守島 基博 氏
86年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員などを兼任。著書に『人材マネジメント入門』、『人材の複雑方程式』(共に日本経済新聞出版社)、『人事と法の対話』(有斐閣)などがある。
人材不足の時代が到来
日本はこれから確実に人材不足の時代になります。人がいないので事業ができない、もしくは廃業していく。あちこちでそういったことが起こってくるでしょう。例えば、グローバル化がなかなか進まないのも、担ってくれる人材が不足しているのが要因の一つです。人材不足は、人手不足とは違います。人手不足というのは、単に人がいなくて牛丼屋さんが店を開けられなくなるような状態ですが、人材不足というのは、企業の中核的な事業や戦略を担ってくれる人がいない状態です。つまり、人はいるが、必要な人がいない――そんな人手不足の時代がやってくると思います。人口が少なくなることは単に量的な人材不足に繋がります。しかしもう一つ大きな問題として、質的な人材不足も起こってくるでしょう。今何かしら手を打たないと、日本の産業や企業はこのままどんどんダメになってしまう。それが私の危惧するところです。
増大する人材不足
帝国データバンクの調査によると、約1万社の企業のうち 43.9%が、正社員が不足していると回答しており、半年前の2016年7月調査から6.0ポイントも増加しました。非正社員では、企業の29.5%が不足していると感じており、半年前から4.6ポイントの増加です。次に、マンパワーグループの国際比較調査によると、わが国で人材不足を経験している企業は2015年前半で83%。世界42カ国の平均は 34%となっています。グローバル平均が30%台ですから、2倍以上も人材不足を実感していることになります。特に目立つのは、中核的な業務を担う人材の不足です。日本の企業で最も人材不足を感じている職種は、5年連続でエンジニアが1位となっており、以下ITスタッフ、営業・販売職、会計・財務スタッフと続いています。背景と新たな人材ニーズの出現
人材不足の背景の一つとして、企業戦略の変化、つまり多くの企業が新たな成長戦略を採用していることが挙げられると思います。例えば、経営がグローバル化したり、イノベーションが成長戦略の中核となったり、さらにM&A(特に海外M&A)を中心とした成長戦略や、経営におけるICT、AIなどの一層の活用など。さらに、お客様との直接的な接触の中で付加価値を生んでいく「サービス型ビジネス」も成長戦略の一つです。旅館やホテルなどが分かりやすい例ですが、最近は製造業でも、ソリューションビジネスなどで、サービス型ビジネスの進展が見られます。このように今までやってこなかったようないろいろなことを、多くの日本企業がやり始めたというのが、重要な背景としてあるのです。新しい戦略を実行するには、新しい人材が必要です。経営環境と戦略の大きな変化は、今までとは異なった人材を要求します。グローバル対応人材、新事業を担う人材、専門性の高い人、そして多様な人材を牽引するリーダー。こうした人材はこれまでのやり方では確保が難しいでしょう。新たな人材を確保あるいは活用するには、人材マネジメントの変革が必要不可欠なのです。
働く人も変化してきている
もう一つ大きな背景として挙げられるのが、人そのものが変わってきているということです。例えば、人材群が多様化している、つまりダイバーシティの増大。もちろん女性や外国人の積極的な採用も重要なダイバーシティの一つですが、さらに重要なのが深層のダイバーシティ、要するに価値観や意識の多様性です。こうしたダイバーシティは、近年日本でもずいぶん進展してきているように感じます。また、ワーク・ライフ・インテグレーション(バランス)の浸透や働き方・キャリアの多様化による、仕事と他の領域の相対的ウェイトの変化。さらに働き方改革など、さまざまな形で働く人たちそのものが変化してきており、結果として、人材の確保により一層の工夫が必要となってきています。デロイトミレニアルの世界29ヵ国を対象とした調査によると、大半の国・地域において、雇用の機会を検討するうえで、ワークライフバランスはキャリアアップより優先されるという結果が出ています。「あなたは仕事で何を一番重視しますか?」という問いに対して、「適性なワークライフバランス」と答えた人が一番多く、2位以降「昇進・リーダーになる機会」、「柔軟性(在宅・遠隔勤務・フレックス制)」と続きます。このように彼らの意識は、これまでの働く人たちの意識とずいぶん変わってきているのです。
働きがいの低下
そうした中で、最近私が心配しているのが、働きがいの低下です。「私の生きがいは仕事です」と言える人が今どれだけいるでしょうか。働きがいとは、どうして私は頑張るのか、つまり働く意味です。しかし昨今では、組織成長が鈍化し、またその結果としてチャレンジ感・成長感がある仕事が減少し、さらにリスク回避を重視した経営などによって、仕事が働きがいの源泉になりにくくなっています。それに伴い、モチベーション3.0(仕事内容)から2.0(お金)への回帰、ワークライフバランスへの逃避などが起こっています。人材マネジメントの一つの重要なミッションは、働く人に仕事を通じた働きがいを提供すること。そしてエンゲージメントを高めることです。仕事って面白い、仕事ってワクワクする、というような感覚を持っている人がだんだん少なくなってきています。人材の質的な側面として、そういった部分も変えていかなければなりません。職場機能の毀損
また、人を活き活きさせたり、人にやる気を与えたり、人が会社に所属しているという感覚を強めたりするために、重要なのが「職場」です。誰でも入社当初は、会社がどういうものかよくわからないものです。それでも周りの同僚や上司と仲良くなり、そこでいろいろなことを学んだり、経験したりすることはできます。まさにそれが職場なのです。職場は企業の中で多くの重要な機能を果たしてきました。例えば、若手の教育、協働作業の学び、リーダーの育成、優秀人材の選抜、働く人の癒し……など。また、職場での優れた業務遂行は、多くの企業にとって競争優位性の源泉であり、さらに現場発の創発的イノベーションの源泉の職場です。しかし現在、さまざまな要因によって、職場の機能が低下している企業が増えており、結果的に人材が育たず、活性化しない職場が多くなっているのです。人材を人財に変える
既にのべたように、今、日本の企業は特に質的な面で人材不足に陥っています。そういう意味では、きちんと一人ひとりを把握して、育てていかなければなりません。ジンザイという言葉には、4種類の漢字があるのをご存知ですか? 1つ目は「材」、2つ目は「財」、3つ目は「在」、つまりいるだけの人、そして4つ目は「罪」です。もちろん「人在」や「人罪」を作るのはもってのほかですが、企業の経営者にとって最大のミッションとは、「材」として入社してきた人を、いかに人財に変えていけるかだと思います。そしてそういったことを、今後はもっともっと考えていかないといけません。戦略が変わり、働き方や仕事への意識も変わり、職場機能も昔と比べ低下してきている中で、入ってきた材料であるところの人材、その時点ではそれほど価値の高くない人たちを、どうやって財に変えていくのか。それを経営として真剣に考えないといけない時代に差し掛かっています。したがって、本日3人のベンダーの方々にご紹介いただいたようなツールやシステムを上手に活用して、ぜひ人材を人財に変える取り組みに力を注いでいただきたいと思います。駆け足となりましたが、ご静聴ありがとうございました。
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