松本 晃 氏
1972年京都大学大学院修了後、伊藤忠商事株式会社に入社。93年にジョンソン・エンド・ジョンソンメディカル株式会社(現:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社)に入社。代表取締役社長、最高顧問を歴任後、2009年にカルビー創業家から経営刷新を託され、代表取締役会長兼CEOに就任。現在は東北大学病院臨床試験推進センター客員教授、米国医療機器・IVD工業会(AMDD)顧問、京都府東京経済人会会長、地方独立行政法人長崎市立病院機構副理事長なども務める。
組織に変革を起こすために
本日お越しの皆さんに私から言いたいことは、「人が大事」ということに尽きます。私は、「Our Business Is People Business」という言葉をモットーにしています。同時に、本日のテーマはリーダーシップです。トップマネジメントやリーダーシップがしっかりしない限り、会社は良くなりません。ということで、私の経験をもとにお話させていただきます。1990年を境に世の中はすべてが変わってしまいました。それまでの日本はアメリカから盗んできたコンセプトを巧みに改善・改良するという実に簡単なビジネスモデルを持っていました。当時の日本人は勤勉かつ優秀で、しかも人件費も安かったため、うまくいくのは当たり前だったのです。ところが90年を境に、韓国、台湾、香港などが台頭し、ついに中国が頭角を現すと、それまでの日本のモデルは完全に崩壊しました。世の中が変わったのなら、私たちのやり方も変えなければいけません。しかし実際はほとんど変わりませんでした。90年以前の日本は、高度成長、規格大量生産、成果は時間に比例、偏差値教育、少数のエリートと金太郎飴という異常な40年でした。一方で、90年以降の日本は、不況、少子高齢化、借金大国、財政難……など多くの問題を抱えています。
こんなに時代になってしまい、多くの日本人は次に何をしたらいいのかわからなくなってしまいました。もはや、変化に挑戦するしか手はありません。ところが変革を起こすことは難しいです。なぜなら変革とは、金、権力、地位など“既得権を奪うこと”だからです。抵抗勢力は強いです。彼らは「NO」と言い続けます。変革するためにはトップ自らが変えるしか手はありません。私は8年前にカルビーにやってきて会長兼CEOに就任すると、権限、個室、社用車、接待費をすぐに止めました。その結果、カルビーは少しだけ変わりました。
経営とは何か? カルビーとは何か?
私は経営者として31年目を迎えますが、次のような言葉を信条としています。「経営とは、すべてのステークホルダーを喜ばせることである」
会社の経営なんて、易しく考えればいいのです。「世のため、人のために」、そして「儲けろ」――これに尽きます。さらに、うまくいく経営には欠かせない3つの要素があります。まずは「ビジョン」、次に「プラン」、そして最後に「リーダーシップ」です。私たちは「顧客・取引先から、次に従業員とその家族から、そしてコミュニティから、最後に株主から尊敬され、称賛され、愛される会社になる」ということをビジョンに掲げています。
カルビーは、簡単に言えばスナック会社です。スナックではダントツです。しかし一方では、内弁慶でもあります。近年は「フルグラ®」という製品が爆発的に成長しており、過去6年間で平均して毎年売上高は8.1%、営業利益で17.1%アップしています。また、上場後の株価は8倍になりました。私は、株価はすべてのステークホルダーからの通信簿だと思っています。
仕組みを変え、悪しき文化を変える
私はいろいろなことを変えてきました。「何のための変革か?」すべては成果を出すためのものです。ただし、やろうと思えば誰でもできるような易しいことばかりです。8年前にカルビーに入社し、まず変えたのが挨拶でした。職場の挨拶は、「お疲れさまです」を禁止し、「おはようございます」か「こんにちは」に徹底。朝からお疲れさまでは、仕事になりません。次に「松本会長」を禁止し、「松本さん」「晃さん」「松っちゃん」と呼ばせています。社員全員が「○○さん」と呼び合えばいいのです。
仕組みを変え、悪しき文化を変えました。会社というのは、ある時期に停滞する、もしくは右肩下がりになります。そうすると一般的には、人を変え、組織を変えます。しかし、そこには何も残りません。カルビーでは、仕組みを変え、組織を変えます。そうすると、人が残るのです。私はカルビーに入社した際、社員の皆さんに会社の棚卸しをやっていただきました。そして大きく分けて3つの仕分けをしました。(1)良いことだから続ける、(2)良いことだけれど出来ていない、(3)すぐにやめた方がいい――。「一利を興すは一害を除くに如かず。一事を生かすは一事を省くに如かず」。つまり利益となることを一つ始めるよりは、従来からの害になることを一つ除いた方が良いということです。害を捨てると時間が生まれます。会社など、多少スカスカにしておいたほうが、成長の余地があるのです。
