私は組織マネジメントを専門とする経営学者で、企業の従業員や行政機関の職員といった実務家を対象に、人材育成の支援をしています。中でもリーダー育成や管理職育成のプログラムを担当することが多く、経営層・管理職・若手リーダーを対象に、ビジネススクール流の経営者目線の思考トレーニングを教えてきました。そうした人材育成の現場では、女性を見かけることは少なく、居ても発言をせず、人事部の方が愚痴のように冒頭の言葉をつぶやくのを何度も耳にしてきました。
人事部の愚痴と、出産後に営業成績が上がったママ友
「うちの女性社員は意識が低くてね~。特に子どもを産むとダメだね」私は組織マネジメントを専門とする経営学者で、企業の従業員や行政機関の職員といった実務家を対象に、人材育成の支援をしています。中でもリーダー育成や管理職育成のプログラムを担当することが多く、経営層・管理職・若手リーダーを対象に、ビジネススクール流の経営者目線の思考トレーニングを教えてきました。そうした人材育成の現場では、女性を見かけることは少なく、居ても発言をせず、人事部の方が愚痴のように冒頭の言葉をつぶやくのを何度も耳にしてきました。
私自身はコンサルタントとしての社会人経験を経て20代でビジネススクールに入学してMBAを取得、研究がおもしろくなったことからそのままPh.D.コースに進み、現在は経営学者として大学で教鞭を執っています。大学時代、そしてコンサルタントやビジネススクールといった環境では男女の働き方や思考の違いを感じることはなく、周りに子育てをしながら仕事をしている人もいなかったため、仕事で耳にするこうした女性に関する女性の愚痴も「それは女性個人に原因があるのだろう、本人にやる気がないのならばどうしようもないだろう」と考えていました。
このように私自身も女性でありながら、企業の人的資源としては女性にさほど期待をしていませんでした。そのため自分が出産することになったとき、子どもの誕生が心から嬉しい一方で、「これで仕事では第一線を降りなくてはならないのだろう」という諦めの気持ちがあったのです。しかし、育休中のある女性との出会いが、この思いを180度覆してくれました。子ども繋がりで知り合った営業ウーマンのママ友が、私が経営人材育成の講師をやっていると知り、「第1子を出産して時間の制約を受けるようになってから営業成績が急によくなった。仕事が面白くなってきたので、第2子の育休を利用してビジネスを勉強したいと思っているが、ビジネススクールは子連れで行けないからどうしたらいいだろうか」という相談を持ちかけてきたのです。
「出産後に就業意欲があがったり、学習意欲を持ったりする女性がいるんだ!」と私にとっては目から鱗でした。であれば、管理職(男性がほとんど)に提供しているプログラムを、女性を対象として実施したらどのような学習効果があるのか、男性と女性で思考の傾向にどのような違いがあるのかを検証したいと思い、二人で勉強会を開催するようになりました。
そうしたきっかけで始まった「育休プチMBA勉強会」は、おかげさまで4000円の参加チケットが発売開始後1時間を待たずに売り切れるという人気講座になりました。改めて出産後の女性の就業意欲や学習意欲の高さを確信しています。またこの「育休プチMBA勉強会」を続けていく中で、女性を対象とした人材育成に関する様々な知見が溜まり、「今まで企業のリーダー研修に女性が出てこようとしなかったのは女性に学習意欲がないわけではなく、企業側が女性の学習意欲をうまく引き出せていないのだ」と考えるようになりました。本コラムでは、その実践と経営理論をもとに、女性を経営人材として活かすために必要な視点を解説していこうと思います。
なお本稿における「女性」とは、子どもを持って働く母親およびその予備軍のことを指しており、女性を管理職に登用したいと思っているにも関わらず子育てとの両立が難しいこと等を理由に断られるといった課題を抱えた企業に向けて、問題の構造と解決策を提示することを目的にしています。決して全ての女性が子どもを持つべきだという価値観に基づいたものではなく、仕事に就かず育児に専念する生き方を否定しているわけでもありません。実現性を考慮して子育てに関するタスクが女性に集中している現状を踏まえた提案になっていますが、それが社会の在り方として適切だと思っているわけでもありません。「本来子どもを持つか持たないか、働くか働かないかの選択権は個人が持つべきであるのに、そうなっていない現状は問題であり、解決するべきである」というのが私のスタンスです。
女性活躍後進国の日本
社会で女性がどれほど活躍しているかを測る指標の代表的なものは、管理職に占める女性比率です。そしておそらく想像に難くないと思いますが、日本はこの数値が非常に低いです。例えば厚生労働省の「雇用均等基本調査」では、課長相当職以上の管理職全体に占める女性の割合は6.6%(2013年)、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」 では従業員規模が1000人以上の企業で6.8%、500~999人規模で10.1%という数字が出ています。また帝国データバンクが実施した「女性登用に対する企業の意識調査」では、課長以上の管理職に女性が全くいないと回答した企業が50.9%となっています。海外諸国と比較しても、日本は就業者に占める女性比率が決して低くないにも関わらず、管理職に占める女性比率はフィリピン、アメリカ、フランスなどと比較して著しく低くなっています(図1)。世界経済フォーラムが発表している各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数 においても、2014年の日本の順位は142か国中104位という極めて低いスコアであり、特に政治と経済への関与が低水準となっています。
実は、女性の就労意欲は出産後に高くなる
では、なぜこのような状況が生まれるのでしょうか。冒頭の言葉にある通り、「女性の意識が低い」が理由なのでしょうか? ママ友のように、出産後のほうが就業意欲は高まったという人は稀なのでしょうか。実は意外なことに、女性の就業意欲は出産「前」よりも出産「後」の方が高いことをデータが示しています。厚生労働省「第1回21世紀成年者縦断調査の概況」では、有職・有配偶者で出産の意思がある20~34歳の女性の就業継続意欲を出産の前後で比較すると、図2のように出産後の方が就業意欲は強くなっているということが分かります。つまり、出産そのものは女性の就労意欲の低下の原因ではないのです。
- 1