経営戦略やビジネスモデルがどんなに優れていても、それを体現する人材がいなければ絵に描いた餅になってしまう。だからこそ、優秀な人材を一人でも多く確保・育成しておかなければならない。だが、「どうすれば優秀な人材が育つのか」、「育ってきたと思った頃に社員が転職してしまう」、「そもそもどんな取り組みをすれば良いのか」といった課題に頭を抱える人事担当者やマネジメント層も少なくないだろう。そこで、今回は「人材育成」をテーマに、マネジメント層を育てる上でのポイントや課題などを詳しく解説していきたい。
「人材育成」とは? 目標や考え方、マネジメント層の育成ポイントを解説

「人材育成」とは

「人材育成」とは、社員を企業の成長・発展に貢献できる人材として育成することを意味する。社員のパフォーマンスを開花することで、企業業績の向上が期待できるだけに、人材の成長は、企業の成長にとっても必要不可欠となる。また、人材育成は指導する側にとってもメリットが大きい。育成経験を通じて、自身の成長につなげることができ、人材育成を成功させるために、社内に協力し合う風土も醸成されやすくなるからだ。

「人材育成」と言っても、新入社員や中堅社員、管理職など、育成対象に応じていくつかの種類がある。それぞれで人材育成の目標が異なってくるのは言うまでもない。例えば、新入社員向けであれば、社会人の基礎を理解・習得することに重きが置かれ、中堅社員となると何らかの専門性を身に付け、他のメンバーをディレクションできるようになることが目標となる。

「人材育成」の手法としては、先輩の指導を受けながら職場で業務内容を学ぶ「OJT(On the Job Training)」、職場を離れて能力開発に取り組む「Off-JT(Off the Job Training)」、自己啓発を意味する「SD(Self Development)」の3つが挙げられる。

●「人材育成」の目的について

「人材育成」の目的は、企業の経営資源である人材を効果的かつ効率的に活用して企業の競争力を高め、利益を最大化させることである。特に現代の日本では、労働人口が減少傾向にあるだけに、限られた人材をいかに育成していくかは、経営戦略の柱となってくると言って良い。企業全体として取り組むべき最重要課題に位置づけられていると断言できよう。

●人材教育や人材開発との違い

「人材育成」は、人材を会社が思い描く方向へと成長させることを意味する。一方、同じような言葉に人材教育があるが、これは人材育成の手段の一つとして知識やスキルを教えることを指す。さらに、人材開発となってくると、人材を経営資源として捉え、それを有効活用するために能力を開発していくという意味合いがある。

「人材育成」の目標設定と課題

では、「人材育成」の目標設定と課題について解説しよう。

●「人材育成」の目標設定

「人材育成」の目標を立てる際に、おさえておきたいポイントが3つある。まず、1点目が「定量的な目標の設定」だ。定性的な指標に偏らないように注意する必要がある。2点目が、「期日を明確に設定すること」。そこから逆算して人材育成の計画を立てることがポイントとなる。そして、3点目が「会社やチームの目標を意識すること」だ。人材育成は会社やチームの目標を実現するためのものと言って良い。それだけに、会社やチームの目標と人材育成が密接につながっている状態を作り出していかなければいけない。

●「人材育成」の課題

次に、「人材育成」の課題について考えてみよう。最も指摘されるのは、人材育成自体が後回しされがちであるということだ。「育成する側の管理職の業務が忙しい」、「リモートワーク化が進み対面でのコミュニケーションの機会が減っている」などが要因として挙げられる。また、人材育成に力を注いでいるものの、管理職の育成能力や指導意識が不足していたり、育成を受ける部下の意欲が低かったりなどの理由で、人材が思ったように育たないという課題も少なくない。

「人材育成」の具体的な方法

次に「人材育成」の具体的な方法を紹介しよう。主な方法としては以下の6つが挙がる。

●OJT(On the Job Training)

OJT(On the Job Training)は、上司や先輩が部下や後輩に対し、実際の業務を通じて、必要な知識やスキルを教える形式の育成方法だ。実践的な学びが可能で、即戦力の育成に効果的と言える。また、個々の能力や進捗に合わせた指導ができるため、効率的な育成ができる。ただし、指導側の能力によって効果に差が出るため、指導者の育成も必要となる。

