理念が価値を創造する
「業績成果につながる新たな価値の創造は、理念が要になっている。」このことは、さまざまな学術的研究によって、その相関関係が説かれています。例えば、産業能率大学経営学部教授の宮田矢八郎氏は、著書「収益結晶化理論」(ダイヤモンド社)の中で、「経営理念がイノベーション効果をもち、イノベーションが企業に利益をもたらす」ことを説いています。
一方、トーマツイノベーション株式会社代表取締役の白潟敏朗氏は、著書『社長、御社の「経営理念」が会社を潰す』(中経出版)の中で、代表的な理念といわれている「顧客満足」「従業員満足」「社会貢献」をうたうだけでは、企業経営を駄目にすると言っています。
結論から言いますと、理念は掲げるだけでなく、具体化し、現場で実践できるように取り組むことが、変革を生み、新たな価値の創造と業績成果の向上を実現するのです。
そこで今回は、「理念・ビジョン」を具体化する要についてお話ししたいと思います。
※企業によって理念の概念が異なるため、ここでは「理念・ビジョン」とします。
理念の具現化が価値を創り需要を創造する
ある医療関係の企業の「理念・ビジョン」は、「医療の分野において価値ある商品とサービスを提供し、医療を支える人・受ける人の双方の信頼に応え、社会に貢献します」というもので、「人に優しい医療を実現する」ことを目指しています。この企業は、これまでも患者(受ける人)にとって優しい医療を具体化してきました。患者の痛みを想定し、それを少しでも低減するための医療製品を考案し、事業化してきたのです。
その一つが、「無痛針」の開発でした。例えば糖尿病患者の中には定期的に注射を打たなければならない人がいます。それが何十回、何百回も続くとなると、想像するだけでもつらいものですが、その痛みを和らげるのが「無痛針」なのです。
「無痛針」は今までにない製品ですから、当然、社内の軋轢や慎重論による抵抗は大変なものだったでしょうし、取引先やパートナーとの共同開発をする必要もあったでしょう。取引関係者すべてがWin-Win-Winの状態になるには、大変な信念と英知が必要だったと思われます。
しかし、この商品の開発は理念を具体化しただけではなく、新たな価値(サービス・商品)を生み、需要を創造し、広く社会や市場により良い価値(サービス・商品)を提供するという素晴らしい仕事を成し遂げることになりました。
このように、理念を具体化し、実践する過程でイノベーション(社内の変革)が起こり、新たな価値(サービス・商品)の創造が促進されているのです。
ほとんどの企業が、「理念・ビジョン」を掲げています。しかし、現場では、次のような壁にぶつかり、「理念・ビジョン」の具体化が進まず、業績成果につながらない場合がよく見受けられます。
「理念・ビジョン」の具体化を阻む四つの壁
(1)意図不明の壁「理念・ビジョン」が明文化されていない場合、幹部によって、また、時によって「言うことが違う」と受け取られ、結局、意図が伝わらないという壁です。
経営トップや幹部には、仕事をしていく上で、大切にしている価値感があり、状況に応じて、さまざまな角度から社員に説こうとします。
しかし、残念ながら受け取る側は、「うちの幹部は一枚岩ではない」、「言うことがころころ変わる」と理解してしまい、「何が正しいのか」という判断が混乱するのです。
これは、「理念・ビジョン」が創業者の志として言い伝えられ、明文化されていないために解釈がバラバラになってしまう現象です。
(2)共感しているつもりの壁
「理念・ビジョン」を「全か無か」の二元論的思考で受け取ってしまうため、「理念・ビジョン」の統合が進まないという壁です。
経営トップの「理念・ビジョン」の想いが強ければ強いほど、受け取る側は、「それ以外の価値観は認められないのだろう」と考える傾向があり、それが壁となってしまいます。
そうなると、「全てを共感するか、組織を去るか」という二者択一の判断になってしまい、苦肉の策として「上の言うことを聞いている(ふりをしている)」という現象に陥るのです。そのため、頑張っている割に新たな価値が生まれないことになります。
(3)お題目の壁
例えば「火の用心」を全員が唱えるものの、実際には何もせずに「お題目」扱いすることが壁になります。
これは、「理念・ビジョン」を実現するプロセスやシナリオが考えられていない場合です。つまり、経営トップが「顧客満足だー」と言えば、幹部もリーダーも「顧客満足だー」と言い、メンバーも「顧客満足だー」と言うだけで、何も具体化しないという現象です。「わが社には具体策がない」といって誰も具体化しないというケースも発生します。
