予想外の深刻な影響をもたらしたコロナ禍によって、日常のイノベーションに目を向ける必要性が浮き彫りに
新型コロナウイルスの影響で、仕事にならないビジネスもあれば、マスク製造のように、あり得ないほどフル稼働している業界もある。たとえば飲食業では、コロナ騒動前夜までは「ミシュラン」で紹介されるような有名店には来客が行列を作っていたのに、海外の「都市封鎖」や日本の「外出自粛」によって、ビジネスが成り立たなくなっている。それも、数ヵ月間という長期にわたってだ。この連載開始当初は、DXをイノベーションととらえた場合、「非常に難しいからこそ人材育成が肝だ」というロジックで語ってきた。しかし、戦争や甚大災害に匹敵するような人類レベルの事件があると、イノベーションはもはや日常にあることがわかった。新薬やワクチンの開発、ドライブスルー検査など、可能な限りのアイデアが次々と出てくる。歴史を振り返れば、戦争が新たな技術を生んできたことからも明らかなように、ウイルスとの戦いでも同じことが言えるのであろう。
コロナ禍が始まった当時の私は、中国・武漢のニュースを見ながら、やがて日本にもやってくるこの都市封鎖で人っ子ひとり表に出ていない状態について、職場での「世間話」といった感覚で話していた。今思うと、人間の想像力とは悲しいくらい貧困だったとしか言いようがない。「家から一歩も出られない状況に必要なものはなんだろう? カップ麺か?」といった話に終始していたのだ。
ふたを開けてみれば、企業ではほとんどの集合研修が中止となったことはもちろん、エンターテインメントとしての芸術やスポーツイベントなども消滅した。「ソーシャル・ディスタンス」という観点からweb会議ツール導入が推進され、Zoomユーザーが2,000人から2億人になり、さらに20日ほどで3億人までにのぼった。
こういった、ロジックとしては当たり前の自然な流れが、当初はまったく本気では語られていなかったのである(ちなみに言い訳だが、新型コロナウイルスとは別に、世の中の研修オンライン化について、有志で集まり早々に議論を進めていたのだが)。「ロジックとしては当然」な流れが見えるようでなければ、真に「イノベーティブ」とはいえないのであろう。
新型コロナウイルスによる「外出自粛(ステイホーム)」が、新たなサービスを通じて生活様式を変えていく
今回のコロナ禍の中で注目すべきDXあるいはITイノベーションといえば、ビジネス面では、ZoomなどのWeb会議システムが圧倒的に目立っている。それを支えるシンクライアント端末やクラウドの利用拡大も目覚ましい。また、同様にして教育業界のオンライン化も、文部科学省主導の「GIGAスクール構想」なども含めて一気に進んでいる。学校までもオンラインで学ぶのが当たり前になってきたのだ。
そして、コロナ禍での特徴的な変化は、会社や学校だけでなく家庭の中、人々の家での過ごし方まで大きく変えようとしている。外食ができないことからUber Eatsといった配送サービスが躍進。同様にして自炊する人の急増にあわせた食材宅配、特に独り暮らし向けのサービスが充実し、「お一人様用家電」などの新たなトレンドが一気に進んでいる。
私自身がもっと身近なところで気なっているのが、「ライブ配信サービス」である。ステイホームも月単位となると、テレビや映画を見るのにも飽きてくる。家庭菜園も大人気のように、自宅にいても楽しめる新たなサービスの登場が待たれている。その反面、新型コロナの影響で、多くのライブハウスや劇場などが閉鎖された。アーティストや芸人など、ライブでの活躍の場はいまだに失われたままで、十分には復活できていない。本人たちが「不要不急扱い」と自虐的に語っているようだが、経済活動の中で優先順位が高く扱われてはいないようにも見える。
そんな逆境をチャンスに変えるかもしれないのが、「ライブ配信サービス」なのである。インスタグラムやLINE、YouTubeなどのSNSが中心となっている中で、一気に人気を集めているのが「17LIVE(イチナナ)」である。
YouTubeやTikTok(ティックトック)といった動画アプリの大躍進の次は、ライブ配信アプリというとことで、コロナ以前から注目していたのだが、ダウンロードしたものの、ゆっくり見る時間もなかったというレベルであった。ところが、ステイホームで急遽ちゃんと見る機会を得たわけである。おそらく私と同様にステイホームなので、利用し始めた人は多かったのだろうと推測される。実際、この時期に一気に盛り上がり、テレビCM放映まで開始している。
もともとは2015年台湾で、あるアーティストが始めたサービスである。だからアーティスト側の立場にたってよく作られているという感じがする。配信コンテンツのジャンルも、歌、楽器、ダンス、ゲームなどのほかに、雑談やステイホームという自由参加しやすいテーマも用意されており、スマートフォンさえあれば、アーティストでなくとも、だれでもとりあえず始めることができる。
ただ、私もやってみたが、人前でのタレント性が無いとなかなか盛り上げるのは難しいかなとも思う。そして「見ていただく」という観点でいえば、やはり「コミュニケーション力」で人気は大きく分かれるようだ。
私の場合、ステイホーム中に「クラシック音楽のアーティストの生演奏を気軽に見られる」ということで視聴しはじめた。そして、かれこれ100日以上連続視聴している。ついつい毎日見てしまう。その最大の魅力は、これまでの動画では得られなかった「ライブ感」である。
ライブをおこなう「ライバー(配信者)」は、おしゃべりや歌を披露するだけでなく、その練習風景や、化粧を落とした後の暗闇配信、散歩しながら見える景色を中継するなど、いや、「工夫次第でなんでもあり」と思わせるコンテンツが多い。一番の魅力は、一方的に垂れ流すわけではなく、「オーディエンス(視聴者)」からのチャットのコメントや、送ったエールなどに応える「インタラクティブなやりとり」なのである。
