※ 「ものづくり大国・日本」は過去の栄光なのか。理系人材がやりがいをもって働くために必要なことを考える【38】
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ゲスト
本田 英貴 氏
働く人のやりがいをテクノロジーで支援するベンチャー企業、株式会社KAKEAIのCEO。リクルートで人事部を経験後、上司と部下との関係性向上に課題意識を持ち起業。自社でも、CEOとしてエンジニアが働きやすい職場づくりを行っている。
株式会社KAKEAI
森 麻子 氏
人事のプロ。小売店、IT企業、メーカーで、人材開発・人事企画など、幅広い領域を経験している。現在は財閥系大手メーカーの人事部門に在籍。
杉山 英一 氏
BtoB向けのシステム開発を行う、ITエンジニアとして活躍中。自ら会社を経営する。高い専門性を持ちながら、サービスづくりやマーケティングなど、幅広いビジネス分野にもチャレンジしている。
Y 氏
ITエンジニアの転職事情に詳しいヘッドハンター。主にIT系人材の採用・転職支援を行う。今回は匿名での参加。
ファシリテーター
中野 在人
座談会のファシリテーターと執筆を担当。大手上場メーカーの現役人事として培った経験や知見を交えつつ、中立な視点で場を仕切る。
理系人材の現状と課題について、正直なところどう思う?
中野:本日は「理系人材のやりがい」をテーマに、日本企業で理系人材が活躍するためにはどうすればいいのか、現場視点からみなさんのお話をお伺いしたいと思います。いま日本では理系人材が減少しつつある一方で、大手の日本企業では、入社後すぐには活躍できない現状もあると聞いています。日本が技術力を高めるためには、理系人材の人口とともに、活躍の場も増やすべきだと考えていますが、実際のところはどういった状況なのでしょうか? まずは現状と課題について、みなさんのお考えを率直にお聞かせください。Y:私は主にITエンジニアの中途採用支援を行っているんですが、日本企業では、理系出身のエンジニアも文系出身のエンジニアも、実力があれば同等に評価されると感じています。片や外資系企業は学歴重視で、理系の大学院卒でなければ採用しない企業もあるほどです。ところが、日本企業も最近になって、エンジニアの学歴における「理系」をやっと意識しはじめたように思います。
森:私はこれまで大手IT企業などで育成を担当してきましたが、海外でエンジニアを現地採用する際は、外資系企業とよく争奪戦になりました。また、学歴に関係なく、工学系エンジニアは絶対数が少ないので、採用が難しかった印象です。
本田:私は、上司と部下の関係性をテクノロジーで解決するためのソリューション「KAKEAI」を提供するベンチャー企業で、CEOをしています。たしかに弊社でもエンジニアの採用は難しいですね。そのため、CTO(最高技術責任者)以外はフリーのエンジニアに活躍してもらっています。働き方が多様化する現代では、フリーのエンジニアの中にも、フルタイムでコミットしてくれる方がいますから。
また、エンジニアの方にやりがいがある仕事を提供し続けるのは、なかなか難しいとも感じています。そのため、「採用・雇用」という関係で会社がやりがいを提供するのではなく、お互いに対等な関係を築く、という発想の転換も必要ではないかと思います。
中野:一口に理系の採用や育成といっても、日系や外資系、業種や業界、はたまた大企業かベンチャー企業か、で事情が違うようですね。成長の早いベンチャーは、起業時、新規事業展開時など「段階に合わせて人が変わる」といった離職の問題もありそうですが、実際のところはどうなんでしょうか?
本田:もちろん離職の怖さはあります。ただ、ベンチャーは事業を成長させていけば、そこに仕事の面白みが生まれるはずです。ですから、離職よりも事業を成長させることに目を向ける方が、経営者として重要だと考えています。
中野:経営者や人事担当者からすると、「やりがいや働きがいをいかにつくるか」は、日々考える課題だと思います。では、エンジニアの方々は実際にどう考えているのでしょうか? 理系出身と文系出身の違いを感じることはありますか?
