組織健康度調査を受け「リーダーシップ変革」が喫緊の課題に
――まずは『フルカワセブン』が策定された経緯や背景についてお聞かせください。滝田 弊社は2015年から、「ワークスタイル変革」と「組織風土改革」という両輪で働き方改革活動を推進しており、そのうちの組織風土改革が今回の『フルカワセブン』の源流となっています。その後、2018年には将来に向けた持続可能な強い会社を作っていくために、組織風土改革をより一層強化する別のプロジェクトを発足させました。その際に古河電工グループの「組織健康度調査」を行ったところ、組織やリーダーシップに関するさまざま課題が浮き彫りになりました。
――組織健康度調査では具体的にどのような結果が出たのでしょうか?
滝田 「リーダーシップ」、「社風」、「業績・リスク管理」、「方向性」など、さまざま調査項目があるのですが、他社と比較して悲しいくらい“すべての要素において最下位層”という結果となりました。その原因を深掘りしていく取り組みの中で、全社に共通して「チーム力を上げるためのリーダーシップに対する意識の希薄さ」が顕著であることが浮き彫りになり、今後大きな変化を起こすためには、「トップから全リーダーの意識を変えること」が必須だと判断したのです。
滝田 博子 氏
滝田 調査結果に対しては、15拠点で合計27回フィードバック会を実施し、400名以上の管理職層を集めて内容を共有したほか、組織健康度改善に向けた課題分析ワークショップも開催しました。そしてこのワークショップから、「コミュニケーションの断絶」、「目標管理の形骸化」、「部下育成に関するコミュニケーション・スキルの不足」、「優秀な人に仕事が集まる」、「健全な社内競争に関する認識不足」、「人事評価基準の落とし込み不足」、「競合に対する知見不足」といった主要課題を抽出。これらの課題を解決するために、パイロット的に特定組織のサポートを行っていく中で、まずはチームとしてのベースづくりが必要だということに気づき、リーダーの「チームをよくしたい」という意思を核にした活動から着手することとなりました。
――御社では「理想のリーダーシップ」をどのように定義なさっているのでしょうか? また、そうしたリーダーシップ像は経営層にも共有されていますか?
滝田 従来のリーダーシップはトップダウン型で、いわば自分自身の能力で成果を上げるリーダーが求められてきました。しかし、先行きの不確実なこれからの時代は、チームでの総力結集が不可欠になるため、“成果の上がるチームをつくる”リーダーが求められるようになります(図表1)。そこで、こうした弊社の目指すべきリーダー像の理解促進を図るため、経営層を対象としたワークショップなども開催し、自分自身のリーダーシップに関する気づきや、「自分たちから変わらなければいけない」という意識改革にも繋げてもらいました。
図表1
見た目は面白く、中身は真面目に。「実践すべきこと」をいかに分かりやすく伝えるか
――リーダーシップの変革に向けた取り組みが、『フルカワセブン』として形になるまでの経緯をお聞かせください。平戸 2019年4月頃から、人事部が中心となって「リーダーに行動を変えてもらうためには具体的にどうしたらいいのか」を検討し始めました。組織健康度調査のワークショップで出た主要課題などから、人や組織の「現状」と「ありたい姿」を再整理。さらにそこへ、人事部門として日頃から部課長らと接する中で感じていた問題意識なども織り交ぜ、何度も見直しや修正を図りながら、約半年間かけてリーダーのマインドや行動規範を定義していきました。
ここでポイントになったのは、“いかに分かりやすくするか”ということです。議論を進める中で「理想のリーダー像」はたくさん出てくるのですが、数が多すぎると結局伝わりません。そこで、とにかくシンプルで、誰でも実践できる基本的なことに絞り込もうという話になりました。また、人事施策はとかく表現が硬くなりがちで、せっかく大事なことを書いても、あまり読んでもらえないという問題もあります。そこで、まずは興味を持ってもらえるよう、ネーミングだけでも柔らかいものにしよう、という話になりました。
平戸 康貴 氏