(4)他人事の壁
「理念・ビジョン」は他人(経営トップ)のものと捉える壁です。
これは、組織の一部の優秀なメンバーや、外部コンサルタントが「理念・ビジョン」を創り、ただ掲げているだけで自分たちのものとなっていない場合に発生しやすい現象です。
これらの壁を、経営トップは特に認識しなければなりません。「理念・ビジョン」が具体化されない原因はどこにあるのか、どの壁に当てはまっているのかを認識しなければ、その壁を取り除くことも、解決することもできないからです。
では、次に、壁を乗り越える留意点を整理しておきましょう。
四つの壁を乗り越えるには
まず、経営トップは、「企業活動の目的は、市場の富の創出」であり、「新たな価値の創造」であることを再確認します。①組織が持つべき理想の信念とビジョンを明文化する
創業者の志の中には、市場に対する「富の創出」を潜在的に望むという意図や、市場に作り出したい理想が含まれているものです。その意図や理想を言語化し、明文化すること。また、できるだけ、分かりやすくする工夫をすることです。
潜在的な意図は、第三者的にヒアリングしてもよいですし、分かりやすさは、現場メンバーやお客様の声を聞いて検証するとよいでしょう。
そうすれば、幹部によって、また時と場合によって「言うことが違う」という、「意図不明の壁」の発生を回避することができます。
②「理念・ビジョン」の社会的意義・意味を明確にする
「理念・ビジョン」には、創業の志や社会的富の創出が意図されています。それらを実現し、「社会や市場にとって、どのような意義があるのか」「社会や市場にとって、どのようなメリットがあるのか」を明確にすることで、社員集団は「理念・ビジョンを具体化し、実践するのは、意義・意味のあること」として理解しやすくなります。従って、「共感しているつもりの壁」を回避し、心の底から「やりたいこと、実現したいこと」となる確率が高くなります。
具体的な手法としては、理念を具体化して「市場が受ける効用を社員が考える」機会を作るとよいでしょう。そうすれば、「理念・ビジョン」の具体化と実践に主体的に取り組みたくなる確率は高まります。
③個人と組織の「理念・ビジョン」の相違点・合意点を明確にして統合する
自分の価値観やビジョンと、組織の「理念・ビジョン」との合意点・相違点を明確にします。相違点の中で、自分なりの意味付けが再定義できる部分は再定義し、個人と組織の「理念・ビジョン」の両立を図ります。
すると、組織の「理念・ビジョン」の具体化に本音で取り組めるようになり、「お題目の壁」を乗り越えることができます。
④「理念・ビジョン」実現のシナリオを共創する
「理念・ビジョン」実現のシナリオは、参画型で実践します。なぜなら、より現場に落とし込みやすい方法や、自分・チームの強みなどが違うからです。それぞれの強みや参画プロセスに応じてシナリオを作り上げることで、「理念・ビジョン」の浸透が進み、「他人事の壁」を乗り越えて、新たな価値の創造が促進されます。
①~④を通じて「理念・ビジョン」の共通化が図られ、具体化を阻む四つの壁を乗り越えることができるようになり、さらに新たな価値の創造が促進され、業績成果に直結します。
まとめ
われわれは日頃から、「何のために事業をしているのか」、「どういう強みで、社会や市場に貢献しようとしているのか」、「安心・安全で、生命を守り、豊かな社会を創る、何に役立とうとしているのか」など、自社の「理念・ビジョン」の意図の理解を深掘りし、自社理念の社会的意義とお役立ち使命を共有化することに取り組むことが重要です。「理念・ビジョン」を実現することは、個人としても、組織としても、社会的に意義があることです。また、それを実現することは、自分たちの「お役立ち使命」でもあります。
つまり、「お役立ち使命」と認識できるようになることが、最も価値創造や変革の原動力になり、それが、「理念・ビジョン」を具体化し、組織の変革を生み、新たな価値を創造することになります。そして、「理念・ビジョン」の具体化は、組織構成員の全員がそれぞれの立場で取り組むことなのです。
ジェックでは、「〝実践〟理念経営研究会を立ち上げ、多くの企業の皆様に参画していただき、共感とご支援を得て、共に、理念の具体化の考え方と方法の開発に取り組んでまいりました。
市場や社会をより良くすることに役立つことが、各社の「理念・ビジョン」の本質であり、その実現に、今まで以上に取り組んでいきたいと思っています。
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