日本型雇用システムが変わろうとしている
長時間労働、年功序列、新卒一括採用、終身雇用といった、いわゆる旧来の「日本型雇用システム」が、今、変わろうとしています。しかし、雇用システムを「アメリカ型に変えよう!」、「ヨーロッパ型に変えよう!」などという問題意識で議論している人は、政府にはほとんどいません。そこにあるのは、現実問題として、旧来の日本型雇用システムの中のいくつかの要素が維持できなくなってきているのではないか、という問題意識です。要素は主に3つあります。1つ目は、日本型雇用システムの最大の特徴とも言われている、職務の無限定性と長時間労働。日本には、上司に言われたことはすべて自分の仕事である、という考え方があります。これは国際的には非常に異例なことです。結果としていろいろな経験ができるなど良い面もあります。しかし、日本型雇用システムのもう一つの特徴であるチームで仕事することと相まって、労働時間がどうしても長くなってしまいがちです。これにより、他の個人や家庭にしわ寄せが起こり、人手不足の深刻化へとつながっていきます。
2つ目は、年功序列、新卒一括採用、終身雇用です。これにも、もちろんメリットはたくさんあります。新卒一括採用によって、これまで若年層の失業率が非常に低く抑えられてきました。これは日本型の雇用システムの良さの一つでしょう。しかし一方で、このメンバーシップに入れなかった人たち、つまり日本の労働市場の4割を占める非正規労働の人たちの一部は、なかなか能力開発を得る機会も与えられず、収入が上がらない、家庭も持つことができない…などの問題が出てきます。さらに、企業内で成長分野に人を移そうとしても、部門ごとに人が張りついてしまっているので、機動的な人材配置が難しくなります。
3つ目は、OJT依存。日本企業において人材育成といえば、やはりOJTです。それが有効だという事実はこれからも変わらないでしょう。ただ、第4次産業革命が進む中で、すべてのスキルを自社に閉じた形でトランスファーすることは、難しくなってきています。日本型雇用システムの申し子として成長してきた自動車メーカーですら、自動運転や人工知能といった分野の比重が高まるにつれ、自社で閉じた形では技術の伝承は難しくなってきました。では日本では、このOJTを補完する仕組みができているでしょうか。残念ながら、大学はその役割を果たしてきていません。そういう意味では、教育や人材育成を社会全体としてどのように強化していくか。こういったことも、働き方改革の大きなテーマとして、認識されています。これらすべてをひっくるめて、働き方改革の議論は始まっているのです。
人口減少と「第4次産業革命」の波
実は2010年までは、ゆるやかではありますが、人口が増えていました。しかしそこを境に、日本の総人口は減少へと転じています。生産年齢人口がさらに減少する、2060年にほぼ半減する一方で、高齢人口は増加し続け、こうした状況を踏まえれば、人手不足は、恒常化しうる課題となるでしょう。すでにあらゆる業種で、人手不足感が強まっている状況です。業種別に見ると、サービス、運輸、建設などで人手不足感が強く、特に中小・中堅企業においては、「人手不足」が成長の最大の制約要因となっています。そうした中、第4次産業革命の波が着実に押し寄せています。第4次産業革命の技術的な要素は主に4つです。1つ目は、実社会のあらゆる事業・情報がデータ化・ネットワークを通じ、自由にやりとり可能になる(IoT)。2つ目は、集まった大量のデータを分析して、新たな価値を生む形で利用可能になる(ビッグデータ)。3つ目は、機械が自ら学習して、人間を超える高度な判断が可能になる(人工知能)。そして4つ目は、多様かつ複雑な作業についても自動化が可能になる(ロボット)。このようなことから、これまで実現不可能と思われていた社会の実現が可能となり、これに伴って産業構造や就業構造が劇的に変わる可能性が出てきました。
AI×データによる進化
今や、あらゆる産業、あらゆる企業、あらゆる職種で、AI×データによる進化が顕著になってきています。例えば、AIと車が掛け合わされると、自動運転。AIと生産管理が掛け合わされると、IoT。その他にもバイオ、医療、エネルギー、フィンテックなど、すべてのビジネスで、AIは変化をもたらしており、それは皆様の企業においても例外ではありません。ここで、「LIFE SHIFT」で知られるリンダ・グラットンさんは、ルーティンとノンルーティンという言葉を使っていますが、基本的にルーティンの仕事はAIに取って代わられるだろうと予測しています。実は、私ども経済産業省では、2年間にわたって「第4次産業革命の光と影」について詳細に分析をしてきました。結果は産業構造審議会の「新産業構造ビジョン」の中にまとめられておりますが、特に中心となったテーマは、「第4次産業革命がこれからの日本の仕事や人材にどういう影響を与えるか」というものです。やはりAIの出現によって失われる仕事はあります。ただ一方で、新しく生まれる仕事も少なくありません。そういう意味では、色々な改革をすることによって、いかに失われる仕事の量を抑え、新しい仕事を増やしていくかが重要になっていきます。