厳しい会社・温かい会社
私は1972年に伊藤忠商事に入社し、20年と半年勤務しました。当時の伊藤忠商事は、厳しい会社でしたが、同時に冷たい会社でもありました。厳しくて冷たい会社は成長しません。そして45歳のときにアメリカのジョンソン・エンド・ジョンソンに転職。同社は、年商約8兆円。ずっと儲かっています。ここも厳しい会社でしたが、非常に温かい会社でもありました。定年退職し、その1年後にカルビーへ。以前のカルビーは、とても温かい会社でしたが、同時にとても甘い会社でもありました。温かくて甘い会社など儲かるはずがありません。ということで、私はカルビーを厳しくて、温かい会社に変えてきたのです。果たして、厳しい会社、温かい会社とは何でしょうか。厳しいとは、プロセス主義から脱却し、成果主義になることです。一方、温かい会社とは、社員一人ひとりが成果を出すために環境・制度を整え、仕組みや文化を変えることだと思っています。
カルビーの変革~簡素化・透明化・分権化~
私は変革のために、まず仕組みを変え、悪しき文化を壊し、環境や制度を整えました。その中で、まず簡素化を図りました。身分制度、中間階層(代理・補佐など)、定例会議、中期計画、稟議書、諸手当、日当……などは不要です。次に透明化を図りました。情報は上から下へ流せ、インサイダー情報の他に秘密事項を作るな……ということです。次に分権化を図りました。例えば、地方分権、権限委譲(人事権・考課権)などです。権限委譲すると人間は元気になります。元気になると人間は成長します。したがって、会社を良くするための最大のツールは、権限委譲なのです。カルビーの変革~コーポレートガバナンス~
次にガバナンスを強化しました。コーポレートガバナンスは大事なことです。しかし、一丁目一番地を忘れては意味がありません。それは何かと言いますと、会社には株主がいます。特に上場会社の場合、株主は不特定多数です。そういった方々一人ひとりに経営に細かく口を挟まれては、手も足も出ません。そこで、その株主は自分たちの代表選手を選びます。それが取締役です。そして取締役を選ぶ会を、株主総会と呼びます。つまり株主総会で一番重要なのは、代表選手を選ぶことです。選ばれた代表選手は、株主に代わって会社をしっかり監視します。これがガバナンスの基本ですが、日本の多くの会社は、この取締役会と経営が一緒になっています。自分で自分のことを監視することなどできません。私がカルビーの会長職を引き受ける際の唯一の条件は、このガバナンスでした。これだけは自信を持って、しっかりやっています。創業家である松尾家は非常に優秀な方が多かったのですが、私が会長になる条件は、皆さんに退場いただくことでした。そして取締役には、ダイバーシティなども考慮し、7人中5人を社外から招聘しました。
カルビーの変革~コストの削減~
弊社は6年前に上場しました。上場とは会社を売ることです。つまり「Our Company」から「Your Company」に変わります。上場を機に、絵画やゴルフ会員権など、ビジネスに関係のない資産はすべて手放しました。カルビーは製造原価の高い会社でした。しかも、そのことに対して誰もまったく意識していませんでした。原因は、工場の稼働率が極端に低かったから。要するに工場の作りすぎです。しかし工場は簡単には潰せません。そこで、稼働率をいかに上げるかに知恵を絞りました。当時カルビーは競合会社に比べて、平均15%も商品の値段が高かったのです。このデフレの時代に値段が高かったら買ってくれません。値段を少しずつ下げていきました。変動費が下がり、その分の利益は顧客に還元しました。するとポテトチップスのシェアは57%から75%に拡大していきました。工場の稼働率もアップしました。工場の稼働率が上がると、固定費が下がります。その分は利益として取り込みました。これがカルビーが行ったコスト削減モデルです。カルビーの変革~オフィス革命~
オフィスも変えました。本社ビルは北区赤羽の駅前にありました。9階建ての自社ビルでしたが、これでは機能しません。なぜなら人間は縦には動かないからです。ということで東京駅前のトラストタワーというビルに移転しました。縦80メートル、横50メートルくらいの空間に全員がいます。役員の個室はもちろん、会議室も個人席もありません。毎日隣に座っている人は違います。物を置いて帰れませんから、オフィスがきれいになりました。人間は環境に影響される動物です。環境を良くしないと、能率も上がりません。カルビーの変革~ダイバーシティ~
