「リスクアセスメント」とは
「リスクアセスメント」とは、職場に潜む危険性や有害性を特定し、そのリスクを除去・低減させるための一連の手順を意味する。労働安全衛生法第28条の2により、企業の「リスクアセスメント」の実施が努力義務化されている。「リスクアセスメント」の目的は、安全な職場環境を確保することだ。そのためにも、職場に潜んでいるさまざまなリスクを抽出・評価することが求められる。
●人事領域における「リスクアセスメント」の意味
人事領域において「リスクアセスメント」とは、従業員のモチベーションリスクを評価し、必要な改善施策を検討・実施することを言う。従業員のエンゲージメントを高めるためにも、「リスクアセスメント」は大切であるとされている。●「リスクアセスメント」が重要視される理由
従来までは、職場での労働災害対策は起きてしまった事故の原因を調べ、再発を防ぐことに主眼が置かれていた。しかし、これでは顕在化したリスクに手を打つことはできても、潜在的なリスクは見逃されてしまう。そのため、トラブルが絶えることはなかった。これに対して、「リスクアセスメント」は潜在的なリスクを特定し対策を施すことに重きを置いている。事後対策ではなく、あくまでも事故を未然に防ぐことが主眼といえる。こうした取り組みが重要だということで、「リスクアセスメント」の考え方が注目を集めている。●「リスクマネジメント」との違い
「リスクアセスメント」と「リスクマネジメント」は類語の関係にある。実は、「リスクアセスメント」は「リスクマネジメント」の一つのプロセスであり、リスクの特定や抽出・分析・評価などを行うことを言う。「リスクマネジメント」には、それだけでなくリスクへの対応措置や効果測定なども含まれてくる。「リスクアセスメント」の効果
「リスクアセスメント」にはどのような効果があるのであろうか。具体的に何点か挙げたい。●リスクの明確化と認識の共有
職場に潜む危険性や有害性などを抽出・評価することで、起こり得るリスクを明確化することができる。また、どのようなリスクがあるかを認識することで、定められているルールの内容やそれを守るべき理由、安全基準に対する理解も深まる。結果として、職場全体で安全衛生のリスクに関して共通の認識を持つことができるので、安全意識の向上も見込める。●労災や病気の発生率低下
厚生労働省が令和4年に発表した「労働安全衛生調査(実態調査)」の結果によると、「リスクアセスメント」に取り組んでいる事業所は、そうでない事業所よりも労働災害が発生する割合が大幅に低いと報告されている。職場のどこにリスクが潜んでいるかを把握した上で、必要な対策を事前に施すことで労働災害の発生抑止につながっていることがわかる。●安全衛生対策の優先順位の把握
リスクを見積もることで、行うべき安全衛生対策の優先順位が客観的指標に基づいて把握できる。従業員にしてみても、注意すべき理由が分かれば、自身でも適切に優先順位付けができ安全対策を進めやすくなる。●従業員の安全意識の向上
「リスクアセスメント」は社内の特定部署やマネージャーが行えば充分というものではない。職場の全員でリスクが潜んでいないかと考える、リスクがあることを認識することがポイントとなる。それによって、全員の安全意識も高まるであろうし、自分にとって担当外の業務であっても、リスクについて考えるきっかけを作ることができる。●従業員満足度の向上
「リスクアセスメント」の究極の目的は安全・安心な職場づくりであると言って良い。そうした職場で働けることは、従業員にとっても嬉しい話だ。自ずと会社や仕事に対する満足度が高くなるので、モチベーションのアップやパフォーマンスの向上も期待できる。●取引先からの信頼獲得
「リスクアセスメント」に対する取り組みは、従業員に安心・安全な職場環境で働いてもらいたいという企業の意思表示でもある。そうした姿勢を取引先に理解してもらえれば、自ずと信頼性・信用度も高まると言える。「リスクアセスメント」の手順
次に、「リスクアセスメント」の手順を解説したい。引用:厚生労働省「リスクアセスメントの導入・実施手順」P.2
(1)危険性や有害性の特定
まずは、危険性や有害性を特定する。そのためにも、機械や設備、原材料、作業環境、作業段取りなどに関する調査を行う必要がある。具体的には作業手順書や機械の取り扱いマニュアル、現場でのヒヤリハット事例などを集め、問題となり得る箇所を洗い出していくことだ。ここでポイントとなるのが、対象をある程度絞り込むこと。職場にはさまざまなところに危険性や有害性が潜んでいる。リスクの高低もさまざま。すべてを調べ切るのは時間的、労力的に困難となってくるからだ。(2)リスクの見積もり
次に、リスクを見積もる。重要となるポイントは、以下の3点だ。・特定された危険性や有害性がもたらす労働災害や健康障害の重篤度
・労働災害が発生する可能性の度合い
・労働災害が発生する頻度
見積もりに際しては、一人でなく複数人で行うようにしたい。さまざまな視点が取り入れられるからである。また、見積もりの方法としては以下の2つが基本だ。
・マトリクスを用いた評価方法
「重篤度」と「発生可能性」の2軸でマトリクス表を作成し、リスク度合いを視覚的に把握する。各要素を格付けし、リスクのレベルが高い順から順に対応する箇所を明確にできる。
・数値化による加算法