平戸 『フルカワセブン』という名称は、実は『ウルトラセブン』からヒントを得ています。これは、ターゲットが部長層以上だったため、その年代に刺さるものは何かを考えた結果です。フォントも『ウルトラセブン』を参考に、似たものを使用しています。見た目は面白く、中身は真面目に……これが『フルカワセブン』の基本的なコンセプトです。
『フルカワセブン』ロゴ
「1つの大事な心構えと6つの行動原則」をグループ全体で本気で推進
――ではここで『フルカワセブン』の具体的な内容についてご説明ください。土井 『フルカワセブン』は、「感謝し、信頼する」という1つの大事なマインドセットと、「率先垂範する」、「伝わるように伝える」、「チャレンジを促す」、「適切なフィードバックをする」、「聴く・対話する」、「権限委譲し結果責任をとる」という6つの行動原則から成り立っています。これらを横軸とし、一方の縦軸には「一人ひとりの成長を支援」、「よいチームを作る」、「チームで成果を上げる」という3つの上司の役割を配置。こうして合計21項目を「実践すべき基本的な心得」としています。
なかでも大事なのは、「感謝し、信頼する」というマインドセットの部分です。この言葉は、社長の小林(敬一氏)が常々メッセージとして発信しているもので、『フルカワセブン』の根幹を成しています。
――『フルカワセブン』の対象となる方は、現在何名ぐらいいらっしゃるのでしょうか?
土井 まずは部長以上がターゲットということで、古河電工の経営層(統括部門長・本部長・事業部門長)約50名と、国内グループ会社も含めた部長以上約450名の計500名ほどになります。
――それだけの人数に展開するのは大変だと思いますが、理解促進の面で苦労なさったことや工夫なさったことはありますか?
土井 まず私たちが統括部門長・本部長・事業部門長約50名に、取り組みに関する説明会・ワークショップなどを実施しました。さらに、行動宣言や行動目標設定をしてもらったのです。次にこの50名が「展開責任者」となり、自部門内の対象者に同じことを実施し、自分たちの言葉で展開してもらいました。この段階でポイントとなったのは「いかに自分事として認識・理解してもらうか」ということです。人事施策としてお願いすればとりあえずは実践してもらえることはわかっていたのですが、『フルカワセブン』のコンセプトからすると、それでは意味がありません。そこで、まず取り組みの前に「明るく楽しく元気よく前向きに取り組む」、「みんなで一緒に取り組む」、「本気で変える、粘り強くやり続ける」という3つのメッセージを発信し、そのうえで理解を深めてもらいました。
また、グループ全体の活動機運を高めるため、対象者以外にも取り組みの背景や目的を周知し、部長たちが行動を変えようと取り組むことを理解し支援してもらうよう働きかけました。
――取り組みのサイクルはどのように回しているのでしょうか?
土井 社内・グループ内の周知や対象者向け説明会などを経て、2020年7月からはいよいよ実践および定期的な行動の振り返りを行っています。行動の見直しを目的に360度フィードバックや部長研修、また改善・工夫を目的に社内広報活動や事例共有を行うなど、現在PDCAを回しているところです。
土井 晴子 氏
平戸 説明会やワークショップなどはすべて集合形式で行う予定でしたが、いったん取りやめて、急きょ社長のメッセージ動画を配信する、eラーニングを行うなど、いろいろと工夫しています。ただリモートになったことで、一気に展開しやすくもなりました。この取り組みは、古河電工単体ではなく、国内全グループ会社の部長以上を対象にしているので、例えば地方の工場に勤務する部長などにも研修に参加してもらわなければなりません。従来の研修のように対面で行うとなれば、どこかに移動しなければいけませんが、リモートでその必要がなくなったため、施策を推進するうえでは、むしろ追い風になっていると感じます。また、コロナ禍にあえて社長のメッセージ動画を見てもらったり、ワークショップなどを実施したりしたことで、「グループ全体で一気にやるんだ」という本気度や必要性も伝わったのではないかと思います。
リーダー自身が「変わるため」に一歩踏み出し始めた
