事担当者が取り扱う個人情報として、社員の情報と応募者の情報が考えられますが、これらは、体系的に整理されデータベース化されていることが通常と思われます。そのため、社員各人の個人情報は個人情報保護法上の「個人データ」として、企業によるその利用に制限を受けます。ここでは、主な制限として、【1】利用目的の特定等及びその目的の範囲を超える利用の制限(17条、18条、21条)、【2】第三者提供の制限(27条)について簡単にご紹介します。

まず、【1】との関係では、企業は個人データの利用目的を「できる限り」特定しなければなりません。もっとも、その目的を達成するために使用するツールの特定までは不要と考えられていますので、「Chat GPTを使用する」ということについて明記して本人の同意を得る必要まではありません。

【2】第三者提供の制限とは、原則として、保有する個人データを第三者が利用可能な状態に置いてはならない、という規律です。ここでは、Chat GPTへの入力という行為が第三者への提供に当たるかが問題となります。

2023年8月21日に個人情報保護委員会が公開したパンフレット()においては、「生成AIサービスの利用者が入力した情報について、生成AIサービスの提供者が自らのAIの精度向上等のために学習データとして利用することとしている場合に、利用者が個人データもしくは保有個人情報を入力すると、利用者から提供者に対し、個人データもしくは保有個人情報を提供したことになります。」との指摘がなされています。

また、6月2日付の同委員会の「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等」と題する書面()においては、個人データを含む「プロンプトの入力を行う場合には、当該生成 AI サービスを提供する事業者が、当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること」との注意喚起がなされています。このような個人情報保護委員会の注意喚起からすると、少なくとも同委員会としては、入力した個人データが学習データとして利用される場合には第三者提供に該当すると考えているものと読み取れます。

Open AI社のポリシーを見ると、APIを介さず入力された情報はChat GPTの「training」をオフにすることで利用されなくなることや、APIを通して入力された情報は学習等に利用されないことなどが記載されています()。そのため、Chat GPTが実際にこのポリシーにしたがって運用されていることを前提にすれば、第三者提供規制との関係では、少なくとも、「training」の機能をオフにする等といった対応が必要になるでしょう。なお、Open AI社は海外法人ですので、第三者提供に当たる形で個人データを利用する場合にはより厳しい制限が課される(28条)点で留意が必要です。

(2)著作権法

ア 著作権法の基本的概念
著作権法は、「著作物」の利用や、著作物について生じる「著作権」の内容やその行使について定める法律です。同法において「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています(2条1項1号)。著作物として認められるには「創作的」な表現でなければならず、ありふれた表現は著作物とはいえません。そして、「著作権」とは、原則として著作物を創作した者(著作者)に与えられる、一定の方法で著作物を利用する権利のことをいいます。

著作権者以外の者が、著作権者の許諾なく著作物の「複製」、「翻案」、「譲渡」等を行う場合に著作権の侵害となり、著作権者は、著作権侵害を行う者に対して、損害賠償請求や侵害行為の差止請求(112条)等をすることができます。

イ 他人の著作権を侵害する可能性
ChatGPTへの指示にあたり既存の著作物を入力し、その改変をさせるような場合、著作物を入力する行為自体「複製」として著作権侵害となり得ます。また、生成物は、既存の著作物の「複製」または「翻案」したものとなる可能性が高いです。例えば、競合他社が採用活動で使っている文章(※採用活動で用いられるような文言は、実際にはありふれた表現であることも多く、必ずしも著作物であると認められるわけではありません。)をChat GPTに入力した上で「これと同じような内容で、この部分だけ少し変えたものを作って」と指示するような場合がイメージしやすいかと思います。

では、Chat GPTに対し、単に「●●文字で、当社の採用活動で使う宣伝文句を作って」というような指示を行って生成された文章を利用する場合はどのような問題が生じるでしょうか。

著作権侵害が成立するのは、(1)ある著作物に依拠して、(2)当該著作物と同一又は類似する表現物を利用(複製、翻案等)した場合です。(2)については、既存の著作物と似ているかどうかという点が問題となるため、Chat GPTの生成物であることの特殊性はありません(※典型的には、当該既存の著作物に固有の表現が再現されているかが論点となります(ありふれた表現が類似しているだけでは侵害にはなりません)。) 。

他方、(1)との関係では、Chat GPTによる生成の過程で当該既存の著作物に「依拠」したといえるかが問題となります。「依拠」とは、既存の著作物に基づいたり、参考にしたりすることをいいます。依拠したといえない場合、すなわち、たまたま表現が似てしまった場合には著作権の侵害とはなりません。Chat GPTが成果物を生成するプロセスに鑑み、この「依拠」が認められるかという点については議論があります。少なくとも現状は、学習した素材の中に著作物が含まれている以上、「依拠」が認められる可能性は否定できません。

そして、(1)依拠性及び(2)同一又は類似性が認められる場合には、当該生成物を生み出す行為自体が「複製」や「翻案」という侵害行為に当たるほか、その生成物を自社HPなどインターネットで公表すれば「公衆送信」という侵害行為に該当します。

ウ 生成物の著作物該当性(生成物に関する権利主張の可否)
上記イとは反対に、Chat GPTを利用して生成した創作物が他人に勝手に使用された場合に、Chat GPTの利用者は何か主張することができるでしょうか。上記のとおり、著作権の侵害となるためには、「著作物」への「依拠」及び「同一又は類似」が必要であるため、そもそもChat GPTの生成物が「著作物」といえるかが問題となります。

この点については、まず、Chat GPTの成果物は「思想又は感情」に由来する表現ではないため、原則として著作物に当たらないと考えられます。生成物が著作物と認められるのは、生成の過程で人が「創作的寄与」をしている場合(出力された具体的な表現の創作に一定程度関与している場合)ですが、指示それ自体は単なるアイディアにとどまるのが通常です。どんな表現が生成されるかはブラックボックスですので、単純な指示を行うだけであれば、人の創作的寄与が認められる場合は考えにくいでしょう。

一般論としては、Chat GPTを通じて画像生成AIを利用する場合には、文章を生成する場合と比べて創作的寄与の度合いが高いこともあろうかと思われますが、少なくとも、企業の人事担当者が業務で使用する画像の生成を指示した場合に、創作的寄与が認められるためには、相当な工夫が必要になるように思われます。そうすると、Chat GPTの生成物が第三者によって無断で使用された場合に、著作権侵害を主張することは難しいといわざるを得ません。もっとも、Chat GPTの生成物に一定の加工・修正等の作業を行った場合には、その作業を行った者が著作権を取得する可能性があります。

(3)その他の法律

Chat GPTの利用に際しては、他にも、不正競争防止法(営業秘密の扱いや他社のウェブサイト等の模倣)、商標法(他社のロゴの模倣)、民法(秘密保持義務違反、名誉毀損、信用毀損、ウェブサイト等の模倣)、刑法(名誉毀損、信用毀損)などとの関係で法的リスク挙げられます。もっとも、これらのリスクはChat GPT特有のものというわけではありません。人事担当者に通常求められる注意深さ、慎重さをもってすれば、リスクが顕在化する場合は多くないのではないかと思われます。

おわりに

以上、人事担当者がChatGPTを利用する場合の法的リスクについて、簡単ですが説明をいたしました。次回の記事ではこうしたリスクに対処する方法をご説明する予定です。そちらもご参照の上、Chat GPTをうまく業務に取り込んでいっていただければ幸いです。
人事が押さえておくべき「ChatGPT」を利用する際の法的リスクとは
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