このコラムでは前回、日本企業の異文化接触が増加し深化していることを指摘した。異文化に直面した時にまず必要なのは、複数の文化がどう異なるのかを把握することである。今回はその枠組みとして「カルチャー・マップ」を紹介したい。
カルチャー・マップ
このコラムでは前回、日本企業の異文化接触が増加し深化していることを指摘した。異文化に直面した時にまず必要なのは、複数の文化がどう異なるのかを把握することである。今回はその枠組みとして「カルチャー・マップ」を紹介したい。

「カルチャー・マップ」は、INSEAD客員教授 エリン・メイヤーが、同名の著書(『異文化理解力』の題で英治出版から翻訳が出版されている)で提唱した。メイヤーは、今日では世界中どこで働いていても、誰もがグローバルなネットワークの一部を担うことになり、複数の文化間の大きな差異を乗り越える必要がある、と述べている。その上で、誤解やあつれきやそれらに起因する失敗を避けるためには、個人間の違いだけではなく、文化間の違いを認識すべきだとして、おのおのの文化の特性を、以下のような8つの軸に基づいて把握することを提唱している。

□コミュニケーション:ローコンテクストか、ハイコンテクストか
□評価:ネガティブなフィードバックをはっきり伝えるか、遠回しに伝えるか
□説得:論理展開や説得に際して原理原則から出発するか、実地への応用から出発するか
□リーダーシップ:リーダーのあり方が平等主義的か、ヒエラルキー的か
□意思決定:物事の決定が合意に基づくか、トップダウンか
□信頼:信頼関係をタスクによって築くか、人間関係によって築くか
□意見の不一致:意見対立をいとわないか、避けるか
□スケジュール:時間を直線的(予定がその通りの順序とタイミングで実現することを目指す)にとらえるか、柔軟にとらえるか

ここでは、アメリカの文化人類学者 エドワード・ホールが提唱したローコンテクスト文化(もっぱら明確に言語化することにより意思疎通する文化)と、ハイコンテクスト文化(直接言語化されない内容を感じ取り伝えあって意思疎通する文化)などの概念を取り入れている。

「カルチャー・マップ」では、これらの軸一つひとつを水平な直線に表す。例えば「コミュニケーション」の軸では、左端にローコンテクストを、右端にハイコンテクストを取り、おのおのの文化がその間のどこに位置するかを記す。無論、ある文化に属する人たちがみな全く同じ位置になることはないが、例えば「アメリカ人はどのあたりに分布するか」という広がりの中央値を考える。8つを縦に並べて各軸上の位置を線で結ぶと、ジグザグの線が現れ、これがその文化の特性を示す。

メイヤーがこのマッピングについて強調していることが、2つある。

1点は、8つの評価軸がおのおの独立しているということである。例えば、考えていることをどのくらいはっきりと言葉に出して伝えるかという「コミュニケーション」の軸は、悪い評価をはっきり伝えるかどうかの「評価」の軸とは別だと、メイヤーは言う。アメリカ文化は世界で最もローコンテクストなコミュニケーションを良しとする文化の一つだが、一方でアメリカ人は、悪い評価を歯に衣着せず口にするのをためらい、まず良い点を列挙してからネガティブな点の指摘に移る傾向が強い。ここから、メイヤーが挙げているアメリカ人上司とフランス人部下の間のような誤解が生じる。この上司は部下の仕事ぶりに強い不満があったのだが、人事考課結果のフィードバックの際にまず部下の良くやっている点を話し、その後で問題点を指摘したために、アメリカ人はローコンテクストで率直に話をすると理解していた部下は、話の前半で自分が高く評価されていると考えて有頂天になり、後半は全く耳に入らなくなってしまった。ところが、上司が本当に言いたかったのは苦言を呈する部分だったのである。

もう1点メイヤーが力説するのは、軸の上での相対的位置が重要だという点である。例えば「スケジュール」の軸では、時間を最も直線的にとらえるのはドイツ人であり、その右にイギリス人が来て、さらに右にフランス人が位置し、インド人は再右端にいて、最も柔軟にとらえるとされる。ドイツ人はイギリス人がいつもだらしなくて時間を守らないと考え、イギリス人はフランス人をいい加減で時間にルーズだと思う。ところがそのフランス人はインド人から柔軟性に欠けていて締め切りを気にしてばかりいると呆れられる。これは、評価軸上でおのおのの文化が他と比較してどういう位置にあるかという点からきているので、一つひとつの文化がどこに位置しているかにこだわってもあまり意味はないとメイヤーは論じる。

「カルチャー・マップ」は評価軸の設定が適切で、自分の属する文化の特性を把握し、異なる文化との差異を客観的に考察する枠組みとして有効なものと考えられる。次回は、この8つの軸のうちビジネス上特に大切だと考えられるものについて、異文化間の誤解により生じやすいあつれきやトラブルを考察し、その解決法を提示したい。
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