遊戯用ゲームが使われている研修を見たら“こじつけ”を疑おう
これまで、ゲームを使った研修の効果の高さを書いてきた。読者の中には、「ゲームがそんなによいなら、市販のボードゲームを研修に利用すればよいのではないか」と感じる方もいるだろう。実は、遊戯用のボードゲームやカードゲーム(以下、遊戯用ゲームと呼ぶ)を使った研修もあり、それに講師を派遣している会社もある。ただ、遊戯用ゲームを使った研修は、ときに素晴らしい成果に繋がるが、ファシリテーターが無理に結論に誘導する、気づきを無視した「こじつけ研修」になりがちなので、そうならないかどうかを慎重に確認する必要がある。遊戯用ゲームは学ぶためのものではない
まず、遊戯用ゲームと研修用のゲームの最大の違いを書きたい。良い遊戯用ゲームを考えてみよう。異論は様々あろうが、逆転の可能性がなく、途中で負けが確定して意欲が失われるゲームを良いとは思わないだろう。このため、逆転可能性が遊戯用ゲームには求められる。また、「このやり方をすれば絶対に優位に立てる」というゲームは興ざめだ。なので、様々な戦略があり、ジレンマに満ちたゲームが良いとされる。そのために、遊戯用ゲームの開発者は丹念にバランス調整を行う。さて、研修用のゲームの側から考えてみよう。失策ばかりにも関わらず、最後にイベントカードで逆転できるゲームはどうだろう。戦略に基づいて、原料の買い占めを行って、高値販売しようとしていたら、唐突に安い原料が市場に溢れるゲームはどうだろう。これまでの努力が無駄になって興ざめだ。また、ビジネスでは定石とされる打ち手がある。それが不明確で「何をやっても勝利しうる」ゲームだったら、終了後にどう振り返れば学べるだろうか。これがまさに遊戯用ゲームを使った研修に「学べない」と批判が集まる理由の一つである。遊戯用ゲームはそもそも学ぶために作られておらず、ゲーム中に起こることも非常に動的である。そこから教訓を紡ぎ出すには高いファシリテーションスキルが求められるため、予め用意した結論に誘導しがちである。ただ、誘導的な進め方はゲーム研修の強みを殺す。誘導するのであれば、知識を植え付ける導管型の研修で十分だ。その点で遊戯用ゲームを研修に用いるのは玄人向きである。
“こじつけ研修”が生まれるメカニズムとは!?
学習には「意図的学習」と「偶発的学習」の2種類がある。意図的学習は「意図した学習活動の中で学ぶこと」、偶発的学習は「学習を意図していない活動で自然と学べていること」だ。例えば、ドラゴンクエストで横文字のモンスター名を目にすることで英単語が学べたとしたらこれは意図していないという点で、偶発的学習となる。ゲーム研修で使われるゲームは、学習を目的に作られる。一方、遊戯用ゲームは、遊びを目的に制作され、意図的学習を想定していない。ただし、人は何からでも学ぶ生き物である。このため、遊戯用ゲームを遊んで「これは学べそうだぞ」と感じるのは自然だ。そこに後付けで、偶発的学習を取り上げ、「このゲームはPDCAを学ぶのが目的だ」と強弁すると、偶発的学習は意図的学習に変質し、ゲーム研修として成立してしまう。これが本当に悩ましく、当社ではこうした研修を「こじつけ研修」と呼ぶ。
例えば、スーパーマリオで敵が迫ってきたという状況に対して、ジャンプして躱すか踏み潰すかを選択するから状況対応もしくは危機管理の研修だといわれたらどうだろう。ドラゴンクエストは、横文字のモンスター名から英単語を学ぶ研修だといわれたら、こじつけだと思うだろう。これは人材開発の様々な分野で起こっている。例えば、音楽だったり、芸術だったり、スポーツだったり、どのような活動にも偶発的学習がある。どのような分野でも未経験者がその体験をすればそれなりに示唆はある。そこを取り上げて研修化することで、こじつけ研修が生まれるのである。
“こじつけ研修”を見抜く5つのキーワード