●Off-JT(Off the Job Training)

Off-JT(Off the Job Training)は、通常の業務から離れて、集合研修や外部セミナーで知識やスキルを磨く育成方法だ。専門的な知識やスキルを集中的に学べ、幅広い視野や新しい発想を得る機会となる。他部署や他社の人々との交流を通じて、ネットワークを広げられるのもOff-JTの利点だ。ただし、学んだ内容を実務にどう活かすかが課題となるため、OJTとの連携が重要と言える。

●自己啓発(SD、Self Development)

自己啓発(SD、Self Development)は、従業員自身が書籍や専門誌やオンライン講座などを通じて主体的に学習することだ。個人の興味や目標に合わせて学習できるため、モチベーションの維持や向上につながり、自己管理能力の向上や学習習慣の形成にも効果がある。企業側は、書籍代補助や資格手当など、自己啓発の支援制度を設けるなどして、従業員の自主的な学びを促進・サポートすると良い。

●eラーニング

eラーニングは、インターネットを利用した学習方法である。時間や場所の制約が少なく、いつでもどこでも個人のペースで学習できる点が大きな特徴だ。専門のサイトやツールを活用すれば、企業側も従業員側も学習履歴の管理や進捗状況の把握がしやすい。また、同じ教材を使用するため、教育の質を均一化できるのもメリットとなる。

●メンター制度

メンター制度は、経験豊富な先輩社員(メンター)が後輩社員(メンティー)の相談役となり、キャリア形成や成長をサポートする手法だ。業務上の指導だけでなく、精神面でのサポートも行うため、若手社員の悩みや不安の解消にもつながり、定着率向上の効果も期待できる。一方で、メンター自身のリーダーシップの向上も同時に図れる。ただし、相性の良し悪しで効果が変わってくることに注意を要する。

●ジョブローテーション

ジョブローテーションは、幅広い知識やスキルを習得させるために、計画的に異なる部署や職務を経験させる人材育成方法を言う。自社の業務全体を理解することもでき、将来の管理職や経営層の育成にも効果的だ。ただし、短期的には業務効率が低下する可能性があるため、計画的な実施と各部署の理解と協力が不可欠である。

階層別の「人材育成」の課題やポイント

ここでは、階層別の育成課題とポイントについて考えてみたい。

●新入社員

新入社員を育成する上でよく指摘される課題とポイントとしては、以下のようなものがある。

【育成課題】

・管理職やトレーナーの業務が多忙で、育成に取り組む時間的、精神的な余裕がない
・上長の育成能力や指導意識が欠如している
・新入社員側の意欲が低い

【育成ポイント】

上記のような課題がある中、新入社員の育成を成功させるためのポイントが3つある。

(1)採用時にリーダーシップがあるかを見極める
新入社員においては、採用と育成をミックスして「人材育成」と捉える必要がある。採用時の基準としてはリーダーシップに重きを置きたい。リーダーシップは、持って生まれた才能や経験で培われてきたスキルであり、採用の段階で見極めることができる。

(2)内定者の入社後ギャップを解消する
内定者が入社前に思い描いていた会社のイメージと入社後の現実との間には、多少なりとも差が生まれるものだ。マイナス面が大きければ、最悪の場合、入社早々に退職してしまうこともあり得る。それだけに、人事担当者は内定者にチームや仕事のリアルな実態・情報を伝えながら、適切にフォローしていく必要がある。

(3)入社後の研修では、厳しさと丁寧なフォローのバランスを図る
入社後の研修では、社会人としての厳しさを教える一方、適切かつ丁寧なフォローを行うことが重要だ。ある程度の逆境もしのげるよう、多少厳し目の姿勢で指導にあたることもあるかもしれない。ただ、それが過度なレベルになると、パワハラやモチベーションの低下につながるので留意したい。

●中堅社員(次世代リーダー)

