人材育成に効く“プログラム”とは?
時代の変わり目。AIやブロックチェーン、シェアリングエコノミー、サブスクリプション、IoT(モノのインターネット)、自動運転など……あらゆる側面から、およそ全ての業種業態に渡って構造変革、事業モデルの地殻変動が起きています。従来型の仕事のやり方を続けているだけでは、明日からの業務に耐えうるとは到底言えない状況になっているのです。経営者JPにも、「次の事業を創出するための事業開発責任者を採用したい」、「既存の体制(営業、マーケティング、管理部門など)を変革してくれる幹部を採用したい」などといったご依頼が多く寄せられています。
“激変が続く時代”に必要なのは、常に次の新しいあり方にキャッチアップできる学習力やスキル、専門性の習得能力です。前提として、これまでのやり方・スキル・専門知識に縛られない、アン・ラーニングの力も必要です。
筆者の古巣であるリクルートは、創業以来およそ60年に渡って「新規事業開発会社」と呼ばれ、その時々の新しい事業を産み出す(世の中の「不」を解消する)ことで活力ある組織を維持し、自社の成長を継続させてきました。分社化→ホールディングス化→上場を経て、更に成長を加速させ、日本の主要指標での企業ランキング上位に常に入る企業となっています。このことから、改めてリクルートの事業成長の秘密、その起点となっている人材活用術・人材開発方法が注目されているようです。
「リクルート流」の人材育成の真意とは
私がリクルート出身、そのうえ人事部門にいたことがあるということで、昔から今に至るまで「リクルートの人材育成方法、教育プログラムを教えて欲しい」と言われ続けてきました。その際、いつもお答えしてきたことがあります。それは、語弊を恐れずに言えば、「リクルートにあるのは、優れた教育プログラムなんかではない。良い採用と、適切な場を与えることだけである」ということです。もちろん私が在籍した当時、それ以前から階層別の研修や各事業毎のノウハウ・事例共有などのプログラムはありましたし、現在は洗練された最先端の教育研修プログラムも多数存在しています。
ただ、それでもなお、なぜリクルートが常に活力ある組織を保ち、事業を成長させ、新しいサービスやビジネスがその中から創出され続けるのか。それは、教育研修にその源泉があるのではなく、「採用+場」の提供がOS(基本ソフト)となっているのです。
そしてその後、私は人材コンサルティング事業に20年近く携わってきましたが、上記はリクルートに限った話ではありませんでした。業種や規模を問わず、活力ある人材・組織、そこから生み出される成長事業は、必ず「採用+場」から成り立っていることを目の当たりにしてきたのです。
経験7割、薫陶2割、研修1割
人材育成・人材開発は研修で行うのではなく、場(実際の職場、現場)で行う……そんなことを言われても、にわかに信じがたいという方もいらっしゃるかもしれませんね。しかし、実はこれは人材開発の研究調査からも導き出されていることなのです。
米国の人材開発研究機関・ロミンガー社の調査によれば、経営幹部として活躍するようになった人たちに「どのような出来事が役立ったか?」と聞くと、70%が「経験」、20%が「薫陶」、10%が「研修」という結果であったそうです。
同社の共同創業者であるマイケル・M・ロンバルドと、ロバート・W・アイチンガーは、1996年発刊の書籍『Career Architect Development Planner』の中で、「70:20:10の法則」を提唱しています。個人の能力開発の70%は現場での業務遂行による直接学習(経験)によるもので、20%がロールモデルとなる人やメンターからの学び、および間接学習(薫陶)、10%がOff-JT(通常の仕事を一時的に離れて行う訓練)、オフサイトでの研修によるという理論で、これは国や文化圏、あるいは産業や職種を超えてほぼ同じ数値に収斂されるそうです。
個人の成長にとって最も重要なことは、研修や上司・先輩から学ぶことをはるかに超えて、まずは自分自身が日々の現場で良い経験をすることなのです。
リクルートでよく使われていたフレーズに、「仕事の報酬は仕事」というものがあります。今ではさまざまな企業でも使われているであろうこのフレーズは、「自分の任された仕事を一所懸命にやり成果が出れば、その次により大きな仕事を任せてもらえる」ということです。いまどきの世相や仕事観では、「そんなに仕事で負荷かけてもらいたくない……」と感じる人もいるかもしれませんが、成長志向のコア人材・リーダー人材として成長していく人には共通の姿勢だと思います。
また、リクルート事件が起こるまでのリクルートの社訓に「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」というものがありました。このフレーズを座右の銘にしている人は、私も含めたリクルートOBのみならず、起業家などに非常に多く存在します。これこそまさに、「自分自身の手で自分がチャレンジしたい場を手に入れ、そこでチャレンジし、成果を出すことで自分を成長させよ」ということを言っています。まさに、場・経験オリエンテッドなアプローチですよね。
物事には順番がある
「採用+場、経験」と言いました。では、研修は必要ないのかと言えば、そんなことはありません。先の通り、研修1割、薫陶2割が必要なわけです。そして私は、比率もですが、順番が非常に大事だと考えます。まず、現場で実地の業務経験をする。そこで出てきた課題や悩みについて、ロールモデルとなる先輩や上司に相談して教えてもらったり、やり方を真似してみたりする。更に業務習熟するために、あるいは業務体系を教えてもらったり整理したりするために研修プログラムに参加する。このサイクルをしっかり回し続けることが大事なのです。
組織行動学者のデービッド・コルブが提唱した「経験学習モデル」というものがあります。
「具体的経験をする」
→「その経験について、内省的観察をする」
→「内省によって導きだした教訓を抽象的概念や持論として昇華し一般化を試みる(抽象的概念化)」
→「新たな状況でその抽象的概念や持論を積極的に試行する」
この4段階のサイクルをどんどん回し続けていくことで、経験から学び、成長することができるのです。そのプロセス上、「内省的観察」のフェーズから「抽象的概念化」のフェーズにおいて、自分ひとりで考え尽くすことには限界もありますので、「薫陶」と「研修」の力を積極的に借りるのは得策と言えるでしょう。というよりも、この段階で「薫陶」と「研修」(「研修」には読書などの自己学習も含まれる)を徹底的に受ける人、やれる人こそが、一皮むけて成長する人です。
一方で、現場体験に紐付かない学び(研修)は、無駄とは言いませんが、自己啓発以上の何かをあなたのキャリアに刻み込んでくれるものではないこともまた、この一連のプロセスからお判りいただけるのではないかと思います。
まず何よりも7割の実地体験(良い業務体験)をしており、そこに2割のアドバイスと1割のオフサイト学習を(会社で、個人で)アドオンしている人。社長に向かって成長し続けることのできる人は、経験の場に飛び込んで「実地学習」を繰り返し、そこでの気づきや悩みについて徹底的に学び解決することにチャレンジしている人なのです。
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