「コロナショック」による変化予測の前提
「コロナショック」による変化は大きく分けて次の2点に大別されます。(1)新型コロナウイルス対策のための働き方の変化(リモートワークなど)
(2)新型コロナウイルス感染拡大が引き金となった景気の悪化
筆者がHRに特に強い影響を与えると考えているのは「(2)景気の悪化」です。リーマンショック前後に体感した人も多いように、景気が好況から不況に転ずることは、HR領域の論点や考え方に大きな変化を迫ります。
本稿では、景気が悪化することを前提に予測をおこないます。しかし、景気悪化を防ぐために世界各国の関係者が大規模な対策を打ち出しており、その結果として不況が訪れない可能性もあります。そのような幸運な展開となった場合は、本稿の予測が役に立つには次の不況まで待つ必要があるでしょう。
しかし、新型コロナウイルスの影響を待つまでもなく、日本の採用業界では景況感が悪化していました。具体的には、2019年10~12月の、日本国内での主要人材企業の採用関連事業の業績を見る限り、昨年対比でマイナスとなっています。このことを考えると、HR界隈の景況感が悪化傾向となる可能性は高いでしょう。
また、景気悪化の影響は、象徴的なイベントから少し遅れてHR界隈に波及することにも注意が必要です。リーマンショックが発生したのは2008年度ですが、HR界隈の業績が大きく悪化したのは2009年度です。もし「コロナショック」がリーマンショックのようなイベントだとするならば(その見立てが非常に難しいのですが)、HR界隈への影響は2020年度下期から2021年度にかけて本格化してくるとみた方がよいでしょう。現時点で「意外と変わらないな」と感じていても油断はならないのです。
【1】経営レベルでの一般的な変化
好況から不況に転じた場合の、経営レベルでの変化は、ヒト・カネ・仕事の価値の変動となって現れます。好景気の時はカネと仕事が余り気味でヒトが不足します。最近まで起こっていた人手不足の状態です。景気が悪化する際はその逆で、ヒトが余り、カネと仕事が不足することになります。この時流に逆らい、景気悪化時にヒトの採用を増やしてしまうと、カネと仕事が足りず、業績の悪化や倒産に繋がってしまいます(※1)。この経営レベルでの変化が、HRにも大きな変化を及ぼすのです。
※1:あえて不況時に採用を強化することで、好景気時には採れない優秀な人材を確保することが可能です。これは後述する諸条件をクリアできるならば、かなり有効な施策です。しかし、「短期的には業績悪化に繋がる可能性が高い」という側面もあります。短期的な業績を犠牲にして長期的な投資を行う施策であることから、企業の資金力と経営者の覚悟が求められます。加えて採用できた優秀人材を繋ぎ止める手腕も必要です。これらを考慮すると実践できる企業は限られるでしょう。
【2】雇用・採用の変化
上述した通り、多くの企業の場合、経営陣からは、ヒトが余り、カネと仕事が不足する状態に見えるため、雇用人数を圧縮する方向に進むことになります。その際は、リーマンショック時同様に非正規雇用や業務委託などの従業員から先にカットし、それでも足りなければ正社員も、という流れになります。採用活動に関しては、多くの企業が人数・予算を絞ることが容易に想像できます。その際、日本においては、新卒採用より中途の方が厳しい状況になるでしょう。なぜなら、新卒は人件費が安価で、「社員の年齢構成を保ちたい」といった企業のニーズ(※2)という点からも、細々としてでも続ける理由があるのです。一方、中途採用は即戦力充足の色彩が強く、仕事不足の世相では採用ニーズが消滅してしまいます。
このように企業の採用活動が不活発になると、採用を主業務としている人事パーソンのポジションが危うくなります(特に、中途採用担当で紹介会社の取りまとめをおこなっているような人は要注意です)。採用だけに限らず、自らの専門性を拡大することが求められるでしょう。
近年急速に注目度を増していた「副業」に関しては、企業からみると一種の業務委託のため、ニーズが急減し、市場が冷え込むことになるでしょう。ただし、副業は景気が底を打った後の回復局面には、大きなチャンスが訪れると予想しています。なぜなら、副業人材のライバルである正社員やコンサルティングファームは、どちらもコストが重く、景気が回復途中で、企業がおっかなびっくり小さく新しいことに踏み出そうという局面では使いにくいからです。そうした際に、小額から始められる施策として、副業人材や副業ビジネスの活用が適合すると思われます。そこで使ってみて「良い」となれば、次の好景気時には、正社員やコンサルティングファームなどを押しのけて大きな市場が誕生する可能性があります。
※2:本当は中途採用でも充足できるニーズなのですが、日本の商習慣上、新卒採用が優先されるでしょう。
【3】「エンゲージメント」を取り巻く変化
景気悪化により、「エンゲージメント」の注目度は大きく減少すると予想されます。エンゲージメント関連サービスが企業に訴求するメリットは大きく分けると下記の3点になります。(1)生産性向上
(2)離職防止
(3)採用ブランディング
不況時は、(2)と(3)が訴求メリットとして成立しなくなってしまいます(ヒト余りで離職防止と採用のニーズが急減するため)。残る(1)はメリットがわかりにくいことも考えると、コストを投じてエンゲージメントに注力しようという企業は減るでしょう。
ただし、これは企業がエンゲージメントにまったく取り組まなくてもよくなる、ということではありません。不況の際は、エンゲージメントの低下が生じると予想されます。不況により報酬(金銭・ポジション・成功体験)の減少や、人間関係の悪化(人員整理などした場合は特に)などが生じるからです。このエンゲージメント低下は、転職先が乏しいため、当面の離職には繋がり難いのですが、生産性低下やメンタル疾患増加、将来の離職率上昇といった悪影響を生じさせる可能性があります。
そのような、人事部門として予算が取れない、人員も足りない中で、エンゲージメントはどうしても後回しにしたくなるテーマですが、忘れずに取り組むことが求められます。