中堅社員を育成する上での課題とポイントは、以下のようなものがある。

【育成課題】

・キャリアパスが不透明で、育成が計画的・体系的でない
・キャリアの中盤に差し掛かり、現状維持に傾きやすい
・専門的になるがゆえ視野が狭まる

【育成ポイント】

中堅社員・次世代リーダーの育成に向けてポイントが3つあるので紹介したい。

(1)部下を持たせる
経営層に求められるマネジメント力を、いかに身につけていくか。書籍を読むのも一つの方法だが、実際に部下を持ち、経験値を上げることをぜひお勧めしたい。部下を指導・管理し、目標達成に導くためのプロセスを実際に体験することで、マネジメント能力の向上が期待できる。

(2)多様な業務知識を習得させる
経営層ともなると、会社全体の動向に着目し、今後自分がどう貢献しながら、自社の成長をもたらしていくかを考えなくてはならない。そのためには、様々な業務知識や広い視野で物事を考察する能力を習得していく必要がある。時には、他業種のセミナーへの参加を勧めたり、ジョブローテーションによって新たなスキルや能力を習得できそうな職種を経験させたりすることも有効な方法の一つだ。

(3)責任のある役職に就かせる
あえて責任あるポストに就かせることもぜひお勧めしたい。より難易度の高い仕事をこなしていくには、視野を広げ、視座も高めていかなければならない。また、こうした経験の積み重ねは、将来経営層として大きな決断を迫られる場面でも役に立つだろう。

「人材育成」に取り組むうえでの大切なこととは

次に、「人材育成」に取り組むうえでのポイントをいくつか紹介したい。

●目的の明確化

まずは、「人材育成」の目的を明確化することだ。例えば、対象者が次世代リーダーであった場合、事前に次世代リーダー候補者に求められる要件を定義したり、候補者を選抜したりする必要がある。その上で、次世代リーダー候補者としての意識付けと、研修の目的・意義を受講者と共有することで、施策の効果がより高まるだろう。

●自律性を引き出す環境づくり

どれほど素晴らしい研修を行い、参加者の意識やスキルを高めたとしても、それぞれが元の職場に戻る、やがてその効果が薄れてしまうということが良くある。原因の一つに挙げられるのが、ルールや前例に重きを置きがちな社内の風土だ。「不要なルールはなくす」、「チャレンジを促し、失敗を責めない」など、社員の自律性・自発性を引き出す環境作りに取り組まなければ、「人材育成」は進まないと言って良い。

●実践機会を設ける、またそのサポート体制も構築する

人材育成施策を通じて学んだ内容を定着させるためには、実践機会を設けることが必要だ。それには、本人だけでなく上司のサポート体制も欠かせない。例えば、「研修などで学んだ内容を生かせる業務をあえて任せてみる」、「権限を委譲してみる」といったことも有効だ。

●体系的な育成機会を用意する

人はすぐには育たない。それだけに、長期的かつ体系的な育成機会を用意しなければいけない。企業で定めた階層・役割ごとに人材要件があるはずなので、それらを改めて見直し、必要な要件を満たすためのスキルマップや教育計画を策定した上で、実行したい。

●指導する側の育成にも取り組む

企業の人材育成力を高めるには、管理職やOJTトレーナーなど、指導する側の育成にも取り組む必要がある。育成する環境を整えることで、効果的・継続的な人材育成が期待できるだろう。管理職・OJTトレーナーが業務の多忙を理由に、研修などの人材育成施策への参加や、部下・後輩への指導経験を積むことが後回しにされることはあってはならない。これに関しては、指導する側の既存業務を減らしたり、人材育成の意義を改めて伝えたりなど、経営や人事サイドの関わりが求められると言って良い。

●経営層と共通認識を持つ

人材育成は、経営層・部門責任者・人事部門が重要なテーマであることをお互いに認識し、連携しながら推進していかなければ機能しない。まずは、企業のミッションやビジョン、それを実現していく上での人材育成の位置づけなどについて、共通認識を持つことから始めてみよう。対話の場を設けることも良い方法だ。

●成長の可視化とPDCAを構築する

学びと成長を可視化して、企業としての人材育成のPDCAを回していくことも重要だ。実際、近年では人事評価制度や目標管理制度などを構築するために、成長の可視化を実践している企業が増えている。社員の知識やスキルレベルを客観的かつ定量的に把握できるテストを導入するのも良いだろう。

