御社の後継者候補は、ホンモノだろうか?
後継者候補の選抜では「これまでの業績」が重要な要件の一つとなる。特に、偶然ではない安定した業績があることが大切だ。となると、後継者候補のプールに豊富に人材を確保したいなら、その基礎となる安定した好業績者を大勢作れば良い。「うちの会社はベテランが多いから大丈夫」と思うかもしれない。ただ、ベテランだからといって、好業績者とは限らない。経験学習の研究によると、複雑な業務では、業務経験年数と業績は一定の年次を超えると相関しないことが明らかになっている。はて、安定して業績の良い社員は何をしているのだろうか。
第1回「最短で後継者を育成するたったひとつの方法」で「優秀な人材は、実務で体験と内省を繰り返し、自分の血や肉に変えていく。こうした人材は、ゲーム研修での体験と内省から学び取り、経営の各局面を俯瞰し、各局面で妥当な意思決定ができるプロ経営者に成長していく」と書いた。経験学習の研究によると、挑戦と内省(=振り返り)が業績の鍵だと実証されている。どの社員を後継者へのファストトラックに乗せるべきかに悩んだら、挑戦とその振り返りの習慣のある「ホンモノ」を乗せると良い。
後継者育成では「修羅場体験」と呼ばれる挑戦の場が重視される。ただ、修羅場体験だけでは十分ではない。「体験しただけでは学びにつながらない」と教育学者のデューイはいう。体験は、振り返らない限り忘れ去られる運命にある。人は忘れる生き物だからだ。デューイは、「体験した上で、その結果をきちんと振り返ること(=内省)で体験は経験になり学びにつながる」という。つまり、「体験+内省=経験」なのである。
ゲーム研修の本体は「振り返り」である
ゲーム研修の話題に戻ろう。ゲーム研修というと、ゲームだけをするものだという誤解もあるようだが、ゲーム研修の本体は実は振り返りである。講師が一方的に解説したり、正しいやり方(例えば、簿記の記帳の仕方など)を後から教えたりすることを振り返りだと思っている方も多いが、これは単なるレクチャーであるばかりか、参加者のゲーム中の努力を軽んじる悪手である。振り返りは「メンタルモデルを作って一般化すること」と定義される。例えば、ゲーム実施後に振り返りを行い、参加者が教わらずに「この局面ではこのように振る舞うべきだ」と持論が作り上げられた状態が望ましい状態であり、当社のゲーム研修ではそれを目指している。
成果が出せたら優秀なのか?
本コラムでは、意思決定について紙面の大半を割いてきた。意思決定と振り返りには密接なつながりがある。振り返りを通じて、意思決定の根拠が明確になりメンタルモデルが作られるからである。業績が良いと優秀だと判断されがちだが、優秀さは業績だけでは分からない。ゲームを話材にこれを解説しよう。ゲーム研修では勝敗がつくことが多い。ゲームの勝敗はインパクトが強く、勝者は「勝ったのだから自分は優秀だ」と思いがちだ。これは「成果を出せた自分は優秀だ」という社員の理屈と符合する。しかし、勝敗も成果も絶対的なものではなく、相対的なものだ。ゲームに勝利したことと正しい思考プロセスをしたことは同義ではない。
「かりそめの勝者」は必ず裸にする
勝者は自分のやり方が最善だったと思いたい。しかし、ゲームにおける勝利は必ずしも本人に帰属するわけではない。例えば、第3回と第4回で書いた「意思決定弱者」の脱落(=敵失)や加担、他者間の競合による漁夫の利や、運/リスク/不確実性によるまぐれなどにも左右される。このような棚ぼたを得た勝者のことを「かりそめの勝者」と呼ぶ。参加者が「かりそめの勝者」のやり方を正しいと誤認したままに研修を終えると、学習目標から遠のいてしまう。例えば、本当は借入をするべきではないのに、たまたま優勝した「かりそめの勝者」が借入をしていると、借入をすべきだと学習してしまうことが起こるのだ。これではいけない。振り返りでは、参加者全員が研修で考えたことを整理し、学びを紡ぐことで、学習目標から遠のいた状態を軌道修正できる。特に重要なのは、全員の意思決定を整理し、何が最善かをクラスで検討することだ。こうすることで勝者の正体が明らかになる。勝者の思考が言語化可能なものかどうかが明らかになり、勝つべくして勝った意思決定強者なのか、敵失やまぐれやなんとなくで勝利した「かりそめの勝者」なのかを峻別できるのだ。勝者に限らず、途中まで正しい思考プロセスで進めていたけれども、最後に誤った選択をしたり、運が悪かったり、意思決定弱者から利敵行為をされたりして敗北した参加者の思考から学べることもある。
振り返りにはポイントが2つある
こうした振り返りにはポイントがある。1つ目は「気づきの記録を予告すること」である。研修は長時間だ。参加者はゲームをしながら気づき、振り返りでアウトプットする。良いアウトプットを出すには、研修開始時に振り返りがあることを予告し、気づきを記録することを明確に伝える必要がある。研修には棋譜があるわけではない。記憶は刻一刻と失われるので、ゲーム中の出来事や気づき、判断の理由は後からでは思い出せない。自分の行動に気を配れているマインドフルな状態にないからである。2つ目は「随時振り返ること」である。研修の最後に振り返りを行うと、直前に起こったことや、最も印象的だったことだけが思い出され、それ以外の雑多な学びは失われてしまう。実は、雑多な学びの中にこそキラリと光る学びがあることが多い。電車やベッドやトイレや風呂で良いアイデアが浮かび、少ししたらすっかり忘れていることはないだろうか。研修でもこれが起こるのだ。このため、ゲーム中や区切りがつくごとに振り返り、アウトプットと記録をする必要がある。最後に振り返りの時間を設けるだけでは不十分なのだ。
ゲーム研修では「内省スキル」が得られる
書籍『失敗学のすすめ』の畑村洋太郎氏は、実務を長く経験し、体験は豊富だが経験になっていない状態を「偽ベテラン」と名付けた。御社の社員の体験は経験になっているだろうか。社歴が長いだけの偽ベテランを後継者候補にしていないだろうか。修羅場を同じように体験しても、振り返る力の差が業績を左右する。研修では、振り返りとその力を育むことも重要である。だからこそ、当社ではゲームだけでなく振り返りも突き詰めて考えている。ゲーム研修の果実の一つは、体験を経験に変換する「内省スキル」の獲得だからだ。ゲーム研修の本体は振り返りと書いたとおり、良いゲーム研修は振り返りがデザインされている。例えば、気づいたことを起点に水平思考で発散を行ったり、共有することで他者の知恵を取り入れたり、具体的現象をグループ化してラベルをつけ、一般化したりしながら振り返る。
大人は常に実利的だ。こうした振り返りで体験が経験に変わり「有意義だった」「役に立ちそう」「意思決定が結果につながる」という鮮やかな成果イメージが持てるとやる気になり、実際にやってみて、それが次の成果につながれば、その体験をまた振り返るというサイクルが回り始める。こうして振り返りが習慣になり、好業績の起爆剤となる。こうした好業績が、将来の経営者となる後継者の人材プールへとつながっていくのである。
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