主要課題は「労災の防止」から「メンタルヘルス不調の対応」へ
「労働安全衛生法」は元々、「労働基準法」のうち、安全や衛生に関わる一章をまるまる独立させてできたものです。従って第一条には目的として「この法律は、労働基準法と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、(中略)を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする」と書かれています。この法律ができた1972年当時は、第三次産業に従事する人が就労者の約50%、第二次産業が約35%、残りが第一次産業従事者であり、高度経済成長が進むにつれ第二次・三次産業に従事する人が増え、労働災害などへの関心が高い時代でした。なお、当時の第二次産業の従事者数が約1,800万人だったのに対し、現在は約1,500万人、就労者中の割合としても約22%であり、決して無視できる数字ではありません。
この法律や安全意識の向上で、一時は年5,000人を超えていた労災死亡者は2015年以来1,000人を切り、現在は年800人台です。大成功と言えるでしょう。一方、制定当時は想定してなかった問題が次々と出てきています。
その中の筆頭が「メンタルヘルス不調」です。2015年からは、常時使用する労働者が50人以上の企業における年1回のストレスチェックの実施義務化など、さまざまな対策を講じているにもかかわらず、「仕事から強いストレスを受けている」と答える人の数は依然50%を超えており、強い精神的負荷による精神疾患の労災の認定件数も年々増加傾向です。実際に産業保健関係者は、メンタルヘルス不調者への対応やその復職支援にてんてこ舞いになっています。
「高齢化」、「女性労働者」、「テレワーク」などの新たなテーマも出現
労働者の高齢化に伴い、定期健診の有所見率は上昇しています。また、がん、脳卒中等の有病率も高齢化とともに増加し、病気の予防や「就労」と「治療」の両立支援が大きな問題になっています。さらに2000年に「介護保険制度」が成立し、介護職に従事する人々が増えました。「介護職の腰痛」は産業保健の非常に大きなテーマの一つです。女性労働者も増加しました。就労する女性の半数以上が、月経関連などの女性特有の健康問題で困った経験があるという調査もあります。もちろん「労働安全衛生法」にも女性を保護する規定はありますが、同法の制定当時は“男性が家計の主軸として働き、女性は専業主婦あるいはパート労働者”という家庭が2/3以上でしたので、男女ともにフルタイムの労働者として働く人が多い現在にはフィットしていない面があります。
加えて、インターネットの発展と新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により急速に広がったテレワークは、50年前には影も形もなかったので、「労働安全衛生法」のどこにも関連することが書かれていません。
一方、「労働安全衛生法」には、「50人以上の労働者を雇っている事業場では少なくとも1人の産業医を選任し、従業員の中から1人の衛生管理者を置く」と定められています。ところが、これらをコストと考える経営者も少なくありません。衛生管理者には産業保健業務をさせず、産業医には職場巡視を含めて月に1時間程度の活動のみをさせている事業者もたくさんあります。また、このような実態から、職場において従業員の健康を守る意識が少ない経営者のニーズに合わせて、格安で産業医を仲介する会社も出現している有様です。労働者の健康に投資することにより企業の労働生産性が上昇するという「健康経営®」という考え方に、多くの経営者が興味を持っていることと対照的です。
「労働安全衛生法」施行50年の今、産業保健の見直しが始まっている
以上に述べたことからわかるように、「労働安全衛生法」は制度疲労に陥っていると考えられます。これは、産業保健に関わっている人の間では共有されている問題意識です。2022年10月からは、厚生労働省労働基準局で「産業保健のあり方に関する検討会」が始まりました。ここで集約された意見が省令や法律に反映され、新たな時代に合った産業保健の在り方が作られることでしょう。人事労務担当者は、これらの流れを継続的にチェックしていくことが望まれます。また、産業医を選任している事業場では、産業医に聞くのもよいでしょう。まっとうに産業保健に取り組んでいる産業医であれば、的確なアドバイスをくれるはずです。
「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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