――行動を定着させるためのアプリも開発し活用されているそうですが、どのような機能や特徴があるのか簡単にご紹介ください。土井 行動定着アプリは、日々忙しい中で『フルカワセブン』を意識して行動することを習慣づけてもらうためのツールです。『フルカワセブン』の21項目の中からその日取り組んだ内容を入力すると、夏休みのラジオ体操のように実行ポイントが加算されていきます。また、お互いにコミュニケーションを取り合う機能もついており、誰かに対して「いいね」をしたり、コメントを返したりすると、励ましポイントも付与されます。こうして貯まったポイントはランキング形式で表示され、数によってブロンズ、シルバー、ゴールドとステイタスも上がっていくので、ゲーム感覚で楽しく取り組めるのです。
ちなみにアプリ上では、実名ではなくニックネームで登録し、お互いに誰だかわからない状態でやり取りをしてもらっています。このため心理的安全性を保つことができ、しかもお互いに知らない者同士で、同じ悩みを共有して励まし合うことで、一体感を生み出す作りにもなっています。
『フルカワセブン』アプリ画面イメージ
平戸 アプリの中のやり取りでは、例えばマインドセットである「感謝し、信頼する」に関して、「メールの先頭に“いつもありがとう!”というひと言を必ず入れるようになった」、「感謝することで周りの部下たちの反応が変わってきた」などのコメントが目に見えて増えてきています。
一方、360度フィードバックに関しては、全社的な施策としてここまで大々的に行うのは初めてなので、ポジティブに捉えている社員が非常に多いです。また、360度フィードバックの結果を他の部長たちと共有する場を設けたところ、「意見交換できてよかった」、「貴重なアドバイスがもらえてすごく参考になった」などとても好評で、いかにこの層が日々孤独と戦っているのかを実感することができました。いずれにせよ、みんなが自分たちのリーダーシップスタイルを変革するために、一歩踏み出したこと自体が大きな成果だと思いますし、我々としても非常に手ごたえを感じています。
役員や部長など、上の層から取り組むことに意味がある
――今後の展望や目指しているゴールなどがあればお聞かせください。滝田 2021年度からは、対象者を課長層に広げる予定です。そうすると実践者は部長層と合わせて1,000人以上になりますので、マネジメントされる側の部下や一般社員も、リーダーの変化をより間近で目にする機会が増えるでしょう。そうした中で、『フルカワセブン』の実践が周りにどのような影響を与えるのか、定量的な効果を測定していきたいと思います。
『フルカワセブン』の心得は基本的にずっと継続していくべきものだと考えていますので、最初の2~3年は施策として進めるにしても、その後はカルチャーとして定着させ、すべてのリーダーが自然に実践できるようになってほしいです。そのためにも、リーダーシップ研修や360度フィードバックを通常の教育体系の中に埋め込んで、できるだけ早く定常化させていきたいと思っています。
――リーダーシップ変革のポイントはどこにあるとお考えでしょうか? 最後に本記事をご覧になられている人事担当者の方々に参考となるようなアドバイスをお願いいたします。
滝田 『フルカワセブン』を企画した当初は、「50才過ぎの人間ばかりなのに、今さら部長を教育する必要があるのか」、「投資対効果を考えても、将来がある課長からやるべきじゃないか」といった声があり、我々も迷いました。しかし結論としては、役員や部長から始めて正解だったと思っています。得てしてこうした施策は、上の人たちが本気で取り組まないと形になりません。しかも弊社の場合、そうしたリーダー層が、実は我々の想像以上に「変わらないといけない」と考えていたため、その背中を押したことで一気に踏み出すことができ、課長層への展開に向けてのよい環境づくりができました。そういう意味でも、リーダーシップ変革は上位層からやっていくことが非常に重要だと思います。
古河電気工業株式会社
グループ変革本部 組織・働き方変革チーム長 滝田 博子 氏
グループ変革本部 組織・働き方変革チーム 土井 晴子 氏
戦略本部 人事部 人材教育課長 平戸 康貴 氏
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