では、具体的にどんな仕事が失われるのか。例えば、工場の製造ライン。IoT、ロボット等によって省人化・無人化工場が常識化し、製造に関わる仕事は減少するでしょう。一方で、サービスの分野、とりわけAIではできないような、人と人との直接のふれあいが求められる仕事、例えば高級レストランの接客や、きめ細かな介護などは、AIに取って代わられることはないと思います。こういう話になると、「AI対人間」という構図で語られがちですが、そうではなく、AIを利用して付加価値を上げることができる人と、残念ながらそれができない人との、結局は「人間対人間」の構図になるわけです。ここで重要なのは、もしそうであればAIを利用して付加価値を上げる側に回ること。そしてその鍵となるのが、人材投資と教育なのです。
働き方改革実現会議
昨年9月から働き方改革の議論がスタートしました。安倍総理は働き方改革に当たって、「2017年が、日本の働き方が変わった出発点として、間違いなく記憶されることになるだろう」と宣言しました。働き方改革実現会議では、「同一労働同一賃金など、非正規雇用の処遇改善」、「賃金引き上げと、労働生産性の向上」、「時間外労働の上限規制の在り方など、長時間労働の是正」、「雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定化させない教育の問題」、「テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方」、「働き方に中立的な社会保障制度・税制など女性・若者が活躍しやすい環境整備」、「高齢者の就業促進」、「病気の治療、そして子育て・介護と仕事の両立」、「外国人材の受け入れの問題」という9つのテーマについて議論が行われました。いずれも重要な問題ですが、実はこのときの議論の8~9割は労働時間の問題に費やされました。労働時間は、労働基準法という法律で規制されています。原則として1日8時間、1週40時間という上限があるのですが、36協定では、労使が合意すればこの原則を超過することが可能であるとされています。これにより日本では実質、残業が青天井となっていました。それが今回の議論を経て、原則はそのままに、残業の限度時間は月45時間、年360時間となりました。さらに繁忙期など一時的な業務量の増加が伴う場合も、上限を新設。1年720時間(月60時間)、2~6カ月の平均がいずれも月80時間以内、かつ単月100時間未満となりました。つまり、この労働時間規制が対象となる方については、100時間を超えて残業することは基本的にできなくなったというわけです。
働き方改革「第2章」
今年3月、世耕経産大臣が講演にて「今後はこの実行計画を生産性の向上と経済成長へとつなげていく段階になる」と語りました。いわば働き方改革はいよいよ「第2章」へ入ったということです。人口減少の日本で、単に労働時間を減少させても成長は下振れするでしょう。 高い付加価値を生み出すためには、「生産性」と「エンゲージメント」が重要になります。いずれも国際的な統計がありますが、残念なことに日本の労働生産性はOECD35ヵ国中、20位。エンゲージメントに関しても、「熱意あふれる社員」の割合は、6%と139ヵ国中、132位となっています。ちなみに、生産性=インプット(投入する資源)分のアウトプット(得られる成果)ですので、生産性を高めるためには、要らないことを戦略的にやめたり(インプットの削減)、一人ひとりのスキルを高めたり(アウトプットの最大化)、チーム力を上げたり(アウトプットの最大化)、低生産性分野から高生産性分野にシフトしたりする(全体最適)ことが、大きな鍵になるでしょう。
働く人のニーズや価値観の多様化
生産性を向上させる上で一つの解となるのが、働く人のニーズや価値観の多様化に対応することです。今までは決まった就業時間、就業規則の下で働くことが当たり前でした。しかし、出産・育児、介護、シニア、定年後、2枚目の名刺、越境、タコツボ打破…等々、働く人のニーズや価値観は、どんどん多様化しています。そうした中、私たち経済産業省では「フリーランス/クラウド」、「兼業/副業」、「テレワーク」という3つの働き方に焦点を当て、どうすればこれらの働き方が「選択肢」として確保できるかを考えています。これらの働き方に共通しているのは、何時間働いた、何年働いたということでなく、成果で勝負する・評価されるものであるということ。言ってみれば、旧来の日本型の働き方のアンチテーゼに位置するものです。ただし、これらの働き方をすることは今の日本の制度では決して簡単ではありません。依然としてルールも曖昧です。そこで現在、厚生労働省と連携して、ガイドラインを改定する動きも出てきています。
現実として今、フリーランスという働き方がどんどん増えており、自分のスキル、自分の腕一本で勝負するという働き方に、注目が集まっています。他方で、今までOJTによって人材育成をしてきた日本社会において、フリーランスの人はどうしたらスキルアップができるのかという問題もあり、政府ではこれを政策として検討し始めました。そして4,000人にも及ぶフリーランスの人々を対象に実態調査を実施した結果、3つの課題が見えてきました。1つ目は、スキルアップ・教育訓練のあり方。2つ目は、働き手の人々が円滑に働くための環境整備のあり方。3つ目は、発注する側の企業における課題と取り組みです。このような現状や課題を一つひとつ整理し、現在、それに対する具体的な方向性を検討しているところです。
