「日本型人事制度は終焉を迎えた」は本当か
みなさんもご存じの通り、経団連の中西宏明会長が今年4月に終身雇用制の見直しと新卒通年採用の拡大に言及しました。日本型人事制度の実質的な終焉の幕開け。時代の変化を象徴するような出来事に、これから会社や自分はどうなるのか、という不安の声も多く聞かれました。人事としては、やはりそうきたか、と思う一方で少しモヤモヤするのがホンネです。なぜなら、日本型人事制度は日本型経営に依拠しているからです。日本型経営の強みは、すり合わせと勤勉さに基づいた改善に代表されます。また、ハイコンテクスト文化に基づいた日本人の共感性や同質性の高さは、暗黙知の伝承にとても有利でした。暗黙知は時間をかけて形成、伝承されるため、終身雇用制を前提とした長い勤続年数は社内での知識の蓄積に必要な機能でした。
そして日本型経営から生まれた仕組みは、リーンやアジャイル、スクラムという形で欧米企業に活用され、目覚ましい成果を上げています。つまり、日本企業が培ってきた日本型経営は依然として世界の主流であるともいえるのです。たしかに、少子高齢化によって日本は従来の人事制度を維持できなくなってきた、というのも理解できます。しかし、日本型経営がまだ有効な経営方式であるなら、それに紐づけられた日本型人事制度が維持されてもおかしくはありません。そこから推測するに、「これまでの年功序列によって上昇してきた総額人件費が経営を圧迫している。だから終身雇用制をやめてなるべく人件費を削減したい」というのが経営者の本心なのでしょう。
終身雇用に対する企業のホンネ
欧米企業にも、意外と会社に長く勤めている人はいます。労働政策研究・研修機構が発行した「国際労働比較2018」によれば、男女合計の平均勤続年数は、日本人が11.9年であるのに対し、イギリス8.0年、ドイツ10.7年、フランス11.4年で、アメリカだけが4.2年と短くなっています。外資系企業は総じて勤続年数が短いかと思えば、そうでもないのです。また、外資系でも役員になるような優秀な人材の中には10年以上働いている方もいます。ホンネを言えば、企業は優秀な人材には辞めてほしくないものです。常に必要な人材が確保できて、社内の生産性が高い状態が企業にとっては理想形です。ですが、人材を獲得するのには時間的にも費用的にもコストがかかります。そもそも外部労働市場が発達していなければ、企業は人材を外から獲得することができません。アメリカと比べると、日本ではまだまだ人材の流動化が進んでいない状況です。日本企業が一度人材を失えば、次に獲得できるまでのリードタイムは長くなります。さらに、日本では雇用が法律によって厳格に守られています。欧米企業のように企業の一存で簡単にクビにすることはできません。そのため、多くの人が流動化せずに企業にとどまっている状態です。つまり、日本では人材獲得の難易度が他国と比べると高い国なのです。日本企業も一律で雇用を守り続ける終身雇用制度などすぐさま辞めて優秀な人材に総入れ替えしたいのですが、現実にはそううまくはいきません
終身雇用と年功序列は一部残る
それではなぜ、日本企業は終身雇用制を続けてきたのでしょうか。それには、なぜ今まで終身雇用制度と年功序列が日本型人事制度の中心だったのかを考えてみる必要があります。まず、年功序列は最も合理的で公平な制度のひとつといえます。なぜなら、従業員全員に該当する「年齢」という基準を軸に給与やポジションなどの処遇が決まるからです。実際、人の優劣を評価することは難しいものです。また、年功序列は「時間とともに能力や経験値が上がる」という前提に基づいています。終身雇用制も労働市場が発達していない日本では、人材を抱え込むのに有効な手段のひとつであると考えられます。これからの日本は、若い人材が圧倒的に少なくなります。そのような中では、高齢者にも積極的に働いていただかなければなりません。また、今後はさらに年金制度の維持が厳しくなるでしょう。そうなるとシニアの方々も働きたいという意欲が高まるのではないでしょうか。こうした環境の中では、あえて「定年まで働けます」と標ぼうする企業の方が人材獲得面で有利になります。すぐに辞めてしまう若手よりも、経験豊富で忍耐力のある昭和世代の方が業種によっては貴重な戦力になるとも考えられます。人材確保を真剣に考えるのであれば、環境に合わせてあらゆる手段を講じていかなければなりません。年功序列も「じっくり腰を据えて働きたい」という方には良いかもしれないですよね。
このように考えてみると、一律に日本型人事制度がダメとはいえないでしょう。
外部労働市場がさらに発達して少子化に歯止めがかからない限り、終身雇用制度や年功序列という慣例は一部残るでしょう。新たな時代の幕開けは、日本型人事制度の総とりかえではなく、日本型人事制度の存在意義が良い点も改善点も含めて改めて問われているのではないでしょうか。
参考文献
労働政策研究・研修機構「国際労働比較2018」
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/documents/Databook2018.pdf
- 1