どんなゲームでも意思決定が効率よく学べるわけではない
ゲーム研修の事例として、”答えがあるにも関わらず、1万人に1人しか正解が出せていないゲーム”を紹介しよう。前回、意思決定を学ぶにはゲームが良いと書いたが、どんなゲームでも意思決定が効率よく学べるわけではない。意思決定は状況によって適用するべきルールが異なり、状況ごとに適切な意思決定方法は異なる。状況には、簡単にいうと、「運がない状況」、「運があるが確率が想定できる状況」、「運があり確率が想定できない状況」の3つがある。現実世界は「運があり確率が想定できない状況」に属する。応用問題から解かせてはいけない
これら3つの状況のうち、まずはどの状況における意思決定に習熟すべきだろうか。多くの方は、現実に近いものを扱えば効果があると考え、「運があり確率も想定できない状況」を選びがちだが、実はそれではうまくいかない。基礎ができていないのに現実に近いものをやらせるのは下策である。現実はいうなれば応用問題なのだ。運が除外された世界とはどのような世界だろうか。それは、何かを行えばどんな場合でも同じ結果になる世界である。例えば、営業に行けば必ず受注できて受注額も確定している、製造しようと決めたらロスが発生せずに確実に決めた数量が製造される、飲食店であれば、来店者の数と客単価が固定されているような状況と思えば分かりやすいだろうか。
こうした世界が運のない世界であり、これを「確実性の世界」という。確実性の世界には正解がある。適切に意思決定を行いさえすれば確実に正解にたどり着けるという点ではパズルに似ている。ゲームには運があるという先入観をお持ちの方には特殊に見えるかもしれない。
運がなくても正解に到達できるのは0.01%以下
運がない世界なんて簡単すぎると思う人もいるだろう。ただ、多くの人にとっては、それほど簡単ではないようだ。当社では、「運がない」ことを特徴とした経営シミュレーション「パースペクティブ」を提供している。「パースペクティブ」では財務諸表を学べるので、その部分が注目されがちなのだが、実は運のあるゲーム研修のアンチテーゼとして作られている。
繰り返しになるが、運が無いということは、つまり正解があるということだ。正しい意思決定をすれば、確実に正解に辿りつける。「パースペクティブ」には、過去に10,000名超が参加しているが、その中で正解に辿りついたのはわずか2名(2017.1現在)しかいない。そのうち1名はアルヴァスデザインという研修会社の経営者だ。実に0.01%以下しか正解に辿り着けていない。というと、参加者のレベルが低いと思われるかもしれないが、当社の顧客層は超大手企業や外資系企業が中心である。参加者には上場企業の現地法人の経営経験があったり、公認会計士資格を保有していたり、経営企画室や経理部門に属していたり、元銀行員もいて、レベルが低いとは考えにくい。また、変数の多い超難解なゲームと思うかもしれないが、このゲームの変数はそれほど多くない。にも関わらず、万に一人しか正解が出せないのである。全員が同じ設定にも関わらず、意思決定力の差によって、結果に3倍もの差がつくこともある。
強い参加者の圧倒的スピードは、選択肢の絞込から生まれている
この研修では、研修参加者が「どのように考えればよかったのか」をディスカッションし、最後にその結果を聞きながら全員で答えを出していく。そこでの反応は「なんでそんなアタリマエのことに気付けなかったんだ!」というものだ。これは、勝つための考え方は極めてシンプルだということだ。成績の良い参加者は「考えることは少ししかないですね」という。一方、成績の悪い参加者は、「考えることが多いですね」という。成績の良し悪しでゲームにかかる時間も大きく違う。本ゲームでは、1期の経営に60分かけるのだが、成績の良い参加者は60分で3期分の経営を全て終わらせることもある。これは、無駄な選択肢を排除しているため、考えることが少なく、決定が早いことによるものだ。意思決定力によって、施策の検討から実行に至るスピードが大きく異なることを端的に示している。この差は現実の経営にどのような影響を与えるだろうか。
振り返ることで思考が裸にされる
研修参加者に「その意思決定の理由は何か」と問うと、例えば、「投資なので先にしたほうが良いと思った」という答えが返ってくる。それに対して、「では、投資を先にした方が良いと思ったのはなぜですか?」と問うと、「…投資なので」という説明力のない答えが返ってくる。これは、新入社員研修での問答ではなく、管理職研修や次世代リーダー研修でよくあるやり取りだというと驚かれるだろうか。振り返りを行う中で、「どこまで考えて意思決定できたのか」が明らかになっていく。経営を任せると“意思決定弱者”から順に脱落していく
運がないゲームは、論理がモノを言う数学の証明問題である。広い意味での論理的思考力と意思決定がなければ正解に辿り着けない。以前、外資系戦略コンサルティングファーム出身者が「パースペクティブ」を「ロジカルシンキングで答えを出し、それをチームメンバーを説得して合意を得るロジカル・コミュニケーションのゲームだ」と評した。これは経営者が日常的に行うコミュニケーションと類似していないだろうか。運がない状況はシンプルかつ意思決定の基礎である。運のない状況は、研修参加者に意思決定力の差をシビアに突きつけ、負けた場合に不運を理由とした言い訳を許さない。このため、運がない状況で間違いばかり犯す人たち(ここからは意思決定弱者と呼ぶ)が、運があるゲームに参加すると、運がある状況で妥当な意思決定ができる人たちが楽しむより前に、意思決定弱者が脱落していく。勝ち残りではなく、負け抜けのゲームになる。ハーバード大学MBA出身の外資系企業の日本法人の代表者は、役員全員を集めてゲーム研修を実施し、その最後にこう語った。
“それなりの人たちは、意思決定ではほとんど間違えないので勝負がつかない。そして、意思決定のできない人から順に脱落していくので、普通に経営していればそれでよいのだ。”
これは、非合理的な競争相手の多さを示唆している。多くの人が合理的な判断をできないから合理的な判断をするだけで競争に勝利できる。
運がない状況で正答が出せるようにすることで切磋琢磨の場の土台が整う
多くの経営者が後継者育成の場に「切磋琢磨」を期待するが、まずは運がない状況での意思決定を確実にする基礎学習が必要である。意思決定弱者の存在は、ゲーム研修でだけ問題になるのではない。例えば、経営計画を作るような研修で課題を出した際に、意思決定弱者が紛れていると、非合理、無根拠、楽観的な経営計画が出て来る。この経営計画を見て、意思決定の分かる経営者は失望し、研修参加者は周囲のレベルに嘆息する。多くの場面で意思決定弱者は問題になるのだ。
とはいえ、意思決定弱者を責めてはいけない。彼らは、意思決定をする能力がないわけではなく、意思決定の仕方を教わっていないだけなのである。であるが故に、意思決定をゼロから ―― すなわち運のない状況から―― 教えることは重要なのだ。
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