震災の現場で気づいた「自分でやれる能力を奪わない介護」
稲垣:阿波野社長、本日はよろしくお願いいたします。まず、簡単に御社やご自身のご経歴を教えてください。阿波野:あきた創生マネジメントは2011年に起業し、今期で12期目になります。起業当時から高齢者介護事業を展開しており、現在は秋田県内で介護事業所を全部で5カ所運営しています。
稲垣:起業されたのが2011年、震災の年ですね。
阿波野:はい。当時、私は介護の会社に勤めていたのですが、石巻女川にも施設があり、私も震災後にそこで数ヵ月勤めた中で様々なことを感じました。
阿波野:被災後の本当に何もない、残骸しかないような中で、一生懸命復興させようとしている人たちの姿を見ました。会社名の「創生」もここから来ており、“何もないところから作り上げる”という意味でつけました。避難所で高齢者の介護をしていたとき、そのお年寄りも介護が必要であるにもかかわらず、「自分は大丈夫だから、もっと手がかかる人を介護してあげてほしい」と言うんです。それまで私は、「お年寄りはみんな介護をしてあげなければいけない」と思っていたのですが、その言葉を聞いたとき、「自分でやれる人はできるだけやってもらおう」と介護の概念が変わりました。
稲垣:そのようなことがあったんですね。具体的に、介護の概念はどう変わったのでしょうか。
阿波野:「自分でやれる能力を奪わない介護」にしようと決心しました。手がかかっても、手順を教えてでも、自分でやれる能力がある高齢者は自分で最後までやってもらう。そして、できない人をしっかりお手伝いする。介護において、三大介助の排泄・食事・入浴はルールもやり方も決まっているのですが、これらの介助方法は一人ひとり違っていいと思っています。やることは決まっているものの、やり方を要介助者それぞれに対して変えるということです。
稲垣:ルールで決まっている方法でやるのではなく、その人の必要に合わせて変えるということですね。
阿波野:そうです。もちろん手順を守ることは大事なのですが、手順を守ることが目的になってはいけない。自分の頭で考え、今必要なことを工夫して行う。これは、この業界に不足している考え方だと思います。
人材不足の介護業界が「外国籍人材」を採用しないのはなぜか
稲垣:内閣府のデータによると、都道府県別高齢化率(65歳以上の高齢者の割合)ランキングの1位が秋田県なんですね。実際に働き手も少なくなっているのでしょうか。阿波野:そうですね。秋田では介護業界における需要と供給のバランスが全然とれておらず、人の取り合いのような状況になっています。
稲垣:日本人労働者だけでは十分に労働力を確保できていない状況ですが、業界全体としては外国人採用が進んでいるとは言い難い現実もありますね。
阿波野:そうなんです。「前例がないから」、「過去のしきたりだから」といった理由から抜け出せていないんだと思います。この状況下で採用の目を国内から海外に向けるというのは当然の施策だと思っているのですが……。
稲垣:現在、御社には何名の外国籍人材がいらっしゃるんですか?
阿波野:2019年から、インドネシアの技能実習制度を活用してグローバルメンバーを受け入れています。グローバルメンバーは技能実習、特定技能を合わせて、現在12名。3月にもう2名来ますし、来期もさらに5名ほど来る予定です。
稲垣:最初にインドネシアから技能実習生を受け入れたきっかけはなんだったのでしょうか。
阿波野:以前は、当社も例にもれず人手不足でした。労働力が全く足りておらず、スタッフが毎日のように時間外労働や休日労働、休日出勤をしていました。1人でも中途で退職されると補充が効かないような状況だったんです。これではどうにもならないということで、外国籍人材を受け入れることになりました。
稲垣:秋田県内の介護業界で、外国人採用や技能実習生、特定技能などを活用している会社はどれくらいあるのでしょうか。
阿波野:介護業界の法人はおよそ300社ありますが、外国人採用などを活用しているのは、その内1~2割ほどだと思います。
稲垣:では、介護業界の皆さんはこの人手不足にどう対処しているのですか?
阿波野:詳しくは分かりませんが、あまり対策は打てていないのではないでしょうか。外国籍人材に関する相談はけっこう弊社にも来ますが、導入するという話はあまり聞きません。
稲垣:なぜ外国籍人材の採用に踏み切れないのでしょうか。
阿波野:要因の1つは「お金」の話だと思います。実際、外国籍人材の採用は日本人を雇うよりもコストがかかります。また、「手間がかかる」とか「よくわからない」といったイメージから導入が進まないということもあると思います。そもそも、「外国人を安く雇えると思ったら、違った」という感覚もまだあります。ここに関しては、外国人材用について正しい知識がないことも課題なのかなと思っています。
稲垣:例えば日本人を「10」とした時に、給与や経費を含めて、外国人の雇用にはどれほどのコストがかかる感覚ですか?