「重篤度」、「発生可能性」、「発生頻度」を数値化し、それらを加算してリスク度合いを算出する方法。スコアの高いものから優先的に対応策を検討するため、取り組むべきリスクの優先度が把握しやすい。
(3)リスク低減措置を検討・実施
リスクが見積もられたら、優先度を決め、リスクの除去や低減措置を検討・実施していく。この際、法令によって規定されている事項があるなら、それを順守する必要がある。なお、厚生労働省ではリスク低減措置の優先順位付けに関して以下のように提示している。1.本質的対策
危険な作業の廃止・変更、危険性や有害性の低い材料への代替、より安全な施工方法への変更など
2.工学的対策(物的な対策)
ガード、インターロック、局所排気装置の設置など
3.管理的対策(人的な対策)
マニュアルの整備、立ち入り禁止措置、ばく露管理、教育訓練など
4.個人用保護具の使用
防護服やゴーグル、マスクなどの着用の徹底など
(4)効果の記録・確認・周知
リスク低減措置を施した後には、効果があったかどうかを確認しなければいけない。その記録は必ず保管し、関係者がいつでも見られるようにしておき、次年度以降の取り組みの参考資料として活用するようにしたい。なお、厚生労働省が「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」において、以下の事項を記録すべきであると掲げている。1.洗い出した作業
2.特定した危険性又は有害性
3.見積もったリスク
4.設定したリスク低減措置の優先度
5.実施したリスク低減措置の内容
「リスクアセスメントシート」とは
「リスクアセスメントシート」についても取り上げたい。「リスクアセスメントシート」とは、リスクの見積もりや評価・実施した内容などを記録するシートだ。これを用いることで、手順通りに円滑かつ効果的に「リスクアセスメント」を実施することができる。厚生労働省が「リスクアセスメント記録表」を公開している。それを活用するのが有効だ。
引用:厚生労働省「リスクアセスメント記録表」
【業種別】「リスクアセスメント」例
一概に「リスクアセスメント」と言っても業種が違えば意識すべきポイントも変わってくる。それぞれを見てみよう。●製造業
製造業は現場作業員への負荷が大きく、労働災害が起こりやすい。多いのは、転落や転倒、機械へのはさまれなどの事故だ。重大な場合には死亡事故にもつながりかねない。そうした危険性の高い作業をなくしたり、別の対応を講じたりすることを、何よりも最優先に取り組むようにしたい。併せて、安全カバーや非常停止センサーの取り付けやITを利活用した安全施策もぜひ検討してほしい。●建設業
建設業での労働災害は、他の業種に比べて死亡事故につながる確率が極めて高い。要因として多いのは、転倒や転落、激突、墜落などだ。そのため、労働衛生安全法においても事業者に必要な安全衛生対策を施すよう規定されている。作業計画を立案する時点で十分に時間を掛けて、設備や人員配置などに問題がないかを検討し、必要があれば解決していく姿勢が求められる。●福祉介護業
福祉介護業でも近年は労働災害が増加傾向にある。死傷者が出ているケースも珍しくない。例えば、介助中に転倒してしまったり、利用者から暴力を受けたりするなどだ。現場では、人手不足やスタッフの高齢化も進んでいるだけに、今後さらに労働災害が増えることが見込まれている。職員の健康を阻害する要因が、施設内のどこにあるのか。確実に特定する必要があるだろう。●医療業
医療業でも、「リスクアセスメント」が重要となる。医療現場は、身体に悪影響をもたらす要因が多いからだ。具体的には、ウイルスや細菌の感染リスク、有害な化学物質を取り扱うリスク、電子機器の使用による筋骨格系傷害、長時間勤務や夜勤による健康障害などが起こり得る。多様な対策を施さなければいけないのが医療業での「リスクアセスメント」の特徴となる。●保育・学校
子どもの面倒を見ている施設の職員も健康被害を受けやすい。ピアノなどの重いものが倒れる、階段の段差で転倒してしまう、調理中にやけどを負ってしまうなど、災害例もさまざまだ。子どもが安心、安全に過ごせる環境にするためには、そこで働く職員に労働災害があってはいけない。作業場の改善を早急に進める必要がある。まとめ
労働災害を未然に防ぐためには「リスクアセスメント」は欠かせない。そして職場に潜む危険性や有害性のリスクを把握するためには、まずは見積もる必要がある。その際に、人の経験と勘だけに頼るだけでは心許ない。客観的な指標を得るためにも、計測機器や測定ツールの利用を考えたい。これまで認識できなかった潜在的なリスクを察知しやすくなるからだ。実際、職場で化学物質を扱っていても、人の目には見えない。思わず、危険な作業をしてしまっている可能性があるかもしれない。人事担当者としては、目に見えないリスクを発見するためにも積極的に「リスクアセスメント」を実施して、職場の安全性を保っていただきたい。よくある質問
●「リスクアセスメント」のやり方は?
「リスクアセスメント」は以下の手順に沿って実施していく。
(1)危険性や有害性の特定
(2)リスクの見積もり
(3)リスク低減措置を検討・実施
(4)効果の記録・確認・周知
このサイクルを繰り返すことで、最新の安全対策を維持することができる。
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