ゲスト
大道寺 義久 氏
ライオン株式会社
人材開発センター 副主席1993年4月入社。
営業として名古屋、札幌、東京、福岡で勤務。地域のご販売店様を中心に担当。
2018年に人事部(現在の人材開発センター)に異動。現在は、「働きがい改革」に伴う諸施策を担当。
ライオンが取り組む新しい副業制度は「働きがい改革」から生まれた
――積極的に副業を推進することとなったきっかけを教えてください。大道寺氏 それではまず、副業をクローズアップしてお話しする前に、ライオンの人事制度や私たち人材開発センターの目標から解説しましょう。一般企業の「人事部」にあたる我々「人材開発センター」は、社員個人個人のキャリアデザインサポートを行っており、自社に所属している社員すべてに「働きがい」を実感して欲しいという大きな目的があります。
ライオン全体としても、「次世代ヘルスケアのリーディングカンパニーへ」という経営ビジョンを掲げるとともに、生産性やエンゲージメントの向上によって持続的な成長を目指すための中期目標があります。これに向けて社員全員に「圧倒的主役意識」を持ってもらうため、2019年7月に社長から「働きがい改革宣言」がなされました。当改革の中で、人事としては、「変革に向けたダイナミズムの創出」という人に関わる内容を担うことが中核です。
宣言の後、「働きがい改革」を始動したわけですが、今回クローズアップされている副業制度というのは、あくまで、この大きな社内改革の柱のひとつです。それぞれが多彩な能力を最大限発揮できる企業を目指す、これが今回の「新しい副業制度」を解説する上で大切な前提となります。
この大きな社内改革は、まず、会社が人を選ぶという旧式の採用方法は今後ますます通用しなくなるだろう、という思いが出発点となっています。これからの企業は、選ぶ側に立つよりも、むしろ「人に選ばれる企業」を目指さなければ存続することは不可能でしょう。これはどの企業にも共通する危機感だと思います。私たちは、「企業と人は対等」であり「相互にハピネスを感じる状態にできなければ企業の成長はない」と考えています。それには「意識的に自律して働くこと」が必要なのです。
――「働きがい改革」のひとつの柱に「副業」を加えた意図について、詳しく教えてください。
大道寺氏 この度ライオンが推進している「新たな副業制度」は、これからは他者と違うことを恐れるよりも「個」を強くしなければならない、という考えに基づいています。社内ローカルでの実力ではなく、社外の世界を見る・体験することで、自身の「ワークマネジメント力」を身につけることは大きな課題です。個人が多彩な能力を発揮し、一番活躍できる方法を自力で獲得することが必要なのです。
そのひとつの方法として、「副業」によって自社以外の企業を知り、他から良い影響を受けて、自社の業務にポジティブな効果を反映することを考えました。つまり、ライオンの副業の主眼は「個を伸ばすこと」。すなわち、ライオンにとっての副業推進とは、企業課題解決の中でも「人材開発」の一環という位置づけなのです。
当社は長い歴史がありますし、社内の団結力や社員同士の絆は深い企業だと思います。社内風土としてはとても良いことですが、社員たちの間には、突出しないこと、同僚たちと足並みをそろえることを好む傾向がありました。例えば、過去に「ワークスタイル変革」の一環として「服装自由化制度」を導入した際は、「自由といっても、本当はどこまでが大丈夫なラインのか?」、「自由とはいえネクタイはしておいた方がいいのか?」などなど、自由の境界線はどこかと社員間で話し合っている風景も見かけました。細かなことに捕らわれてしまい、自由がかえって不自由を招いてしまうことがあるのです。
もちろん同僚たちと歩調を合わせること、調和することも企業運営の中では大切なことです。しかし、ライオンの人材開発センターではさらに一歩進めて、「自分で考えることが個を伸ばすうえでいかに大切か」について、本取り組みを通して社員の一人ひとりに実感してもらいたいと考えています。
「送り出し(副業申告制)」と「受入れ(副業公募制)」の両軸を持つ「新しい副業制度」とは
――続いて、「新しい副業制度」について詳細をお尋ねします。ライオンでは社員を社外へと送り出す副業と、社外リソースを受入れる副業の2通りの副業制度を導入していると伺っています。まずは、「送り出す」側としての「副業申告制度」について詳しく教えてください。大道寺氏 「副業申告制度」で主眼にしているのは、「社員が積極的に自分の能力を試す場に出られる仕組み」を作ることです。
副業に挑戦してみる社員の多くは、自分で副業先を見つけて採用活動にチャレンジする「持ちこみ型」、すなわち自発的な手挙げ式で臨んでいます。会社としての意図も、他社で自分の実力を試し、「自分の力は社外でも通用する」と自信を得たり、社内だけで実力を推し量るローカルな物差しではなく、社会一般の中で自身の力がどれくらいのものなのかを測る機会を提供したりすることでした。外部で自信や前向きさを獲得することは、社内業務においてもポジティブな効果が表れると考えています。あくまで、「積極性の獲得」と「社外からのナレッジ吸収」が目的です。
――副業をする社員に注意喚起した事柄はありますか?