人づくり革命~「1億総学び」時代
もう一つの大きなテーマは、やはり人材育成です。働き方改革実現会議の後を受ける形で、今年9月に、「人生100年時代構想会議」が開催されました。そこでは、「教育の負担軽減・無償化」、「リカレント教育」、「大学改革」、「企業の人材採用の多元化や、多様な形の高齢者雇用」、「全世代型の社会保障」などを検討テーマに、「一億総学び社会」について話し合われました。そうした中、有識者としてこの会議にも招かれたリンダ・グラットンさんは、著書「LIFE SHIFT」の中で、「人が100年も“健康に”生きる社会が到来する時、従来の3つの人生のステージ(教育を受ける/仕事をする/引退して余生を過ごす)のモデルは大きく変質する」と断言しています。今後、個人の状況に応じて、それぞれのタイミングで3つのステージを行ったり来たりするようになり、教育、多様な働き方、無形資産(経営や人的ネットワークなど)の必要性が、より一層向上していきます。さらに社交力、問題解決力、認知能力、状況適応力なども求められるので、そのために、生涯にわたる学びが重要になってくるのです。
人づくり革命で求められること
産業構造が急速に変化していく中、人生100年時代を迎えるにあたって、求められる人材像も変化していきます。こうした背景の下、教育機関には、次のような対応が求められるのではないでしょうか。(1)人生の各ステージにおいて開かれた「学びの場」として、個人の主体的なキャリアデザインの実現に貢献すること。(2)産業界や地域と連携し、新しい学びのニーズに対応しつつ、社会全体が「人づくり」をする場となるため、産業界等の人材を教員に登用するなど、多様な学びを可能にすること。これらと同時に産業界や地域においても、求める人材像の明確化や、産学連携の深化による人材の流動化を実現していくことが求められていくのではないかと思います。「働き方改革×テクノロジー」と働き方改革の本質
さきほども申し上げましたAI×データは、あらゆる業種、あらゆる職種に影響を与えますが、それは人事も例外ではありません。むしろ人事は、膨大なデータを処理しながらアウトプットにつなげていくという、AIが最も得意とする領域に位置づけられます。経験や勘などに頼ってきた人事は、ともするとテクノロジーから距離を置いていましたが、テクノロジーやデータを使って人事を変革させる試みが、今や急速に行われつつあります。長時間労働の是正、エンゲージメントの向上、同一労働同一賃金が前提となる職務や能力の明確化+公正な評価、教育・人材育成、就職・転職…など、さまざまな人事の課題について、テクノロジーを使って解決策を出していこう――そのような機運が高まっているのです。今年7月に、政府が初めてHRテクノロジーに光を当てたイベントを開催しました。企業の人事上の課題をテクノロジーで解決する『ソリューション』を募集(103社の応募)し、グランプリを選出。この103社すべてのレベルが高く、日本の働き方、人事を変える潜在的な力を示していると私は感じました。
第4次産業革命の下での働き方改革の本質は、主に3つです。1つ目は、成果や生産性に基づく評価。「何時間働いたか」、「何年勤続してきたか」ではなく、「成果」と「生産性」で評価される仕組みが重要だということ。そしてこの中で、AIなどのテクノロジーが大変有効に活用できます。2つ目は、「時間」「場所」「契約」にしばられない、柔軟かつ多様な働き方の実現。 兼業・副業、雇用関係によらない働き方(フリーランス、アライアンス、テレワークなど)を多様化させること。そして3つ目は、生涯絶え間ないスキルのアップデートと、「キャリア・オーナーシップ」によるプロフェッショナル化です。「流動化が進んでいるから人材投資には躊躇せざるを得ない」、「教育しても辞めてしまう」とおっしゃる人事の方も確かにいらっしゃいます。しかしそういう企業経営では、人手不足の中、人材を確保することはできません。発想を抜本的に転換する必要があるのです。流動化しているからこそ、人材投資しなければならない。流動化しているからこそ、リテンションしなければならない。これが、「人財」という資産のROA(Return on Asset)を最大化する鍵なのです。
日本の成長は人材にかかっている
働き方改革、人づくり革命が進み、今、人材にますます焦点が当たっています。かつて日本では、希少財といえば資金でした。資金を握るものが企業の競争力を握る。そんな時代が長い間続いたのです。しかし今や、日本において資金は希少財ではありません。金余りの日本において、本当の意味での希少財は、人材です。人事部として、人材を質・量ともにどう確保し、経営につなげていけるか。そういう意味では、「人事」と「経営」はこれまで以上に融合していくでしょう。働き方改革は、経営改革です。働き方改革によって、最大のリソースである人材のROAを高め、経営改革、さらには企業の成長へとつなげていく。それによって、日本全体の成長が実現されると私は確信しています。ご静聴ありがとうございました。- 1