将来の社会やビジネスの見通しが不確実な「VUCA」の時代といわれている現代。そのような時代の中で、企業が発展するための事業戦略を立て、その成功に向けて、経営課題の明確化や戦略人事の構築が大切になってくる。そこで注目したいのが、事業戦略を人事面から支える「HRBP(HRビジネスパートナー)」だ。本記事では、HRBPの役割やメリットのほか、求められるスキルや企業事例などを紹介する。
戦略人事に必要な「HRBP」の役割とは? 従来の人事との違いや企業事例などを紹介

「HRBP」とは何か

「HRBP」とはミシガン大学ビジネススクールの教授デイビット・ウルリッチ氏が提唱したもので「Human Resource Business Partner」の略である。HRBPの役割とは経営者や事業責任者のパートナーとして事業戦略を人事面からサポートすることだ。

●「HRBP」が注目される背景

「HRBP」は欧米では以前からよく知られた概念だったが、日本では認知度が低かった。それが日本で注目を集めるようになったのには、人口減少に伴う労働力不足が問題になってきたという理由がある。

従来は新卒の一律採用、年功序列の給与、そして終身雇用が一般的だった。しかし、このスタイルは大きく変化する国際社会では通用しなくなり、そして労働力の不足にも対応できなくなってきた。そこで、採用活用や人材管理だけの人事ではなく、経営戦略に直結する人事を行う「HRBP」に着目する企業が増えてきたのだ。

●従来の人事との違い

「HRBP」の役割は採用人事や人材管理だけにとどまらない。経営者や事業責任者と同じ視点から、事業発展に繋がるための戦略的な人事業務を行う。そのため、HRBPは以下のような業務にも携わることとなる。

・人材の配置
・人事評価
・研修、人材育成
・人事、採用活動の改善
・福利厚生・労務制度の整備
・組織の開発、変革

●ウルリッチ氏の4つの役割

紹介した通り、「HRBP」はミシガン大学教授のウルリッチ氏が提唱した概念だ。ウルリッチ氏は自分の著書で人事が起業の経営に与えることができる価値、すなわち「戦略人事」には4つの役割があるとしている。HRBPを理解するためにもこの4つの役割について把握しておこう。

・HRBP(戦略パートナー)
企業戦略、事業戦略に基づき、人事戦略の作成や組織を設計し実現していく。事業戦略と人事戦略を連動させ、経営目標の達成を目指す。

・変革エージェント
企業の目標に合致する人材像の育成を行う。企業戦略に合った人材のスカウトはもちろん、現在在籍する従業員の意欲を引き出し、組織の変革を実行する。

・管理エキスパート
従来の「労務管理」にあたり、戦略人事の実行を行うことが重要な業務となる。従業員の能力や評価をデータ化し、経営者や事業の責任者がチェックできる体制を整え、有益な人材の発掘が行える仕組みを作る。

・従業員のチャンピオン
従業員の意欲を高めることを目的として、メンタルケア、キャリア開発の支援などで従業員をサポートする。従業員に企業の戦略や経営課題を伝えるという役割もある。

「HRBP」にはどのような役割があるのか

「HRBP」とは何かが分かったところで、どのような役割があるのかも確認する。

●仕事内容

「HRBP」の最終的な目的は従業員の仕事の効率を上げ、経営目標を達成することである。では、具体的にはどのようなことを行うのか、具体的な仕事内容を見ていこう。

・人事戦略を立案する
目標の達成に向けて、「HRBP」は経営者の立場でどのような人材や組織が必要なのかを考え、戦略人事を実現させるための目標の立案や組織の開発を行っていく。


・従業員へ情報を伝達、共有する
事業戦略によっては、今とは全く違う部署への異動の指示、新しい組織への変革などを従業員に指示することもあり得る。その際、従業員に不安感や不信感、不満を抱かせないように、「HRBP」がその情報を伝達することが必要だ。また、従業員の不満等を共有できるように、経営陣だけでなく、従業員のサポーターとなるべく努力も欠かせない。

・現場の情報を収集する
現場の従業員の意見を無視して事業を進めても目標を達成できる可能性は低い。「HRBP」には事業戦略を進めていくために、従業員と経営陣の仲立ちを行うという役割もある。具体的には現場の意見や情報を聞き、経営者や事業責任者に伝えていくことが業務となる。また、伝えるだけでなく、改善すべき点の洗い出しもHRBPの大切な仕事となる。