阿波野:「11~12」くらいかと思います。しかし、ただコストアップするだけではなく、採用費用や定着率、生産性、新しい刺激などを含めて考えると、メリットの方が大きいと思います。
稲垣:今後、ニーズが増えるのは間違いないですが、皆さん最初の一歩を踏み出せないのであれば、経験値のある御社がビジネスにするという手もありますよね。
阿波野:まさにそれができると思っていて、今後弊社では外国籍人材事業も展開するため、2022年に登録支援機関となりました。同じく2022年の11月には、大学生のインターンシップ事業も展開しております。秋田県内で外国人労働者が増えれば、インフラやコミュニティの充実、効率化がされ、コストも下げることができると思っています。
インターンを入り口に来日し、母国で介護事業に就く“循環型の介護ビジネス”
稲垣:介護業界の需給バランスを考えると、今後も需要のほうが大きいのでしょうか。阿波野:需要はまだ高いです。高齢化がかなり進んでいるため、この先10~15年ほどはお客さんがいるかと思います。しかし、それ以降は下がっていくでしょう。秋田県もあと2~3年もすれば、どんどん高齢化のピークを迎えてくるため、その先まで考えておかなければ今働いているスタッフの仕事がなくなりますね。
稲垣:その先はどのようなビジョンを描かれていますか?
阿波野:私たちとしては、「いま一緒に働いているグローバルメンバーと一緒に、インドネシアに行く」というビジョンを今から少しずつ作っています。
稲垣:そのようなビジョンがあるのですね。
では、このさき高齢者の数は減っていくのでしょうか。
阿波野:実はもう高齢化のピークは過ぎているんですよね。ここから5~10年の間で、今ある多くのサービスは淘汰されていくだろうし、飽和状態になります。ただ、いま人手不足と物価高で廃業するところもあるため、あと5~10年くらいでピークを迎えると考えています。
稲垣:5~10年でニーズが減っていってしまうために、市場を国外に求めていく必要があるということですね。
阿波野:そうですね。弊社についても介護事業はどんどん縮小していきます。今後は、いま5つある事業所を1つだけにして、それをモデルにしていきます。グローバルメンバーが9割の施設を作る、全ての仕組みを1つの事業所だけで作るということをしていった方がよいだろうと思うので。今年~来年で、特にグローバルメンバー採用を頑張る予定です。
稲垣:インターンシップ事業にはどういったビジョンがあるのですか?
阿波野:今、外国の大学と送り出しに関する提携を結んで、大学生がこちらに来て単位を取れるような、課外活動ができるような形をとっています。そして、登録支援機関や介護事業といったものをリンクさせます。看護大学と提携する流れができれば、大学生の段階でいったんこちらに入り、1年間勉強して単位を取る。そのようにして、できるだけ「またここに来たい」と思ってもらえるような中身を作り、次に特定技能になって来てもらう。その流れを作っていきます。
稲垣:流れとしては、インターンを入り口として来日し、特定技能で就職をし、さらに母国で介護事業に就くと。
阿波野:そうです。その流れができれば、循環型のビジネスモデルになります。そのために、外国籍人材には介護の実務だけでなく、リーダーシップやマネジメントスキルも教育したいと思っているんです。
稲垣:インドネシアや海外諸国で、あきた創生マネジメントマインドを持った人たちが起業する、素晴らしいサステナブルな社会になりますね。日本に来てくれた外国籍人材の方々にも夢のある話です。
対談を終えて
技能実習生制度や特定技能に関しては、“労働力の搾取”などと取りざたされ物議をかもすことがある。しかし、阿波野社長のお話から感じたことは、それは受け入れる企業のスタンス次第だということ。外国籍人材をただの“一定期間の労働力”としてとらえるのではなく、在留期間終了後の道筋を用意することで、夢の入り口になるのではないだろうか。外国籍人材が目をキラキラさせてジャパニーズドリームを手にできるようなグローバル社会を実現したい。株式会社あきた創生マネジメント 代表取締役
<purpose:人口減少社会において介護経営をリデザインする>
2011年に株式会社あきた創生マネジメント起業。翌年、2012年に最初の介護事業所を開設。2017年にM&Aにて介護事業(2事業所)を事業譲受。2019年、事業承継にて有限会社おーがすとの取締役社長に就任、介護事業(2事業所)を事業承継。2022年、外国人技能実習生の受け入れの経験を活かし、外国人登録支援機関に登録。同年11月に外国人インターシップ事業を事業譲受する。
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