ゲーム研修は、気づきのツールと位置づけられることが多い。しかし「色々なことに気づきますが、何に気づくかはわかりません。自分たちで意味は考えるのです。」と結果責任を参加者にぶん投げるのでは、社会構成主義的なワークショップやチームビルディング研修では使えても、目標が明確な後継者育成にゲーム研修を使おうとは思わないだろう。ゲーム研修の売り手もこれに気付いているため、目的や効果、特徴を設定している。頻出のキーワードに「視座が上がる、協働、利益感覚、PDCA、楽しい」がある。これらは、当社の考える「買ってはいけないゲーム研修」の要件である。これらが前面に出ている場合、学習が設計されていないと断言できる。
なぜか。ゲーム研修では、日常業務では経験できない上位の役割を演じる広義のロールプレイングを行うので、視座があがる。そして、テーブルを囲めば協働が生まれる。また、「ビジネス」ゲームでは、ゴールが利益となるため、利益感覚が求められる。また、ゲームでは、作戦・実行・振り返りを繰り返すのだから、PDCAも入ってくる。楽しいのは言うまでもない。つまり「買ってはいけないゲーム研修」の惹句には、研修ではなくゲームの特徴が語られているだけで、ゲームをすれば何か学べるという考えが透けて見えるのだ。ゲームを買って遊ばせるために高額な外部講師は必要ない。
良いゲーム研修が備えているたった一つの特徴
“買ってはいけないゲーム研修”でないことが確認できたら、次は学習設計を確認すると良い。学習が設計されているゲームは、マニュアルを見れば一目瞭然だ。学習が設計されている経営シミュレーションゲームでは、「定石」や体験して欲しい「葛藤状態」の解説がマニュアルに書いてある。講師は当然それを読んでいるはずだし、内製する場合にも「体験さえしていればファシリテーターができます」ということはありえず、適切なファシリテーター養成が必要になる。それが揃っていることが欠かせない。
ゲームを使って学ぶには学習×ゲームの専門家の知恵が必要
遊戯用ゲームを研修で使う場合、用途がチームビルディングや段取りやPDCAなどしか見いだせないことが多い。更に言えば、それらの用途であれば、わざわざ時間がかかるゲームという手法を選ばなくて良い。全ての遊戯用ゲームが研修に使えないわけではないが、無理を感じるものもある。例えば、元々遊戯用ゲームだったものに無理に「記帳」を付け加えたため、研修中に記帳漏れが発生し、それを見つけるのに一苦労。それで、学びは「記帳はしっかりしましょう」という笑えない研修もあるそうだ。これは、学習とゲームの専門家が「記帳」をゲームの活動に組み込めていないからだ。また、学べない原因も振り返りの設計ができる学習の専門家がいないことにつきる。無理やり研修に建て付けたものは狙った学びが得にくい
当社のゲーム研修も、遊戯用ゲームを使った研修も、この分野に詳しくない方からすれば同じゲーム研修である。ただ、学習向けに作ったものとこじつけて研修にしたものは全く違う。丁寧に設計されたゲームでは、ファシリテーターが無理に参加者を誘導せずとも、振り返れば自然と参加者から学びが湧き出してくる。そして、その学びは学習目標と近くなる。こうした学習を生み出すには、正しくできている参加者が優位に立てるように設計されている必要がある。当社は「このゲームではこうすれば優位に立てる」というやり方を「考えれば分かる」程度の難易度に設定したり、その他にも先駆者のいない数々の実験的な挑戦を重ねている。その開発作業及び調整に投入する期間はゲーム1つあたり半年ではきかない。
研修にかかる最大の費用は、研修参加者の機会費用である。多大な費用を投資して研修をする以上、学習向けに作られたものを活用し、「学べない」と感じる研修参加者を減らし、「学べた」状態を目指すべきではないだろうか。
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