●「HRBP」に必要な5つのスキル

「HRBP」は事業発展のための人事戦略を展開していかねばならない。そのためには経営陣の良きパートナーとして動くことが必要になる。ここではHRBPに必要な5つのスキルを紹介していこう。

(1)自社のビジネスに関する知見や知識
「HRBP」は経営者のパートナーとなるべき存在である。人事に関するスキルはもちろんだが、市場の現状、そして、ビジネスについて、さらには社内の状況を把握することが大事になってくる。

特に独自の文化を持つ企業の場合、一般的なビジネスの知見だけは自社の経営課題に立ち向かえないかもしれない。自社についての知識もしっかりと学び、把握しておくことが重要といえる。

(2)革新性のある課題分析力
経営戦略に基づき、人事戦略を考える場合、一般的なものの見方だけでは、経営課題を解決できるような意見を出せないかもしれない。課題を冷静に分析する力と併せて、革新性のある解決力を生み出せる力も求められる。

(3)高いコミュニケーションスキル
「HRBP」は経営者や事業責任者のパートナーであるだけでなく、経営陣と従業員を繋ぐ存在でもある。そのため、従業員と信頼関係を結び、意見や現場の情報を引きだすという業務も行わなければならない。また、従業員の意見や情報を経営陣に伝え、必要に応じ改善する役目も担うこととなる。HRBPに高いコミュニケーションスキルが必要な理由はこのためである。

(4)変革できるリーダーシップ
経営課題の解決や事業戦略の構築のためには、組織のあり方を変えるだけでなく、場合によっては企業の文化自体も変えていく必要性が出てくるかもしれない。その際、リーダーシップを発揮し、意見の違う経営者と従業員をまとめ、改革を実現することが重要となってくる。

(5)人事領域における幅広い知見や知識
戦略人事では組織開発、組織変革等の業務も行う。そのため、人事や組織についての知識だけでなく、人的資源を管理する方法、心理学など人事領域における幅広い知見や知識を持つことも必要となってくる。

「HRBP」が企業にもたらす2つのメリット

「HRBP」が企業にもたらす2つのメリットを解説していく。

(1)リーダーにとって良きパートナーとなる

戦略人事の知識を持つ「HRBP」は経営者、事業責任者のよき相談相手となることができる。もし、経営陣や事業責任者などに相談相手がいない場合、経営課題の悩みを相談できるところがなく、正しい判断ができず間違った方法に事業が進む恐れもある。

(2)攻めの人事を実行できる

従来の年功序列制の人事では、例えば優秀な若手従業員の実力を伸ばしにくい状況であった。しかし、事業戦略や戦略人事にも明るい「HRBP」がいると、組織の開発や変革もできるため、「攻め」の人事が行える。結果として、優秀な若手従業員を重要なポジションへ登用したり、組織の活性化を図ったりすることが可能となる。

「HRBP」を導入している企業の事例を紹介

実際に「HRBP」を導入している企業ではどのようなことを行っているのだろうか。2つの企業事例を紹介する。

●カゴメ

「ジョブ型」人事制度を推進しているカゴメでは、この制度を推進するために「HRBP」が設置された。同社のHRBPは現場経験の豊富さ、問題解決能力が高いことを条件に3人採用されている。なお役割については「キャリア開発の支援」と明確にされており、従業員へのヒアリングを主に行っている。また、企業内に「人材開発委員会」という意思決定機関を置き、人事部長と同格の立ち位置にしている特徴もある。

●ディー・エヌ・エー

ディー・エヌ・エーの「HRBP」はチームで戦略人事の実現を担っている。重視しているのは、現場との信頼関係と経営理解の2点。HRBPを経営陣のコンサルタントとして利用してしまうと、現場との信頼関係が結びにくくなる。反対に現場との信頼関係を重視しすぎても、経営理解が難しくなる。そのため同社では信頼関係と経営理解どちらも同じくらい重視することが何よりも大切だとし、どちらの視点を身についていることをHRBPの必要スキルとしている。
従来の人事で行われていた採用業務や人材管理だけでなく、経営課題の解決に向けて経営陣とともに事業戦略を立て、戦略人事を実現する「HRBP」。特に昨今は「VUCAの時代」といわれるように、世界的にビジネスの先行きが見通せない時代となっており、組織の変革や活性化が行えるHRBPの役割がこれまで以上に大きくなることが予想されている。HRBPには、自社ビジネスへの知見や課題分析力、コミュニケーションスキル、リーダーシップなど多くのスキルが求められる。HRBPを導入する際は、これらの要素を慎重に見定めたうえで適切な人材を選定していただきたい。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!