「人材育成」を進める手順

「人材育成」を効果的に進めるためには、以下の手順で進めることを推奨したい。

(1)自社の課題把握

まず自社の現状と課題を正確に把握することが重要だ。従業員の能力やスキルの現状、組織の強みや弱み、業界動向や市場環境の変化などを分析することで、「人材育成」において特に注力すべき点や、優先的に取り組むべき課題が明確となる。

(2)目的・目標設定

課題を踏まえ、「人材育成」の目的と目標を設定する。目的は、「生産性の向上」、「イノベーションの創出」など、企業の経営戦略に沿ったものであることが望ましい。また目標設定は、SMART(Specific:具体的、Measurable:測定可能、Achievable:達成可能、Relevant:関連性がある、Time-bound:期限がある)の原則で考えると良いだろう。

(3)解決方法・施策内容の検討

次に、自社の目的と目標に合わせて解決方法や施策内容、育成方法を検討する。外部の専門家や研修サービスを活用するのもよいだろう。各施策の実施時期、対象者、予算、必要なリソースなども計画し、自社に適した育成プランを設計したい。また、この時、従業員の希望や意見も取り入れることで、より効果的で受け入れられやすい育成計画が組み立てられる。

(4)実行・評価・改善

実際に施策を実行し、定期的に評価と改善を行う。実行時には進捗管理を徹底し、実行後は、設定した目標に対する達成度や従業員満足度、業績への影響などを評価していく。方法としては、スキルテスト、アンケート、上司評価、業績指標の分析などがある。また、評価結果を基に施策を見直し、継続的に育成プログラムの改善を行っていくことが大切だ。

「人材育成」の取り組み事例

最後に、特徴的な「人材育成」の取り組みをしている企業の事例を紹介しよう。

●サントリーホールディングス

サントリーホールディングスは、グローバル化に対応した「人材育成」を重視し、2015年に「サントリー大学」をスタートさせた。これは実際に校舎を建設したわけではなく、国内外約4万人の従業員を対象に自発的な学びを促すことを目的とした育成プログラムのことだ。サントリー大学は、「自ら学び、成長し続ける風土の醸成」、「創業の精神の共有と実践」、「リーダーシップ開発」、「未来に向けた能力開発」という4つの視点から、多様なプログラムを実施している。この取り組みは、国際的にも高く評価され、2022年には米国Chief Learning Office誌主催の「Learning Elite」でブロンズを受賞している。

●旭化成

旭化成は、若手社員の自律的成長を支援するため、2023年6月から新入社員向けラーニングコミュニティ「新卒学部」を導入した。これは、新入社員が自身の志向に合わせてゼミを選択し、約9カ月間にわたり同期とともに“横のつながり”で学ぶのが特徴だ。その結果、新入社員の学習時間が前年度比約3.5倍に増加し、キャリア不安の低減にも効果が見られているという。

●商船三井

商船三井は、若手社員だけでなく、グローバルに活躍できる次世代リーダーの育成にも力を入れている。その中核が、2014年から毎年実施している「One MOLグローバル経営塾(MGMC)」だ。このプログラムでは、世界各地から選抜された参加者が、国内外の重要拠点を巡り、戦略思考や組織運営、リーダーシップを学んでいる。さらに、2010年からは、6カ月にわたって「人と組織」、「経営戦略」、「会計」、「DX」などのテーマの講義を通して、リーダーシップの要諦を学習する「One MOL経営スクール」を開催している。

まとめ

「人材育成」は、企業が中長期的に競争力を維持・向上していくためには欠かせない。人材育成に取り組むことで、社員は仕事に対する意識を変容するだけでなく、能力・スキルが高まり、成長を実感しやすくなる。また、管理職からしても部下が育ち、活躍してくれる姿を見るのは嬉しいものだ。お互いに充実感を抱くことで、チームや組織としてのパフォーマンスも向上するだけに、会社としてのビジョンや目標の実現にもより一層貢献していくことができる。ただ、人はすぐに成長するものではない。どうしても手間や時間が掛かってしまう。それだけに、目指すべきゴールを明確に定め、我慢強く取り組んでいきたい。

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