大道寺氏 会社として副業に臨む社員に守ってもらいたいことは、健康面に関することです。労働時間の上限(週20時間以内)を超えないことや、週に1日以上の休息日を確保すること、22時以降の深夜勤務は原則禁止といった、労働に関する「法律・規定の遵守」ですね。
新しい世界に飛び込んでやりがいを感じることは非常に良いことですが、そちらにのめりこんで現業(本職)に支障が出てしまったり、健康を害してしまったりというのでは本末転倒ですし、継続できません。何よりも、そのような状態では「次世代ヘルスケアのリーディングカンパニー」を目指す当社が掲げる、社員の健康をベースとした「働きがい」には、到底結び付かないでしょう。
――副業先の選択肢を広げるための取り組みも行っていると伺っています。どのようなものでしょうか。
大道寺氏 基本的には自主性・自発的な副業先の選択に任せていますが、ひとくちに「副業先を探す」といっても、働いてみたい企業を自力だけで選び出すのはなかなか難しいものです。そこで、2020年9月から副業従事者を募集している「副業紹介サイト」をイントラネット上で公開しています。
ただ、サイトは紹介していますが、自分の意志で選ぶことが大切ですので、応募し、試験や面接などの選考を受けるといった採用プロセスは、社員が自力で進むことになります。
――実際に社外での副業を開始した方はどのように働いていますか?
大道寺氏 これまで、副業の申告は40件ほどありましたが、会社がNGを出したものは1件もありません。やりたいという個人の意志・自発性はできるだけ尊重します。会社が個人の働き方を「許可する/しない」とジャッジするのではなく、「やってみたい」という申告を積極的に出してほしい。「許可制」ではなく「申告制」としたのもこれが理由です。
ただし、申告に際しては以下の最低限のルールだけは守るように周知しています。
・公序良俗に反しない
・利益相反しない(同業他社、社内リソースの使用は不可)
・就業時間外に行う
これらを自分でしっかり調べたうえで上長とも確認し合い、人材開発センターへの「事前申告」によってOKを出しています。
結果を見ると、副業申告制を開始した直後は、「実家の家業を手伝う」といったあくまで身の周りにある、手を出しやすい副業先が報告されていましたが、今では、例えば、マーケティングセクション所属の人がマーケティング関連の他社でマーケッターとして副業している、といった自身のキャリアに根差した例もあがってきています。
社員が副業に挑戦してみようと思う動機には、次のようなものが多いと見ています。
・外の企業が行っているノウハウを知りたい
・自分の実力が客観的にどれくらい通用するものなのか、腕試しをしたい
・中小企業の内部に敢えて入ってみて経営者層と話し、考え方を理解する機会を得たい
このように、ライオン社内で培ったスキルを活かせる現場へと自発的に飛びこんで、個人個人が仕事の幅を広げていける。これが、「キャリア開発」という面でも一番良い結果だと考えています。
社外リソースを「受入れる」副業公募制度について
――それでは、社員に外の企業で経験を積んでもらうために送り出す副業(申告制)とは反対に、ライオンで副業をしたい方を社外リソースとして募集する「受入れ」の副業制度、「副業公募制度」とはどのようなものでしょうか? 募集に至るきっかけや方法について教えてください。大道寺氏 副業希望者の受入れに関して、きっかけは「新規事業支援のための人員募集」でした。「インキュベーション事業」の立ち上げに際し、ライオン社内に一時的に不足しているスキルやナレッジ、経験を既に持っている方に協力してもらうためです。そこで、ライオンにはない「新規事業に対して、知見を持っている方」を募集しました。
結果としては、5名採用のところに約1,600名もの応募をいただき、非常に高い倍率となりました。人数・倍率もさることながら、年齢やスキルも、経歴もまちまちの多彩な能力を持つ方々が応募してくれたことは嬉しい驚きでした。副業募集がいかに注目されているか。そして、副業先に大きなニーズがあるということが実感できたことも収穫のひとつです。
まだこちらの「公募制度」による副業者の受入れは開始して1ヵ月程度なので、具体的にどのような効果があったかを明言するには早い時期ですが、副業先としてライオンを希望してくれた人材が、これから社内にどのような効果をもたらしてくれるのかという点には、非常に期待しています。
副業推進に対する反応
――「申告制の副業」に加え「副業の公募」も行われるとなると、社内から戸惑いの声はあがりませんでしたか?大道寺氏 前述の通り、2019年の「改革宣言」以後、企業として「副業推進」のみをピックアップした説明を社員に向けて行ったことはなく、あくまでライオンの「働きがい改革」の柱のひとつに副業推進もある、という形でアナウンスを続けてきました。