日本はいつまで経ってもダイバーシティが進みません。日本人、男、シニア、一流大学出身者……が中心となって仕事をしてきました。もはやこんな時代は終わりです。ダイバーシティに関して、私はジョンソン・エンド・ジョンソン時代からずっと注力してきました。ライフワークの一つです。ダイバーシティはお金がかかります。しかしそれはコストではありません。投資なのです。もちろん明日返ってくるということはありません。あくまで、長期の投資です。では、なぜやるのか? ダイバーシティは会社にとって成長のエンジンです。時間がかかるので一朝一夕にはできません。さらに、ダイバーシティにはリスクも伴います。それは業績が悪化するとダイバーシティは後退するということです。思わしくない状況が続けば「女性ばっかり登用しているから業績が悪くなったんだ」と言われるでしょう。だからこそ、私は業績を上げることを重視しています。ダイバーシティ委員会も設立しました。これにより全社的に意識が向上しています。4年連続で、なでしこ銘柄にも選定されました。さらに男女共同参画社会づくり功労者、また女性が輝く先進企業として、内閣総理大臣表彰も受けました。2016年「Forbes JAPAN WOMEN AWARD」では総合ランキング1位にも輝いています。
女性管理職比率は、2010年は5.9%でしたが、2017年は24.3%になりました。2020年までに30%に引き上げるのが目標です。執行役員16人のうち、6人が女性です。工場長は13人のうち、2人が女性ですが、これはまだまだ少ないと思っています。海外事業で最大の拠点は北米ですが、カルビーノースアメリカのトップは日本人の女性です。執行役員で中日本事業本部の本部長も女性です。東は静岡県から西は兵庫県まで、彼女はこのエリアのプレジデントです。3工場、2支店、売上げ400億円、部下830人(9部長・30課長)のトップに立っています。彼女とともにダイバーシティの加速化はもちろん、働き方改革を推進していきたいと思い、私は彼女にたった一つだけ命令をしました。「4時になったら帰れ」と。弊社はワークライフバランスではなく、ライフワークバランスの会社です。
カルビーの変革~働き方改革~
ダイバーシティは、働き方改革とも非常に密接な関係にあります。特に女性は、環境を整えることで働き方が大きく変わります。成果が時間に比例していた時代は終わりました。長きを以て貴しとなりません。会社が求めているのは時間ではなく、成果です。そうした中、部下の時間を奪っている人がいます。それは上司です。上司が部下の時間を奪うから、長時間労働になるのです。私は「No Meeting, No Memo」と言い続けています。だから、会議室なんてなくせばいいのです。そこらへんで立ってやれ、と。立ってやれば、すぐに終わります。仕事が終わったら早く帰れ。早く帰るようになると、学ぶ人がでてきました。教養を高める人がでてきました。家族と長く過ごす人がでてきました。健康を促進する人がでてきました。そしてこういうことを実践している人が魅力的な人間になります。魅力的な人間は良い仕事をします。良い仕事をすると会社も良くなります。つまり会社は魅力的な人間をどんどん作らないといけないのです。2年前から在宅勤務制度も導入しました。そして今年からは「1年に1回も会社に来なくてもいいよ」と言っています。その代わり、厳しく成果を求めます。給与体系も変えました。生活給をベースに、計画達成や部下育成などの役職手当を払い、そこにさらにボーナスを上乗せします。実に簡単な仕組みです。リーダーシップが組織を強くする
リーダーとは、組織を率いて、継続して成果を出し、結果に対して責任を取れる人だと思います。では、リーダーシップの“シップ”とは何でしょうか。シップとは、技能もしくは能力のこと。つまりリーダーシップとは、人をInspireし、Motivateして、Alignmentを作り、Resultを出すことなのです。部下がついていく上司の要素は3つあると思います。それは圧倒的な実績と、なるほどと思わせる理論、こんな人についていきたいと思わせる人徳です。さらに強いリーダーになるためには、「伝える」、「決める」、「逃げない」ことが不可欠です。皆さんの部下は、何を求めているのか。それをきちんと与えてあげなければなりません。豊かさ、ワクワクする仕事、仕事を通じての成長……きっとこういうものを求めているのではないでしょうか。それでは、会社は何を求めているのか。それは成果です。では成果を出した従業員には、どうしているのでしょうか。「ありがとう」と言っていますか? 成果を称賛していますか? 報酬はどうですか? あなたのリーダーシップが組織を強くするのです。今日の話はすべて私の持論ですが、少しでも皆さんの参考になれば、幸いです。最後までご静聴ありがとうございました。
- 1