杉山:私は現在、自分で会社を経営していますが、経歴としてはずっとIT業界で仕事をしてました。エンジニア云々というよりはIT業界全体の話になりますが、正直なところ、あまり文系出身・理系出身は関係ないと感じています。文系でも地頭が良ければエンジニアになれるし、理系でも手が動かなければエンジニアにはなれません。そのため、IT業界でいえば、普段からあまり文系・理系を意識して仕事をすることはないのではと思います。
三好:私は、おやつのサブスクリプションサービスを提供するスナックミーという会社でCTOをしています。弊社の場合、おやつの製造から出荷までを一気通貫で行います。そのため製造から出荷までのプロセスに関わるので、単なるエンジニアではなく、今まで携わってこなかった領域でも進んでインプットとアプトプットできる方を求めています。私としては、専門性の高い仕事に関しては、やはり理系人材がいいんじゃないかと考えています。先日、機械学習のエンジニアが入社しましたが、やはり専門分野を極めた人材は、情報収集力も応用力も高いですね。
スペシャリストか、ジェネラリストか。理系を活かすマネジメントのあり方とは
中野:理系で専門性の高い人材は問題解決力も高いですし、実際に社内で優秀と言われている方が多いと、私も人事担当者の立場から感じています。同じ人事として、森さんは理系の専門性についてどう思いますか?森:たしかに理系出身で専門性の高い方は、知識の吸収が早く、配属先での立ち上がりも早いと感じます。しかしながら、文系出身でも、環境が合えば地頭の良さを生かして活躍しているイメージはありますね。文系でも理系でもエンジニアであれば、入社時研修は半年から1年かけて基礎から教えるといった具合で、丁寧に育成の機会を与えていますが、理系は即戦力になりやすいという特徴はあるのかもしれません。
本田:理系人材の質が組織のパフォーマンスに直結しやすいのはたしかですよね。文系出身者は、どうしても専門性の面でやれることが限られますし。一方で、文系も理系も関係なく、育成は重要です。どちらの人材も、きちんと育てることでパフォーマンスを発揮するのではないでしょうか。人をどう活かすかは、マネジメント側の関わり方が大きく影響しますから。ただし、理系の方をマネジメントするのは難しいと感じています。マネジメント側は、本人よりもスキルや知識の専門性を高めていなければいけませんから。
中野:私もこれまで、上司の専門性が足りないことについて、社員から不満の声を聞くことがありました。三好さんは「部下よりも高い専門性を持つこと」に関して、CTOとして苦労されている部分もあると思いますが、いかがでしょうか?
三好:やはり、ある程度の知識は押さえておく、ということは意識しています。知らなかった分野や新しい分野は、後から追いかけるような形になってでも、上司としてしっかり学びつつ、部下にもフォローしてもらう体制がいいかな、と考えています。新卒で入社した会社では、私自身が上司に対して「自分よりも専門性がない」と感じていました。上司が知らないと部下はついてこない、とその時に感じたので、現在のCTOという立場では、最低限の知識は持っていようと心掛けています。
本田:最近は特にITの分野で、機械学習などの新しい分野が次々と出てきて、上司も学ぶのが難しいですよね。そのような時代の流れの中で、理系人材をマネジメントするにはどうすればよいのでしょうか?
三好:上司ができる範囲と部下が得意な分野を、融合させていくことが重要ではないでしょうか。例えば私自身はクラウド技術が得意分野なのですが、そこに機械学習が得意な部下の知識・スキルを組み合わせていく。そして部下にもクラウド技術を覚えてもらう。そうすることで、部下の仕事の幅が広がり、会社の成長スピードもさらに加速させることができると思います。特定分野に強い人材が、それぞれの分野に限った仕事をしていると、属人的な組織運営にもなります。お互いの専門性を融合させていくことで、人に任せにしない仕事の進め方が実現できますよね。
中野:上司と部下の専門性をうまく融合させていくことができれば、仕事のパフォーマンスも上がりそうですし、人間関係も非常にいい状態になりそうですよね。ですが、現実は会社と理系人材の関係がうまくいくことはあまり多くないように感じます。それが転職につながることもあると思いますが、現状はどうなのでしょうか?