また、副業制度に関しては、メディアでも取り上げられましたが、事前に全社内に向けた説明会(セミナー)も丁寧に行っていましたので、副業だけに主眼を置いたプロジェクトだと考えている社員もいませんでした。ですので、社員の中から不安の声はまったく上がりませんでした。
メディアでの取り扱いよって「ライオンの副業制度」という単語がクローズアップされたのを受けて、「そんな話があったのか」と驚いた人もいるようです。社外の反響が逆輸入のように社内へ情報として入ってきたことにより、自社が副業推進に積極的であると実感した人も多く、かえって社員に周知された感もあるほどですね。
副業推進を持続可能にするための「今後の課題」
――「申告」と「公募」双方の副業制度に関して具体的な成果が現れるのは、まさにこれからですね。他に、人材開発センターが「課題」として感じていることはありますか?大道寺氏 現在、ライオンの社員の勤務体制は、生産ラインのように現場に出なければ業務が進められない部門を除いて、ほとんどがリモートワークです。コロナ禍という状況下でもあり、社員と副業として従事してくれている人のどちらも、ほぼ完全にリモート勤務に移行しています。勤務形態の別にかかわらず、日常会話やちょっとしたことを尋ねるような機会、雑談といった従業員間の「小さなコミュニケーション」がなかなか取れずにいます。
社員には社外で知見を広げてもらい、一方で有能な方々に副業として業務に携わってもらい、せっかく社内に新たな風を吹き込むチャンスなので、もったいないなと感じています。
そこで、一部の部所(部署)では、社員同士の間で会話が生まれるよう、業務中にいつでもオンラインのミーティングルームをオープンにしているところもあります。しかし、マネジメントする管理担当者にかかる負担はまだまだ大きいといえるでしょう。今後、これをどう解消していくか、「積極的なコミュニケーションの場の確保」は課題のひとつと感じています。
――最後に、今後、副業推進に取り組む企業へのメッセージや成功させるためのアドバイスがありましたら、お願いいたします。
大道寺氏 まだ、当社の「働きがい改革」という取り組みが始まって1年目ですので、効率や業績が目に見えて何%上がったというような、具体的に数値化できる時期ではありません。それでも、すでに社員からは、会社の外の世界を見る機会を得たことに対してポジティブな反応が返ってきており、積極性・自発性といった社員のマインドに良い影響が出ていると感じられています。1回きりの挑戦ではなく、長期的に持続可能な取り組みとして「副業推進」を実施したライオンにとって、短期間のうちに手ごたえを感じている社員が出てきたことは、とても大きな一歩です。
ライオンの副業推進という取り組みが、今のところ問題なく、ポジティブな反応として認識できている理由は、人材開発センター単体での取り組みではなく、トップをはじめとする企業全体が打ち出した「働きがい改革」の一部として始まったことにある、と考えています。つまり、企業全体が掲げた大きな取り組みであること、挑戦する方法と守るべき規定、この取り組みによって何を得て欲しいのかという目標の明示。企業側が、そういったしっかりとしたビジョンを持ってはじめて、社員に「自由な選択を」と言えるのだと思います。
また、特に副業に関しては、ひとつの部所だけで音頭をとるのではなく、経営側がしっかりと積極的に取り組みに関わっていること、ポジティブに応援している姿勢を見せることがとても重要です。「解禁しました」というアナウンスだけでは足りません。
・どういった意図を持って発表した取り組みなのか
・社員が副業に挑戦してみることによってどのような効果を期待しているのか
・実際に副業に臨む社員が悩みや問題を抱えた際に相談できる体制がとれているか
こういった「明確なビジョンを見せること」と「社員の不安を取り除くこと」が、副業に取り組む企業にとって非常に大切な姿勢になります。これが成功の鍵だ、ともいえるでしょう。
企業は社員の背中を押してあげるつもりで構え、「推進」と同時に「ケア」も並行して体制構築することが必要です。我々ライオンでは、「社員の幸せなくして、企業の成長なし」をモットーにしています。そのためには、単に門戸を開くだけではなく、「持続可能な人材・キャリア開発をしている」という体制・心構えが重要でした。「企業と人の相互のハピネス」を実現するために、人の積極性だけではなく、企業にも社内調整や説明責任を果たすといった「万全な事前準備」が必要だとお伝えしておきたいと思います。
※:HR総研「働き方改革(多様な働き方)の実施状況に関するアンケート 結果報告【兼業・副業、女性活躍推進】」
- 1