これまでのコンサートでは、なかなか実現できなかったアーティストと音楽について語り合うことや、好きな曲をリクエストしたり、コンサートの裏話を生で聞けたりする時代が来たことは、非常に感慨深い。アーティストのあり方を変える革新的なものである。
システム面での魅力は多々あり、他のライブ配信アプリに比べ、盛り上げる要素がよくできているし、目に見える応援を可能とするといった「エンターテインメント要素」も強い。
しかしこのサービスは、素人のお遊びやおもちゃでは終わらないところが真骨頂であろう。アーティストなどのライバーたちは、コロナ禍の中で「17LIVE(イチナナ)」によって、生活費の一部を得ることができる、つまり「副業」できるという事実である。
運営会社である株式会社17 Media Japanによれば、「月平均6万円以上を稼ぐ『雇用』を4,206名創出」とあり、還元率も低くはないようだ。個人的な感想なのだが、それでいて一般的なゲームアプリよりも課金なしで楽しめる範囲が広いところも魅力である。
私は、ヴァイオリニストや音大生などのクラシックアーティストを応援したいし、演奏では見ることのできない素顔に触れることができるのも、最大の魅力だと思っている。しかし、人気のあるアーティストは応援も多く、なかなか直接の会話は難しいかもしれない。むしろ、まだまだ知名度が高くなく、応援するオーディエンスが少ないライバーであれば、リクエストしたり、話しかけたりと、コミュニケーションがとりやすい。じっくりと音楽について語り合うこともできるので、本当の魅力は、ライバーの成長に寄り添えるというところかもしれない。
「17LIVE(イチナナ)」は、単に金儲けのためのアプリでなく、アーティストの新たな活躍の場として、リアルをしのぐ存在感を増してきているが、ライブ配信中のルールも厳しく、暴力やわいせつ、飲酒などが映ることなども禁止事項である。違反すると配信が落とされ、違反が繰り返されるとアカウントがバン(凍結)されることもある。
生放送のチェックは大変であろう。ライバーの間では、このチェックにはAIを使ってパトロールしているという噂も流れていたが、確かにプロライバーが17,171名(2019年度)いるとなると特別なチェック方法を用意しているのかもしれない。ここがDXの出番であろう。そして、そのあたりにも、「健全なバーチャルライブハウス」としての立ち位置を大切にしている気概を感じる。また、健全な配信をするライバーを守る立場には、エチケット違反のオーディエンスの監視役を置くことができる仕組みなど、秩序の乱れによってサービス上の問題が起こらないよう、さまざまな仕組みが考えられている。
ステイホームがいったん緩められた際には、新たにライバー同士がコラボレートして、配信を始める新しい流れもおこった。アナログだったアーティストの間にもSNSを利用したコラボ演奏がさらに広がる傾向を見せている。
ライバーであるアーティストたちによれば、「コロナ禍が収束しても『17LIVE(イチナナ)』での、ファンとの触れ合いを続けていきたい」と考える人も、少なくはない。今後、新たな文化として定着する予感がしている楽しみなサービスである。
緊急事態下で成功をもたらした「まさに現代的なDX」の事例
新型コロナ騒動序盤の2020年2月ごろに、1つのエピソードがニュースになっていた。新型コロナウイルスの世界拡散を最も早く予測したのは、カナダの人工知能(AI)だった。
まさに、現代的なDXの話である。未曽有の大災害を、AIは人間よりも早く知っていたというわけだ。
それは昨年2019年の年末に、カナダのスタートアップ企業である「ブルードット(Blue Dot)社」が、世界保健機関(WHO)や米国疾病予防センター(CDC)よりも早いタイミングで、このウイルスが拡散するだろうという報告書を出していたのだ。もちろんビッグデータを利用した感染拡大予想は、GAFAの関心も高く、google社は「グーグル・インフルエンザ・トレンド」を開始していた。それにもかかわらず、このブルードット社が先行したことに、実は深くて感動的なエピソードがある。
きっかけは、2003年にまでさかのぼる。「SARS(重症急性呼吸器症候群)」の流行である。日本でも実は一時的に大騒ぎになり、マスクや非常食の買いしめが話題になった。しかし、結局日本国内ではさほど流行せずに終息してしまったために、むしろその恐ろしさが十分に伝わることはなかった。しかし、世界規模で見れば、SARSは8,000人を超える感染者と700人以上の死亡者を出したかなり大規模な感染症であった。感染拡大は、中国・広東省から発生してカナダへと広がり、カナダ国内で44人の死亡者を出したのだ。
カナダでSARSに立ち向かった、トロント最大規模のセント・マイケルズ病院の臨床医だったカムラン・カーン氏だった。カーン氏は、この感染症の恐ろしさを目の当たりにした経験から、感染症の国際拡散を研究し、そのアルゴリズムを完成させることになる。
カーン氏の奮闘は、「儲かる!」というよりも、「この悲劇を繰り返したくない」という極めて純粋な動機であるところが、このエピソードの素晴らしいところであろう。カーン氏は、動植物や気象変動データなどのほか、特に航空データに注目した。そして、SARS 発生から10年後の2013年、集積したビッグデータをAIで分析し、その結果を提供するシステムを構築。そして、ブルードット社を創業するのである。
現在は、これらの分析データを世界中の保健機関に送り届けている。「AIで何か面白いことはできないか?」といった気持ちで取り組んだ場合でも、何かは生まれるかもしれない。しかし、真に心を打つ技術とは、「本当に人のために役立つものを作りたい」という純粋な気持ちが大切なのではないか。カナダのAI分析は、「技術と動機」によって生まれるイノベーションのとてもよい事例であると思う。
- 1