Y:実は理系人材は、ジェネラリストになることへの強い不安を抱えている方が多いです。この傾向は、特に大手企業の30~40代に多いように感じています。プレーヤーとして手に職をつけてきたことに自信をもっているのに、キャリアを積み職位が上がるにつれて、エンジニア以外の仕事もしなければならなくなる。大手企業の方は、これまで培った技術を諦め、管理職になるべきか悩んでいる方が非常に多い印象です。
さらに、自分自身の技術に誇りをもっていても、その技術に対して会社からの理解がないと活躍はできない。それがモチベーション低下につながり、転職理由になっている場合もあります。
森:理系人材はジェネラリストではなく、スペシャリストでいたい方が多いんですね。ですがスペシャリストの道を究めると、「お客様に提案する」といったスキルを磨く機会がなくなり、自分の専門性の中に閉じこもっていきそうな気もします。杉山さんは、実際にエンジニアとしてお客様に提案活動も行っていますよね。専門性と総合力は両立可能なのでしょうか?
杉山:私は、仕事は基本的に何かを「つくる」ことだと考えています。例えば、製品開発に限らず、サービスをつくることもありますし、お客様との関係をつくることもあります。つまり「つくる」という観点から考えれば、理系的な脳はどんなことにも応用ができるはずです。私がいまやっている仕事も、単にシステム開発をしているのではなく、お客様のビジネスをつくる仕事だと考えています。このように、常に「つくる」ことにフォーカスしています。
Y:杉山さんご自身は、専門性の中に閉じこもってしまうことはなかったのでしょうか?
杉山:私自身は、専攻は応用数理で大学院を修了しました。そういう意味では専門性が高いと思います。独立当初は世の中の流行もあり、AI領域での起業を志していました。ですが、専門性が高いということは、それだけ市場ニーズに対しての幅も狭くなります。それよりも、ビジネスを「つくる」ことにフォーカスすることで、もっとお客様のニーズに応えられる幅が広がると考えました。
中野:理系人材に対しては、専門性を活かしつつも、仕事の幅がより広がるようなマネジメントをしていくのがよさそうですね。
理系人材がやりがいを感じるのはどんな瞬間か
中野:杉山さんから、理系脳は「何かをつくる」ことに活かせるというお話がでましたね。それは、仕事のやりがいにもつながりそうです。実際のところ、理系の方がやりがいを感じるのはどのような場面なのでしょうか?杉山:先ほどのような観点から考えれば、理系出身でもそれぞれ得意な領域で「つくる」ことをモチベーションにすれば、やりがいを感じることができるのではないでしょうか。人によってはプロダクト開発だけではなく、マーケティングチャネルを「つくる」こともありますし、営業であれば顧客との関係を「つくる」こともできますよね。
中野:やはり何かを「つくる」ことは、理系人材のやりがいなんですね。三好さんはエンジニアとして、やりがいについてどう思いますか?
三好:私は一言で「理系のやりがい」といっても、ステージによって変わると思います。例えば、会社やサービスの立ち上げ時はフルスタック(※編注:複数領域の開発技術を持つエンジニア)の方が重宝されます。しかし、会社やサービスがスケールアップしていくタイミングでは、専門性の高いエンジニアを入れる方が、質は高まります。そのため、まずはやりがいを持つ前提として、立ち上げ時の0→1のフェーズがいいのか、サービスを拡大する10→100のフェーズがいいのか、エンジニア自身が自分の向いている立場を認識することが重要です。それを理解することで、それぞれに活躍の場が広がるのではないでしょうか。
中野:会社やサービスの成長段階によって向き不向きがあり、やりがいも変わってくるということですね。本田さんは普段、組織の中でのやりがいを高めるサービスを提供されていらっしゃいますが、理系人材がやりがいを持つにはどうすればいいと思いますか?
本田:理系であっても、理系でなくても、人がやりがいを持てるポイントというのは基本的な部分では一緒だと考えています。まずは本人がどう考えているのかを上司がヒアリングして、本人の目指す考え方と合う仕事をアサインすることを、部下と一緒に探りながらやっていくのがよいと考えています。
中野:人間としてやりがいを感じられる基本的な部分は、やはり本人の意思と会社や上司との方向性があっているかどうか、ということなんですね。
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