新入社員を迎える季節となった。初々しい社員たちにとって失望の春となるか、期待の春となるかは分からないが、ここに、日本の2035年の世界を描く報告書がある。2016年8月に厚生労働省が出した報告書だ。『働き方の未来 2035:一人ひとりが輝くために』と題し、同年1月から7月まで開催された懇談会の内容が書かれているものだ。
発表された時は、衝撃的な未来予測として注目されたので、読まれた方も多いであろう。それから今日までの1年半ほどの間にも、人生100年時代が叫ばれるようになったり、AI等の科学技術が急速な発達を見せたりと、ここに描かれているのはさほど遠い未来の話ではないと感じられる。果たしてそこにはあるのは不安なのか、はたまたチャンスなのか。私たちは何をしたらよいのか。その後出版された衝撃的で示唆に富む書物から、未来を読み解くヒントを学ぶ。
働き方の未来

報告書の内容を復習すると

同報告書では、労働力人口の減少や地方の過疎化という問題を抱えている日本において、各人の個性と変化あるライフステージに応じた働き方を選択できる社会を実現するための提言をしている。資料も含めて35ページあり、全7項目から構成されているものだが、そのうち、働き方の項目に絞って要約してみよう。

(1)時間や空間にしばられない。技術革新により、働く場所の物理的な制約がなくなり、いつでもどこでもできるようになる。
(2)お金を得るためだけでなく、社会貢献、地域共生、自己充実感など、多様な目的をもって行動することも包括する社会になる。
(3)自立した自由な働き方が増え、企業はそうした働き方を包摂する柔軟な組織体になり、人が事業内容の変化にあわせ、柔軟に企業の内外を移動するようになる。
(4)企業がプロジェクト型になることから、働く側も自分の希望とニーズに応じて、自分が働くプロジェクトを選択するようになる。
(5)働く側も働く時間を自由に選択するため、正規、非正規の考え方が成立しなくなる。
(6)企業の変質がコミュニティの有り方に大きな変化をもたらす。
(7)世界と直接つながる地方の増加。
(8)AIなどの発達による自動化・ロボット化により、介護や子育てが制約にならなくなる。
(9)空間や時間の制約を受けない多様な働き方により性別、人種、国籍、年齢、障害等の壁を越え、自分の能力や志向にあった働き方を選択し、社会と調和する時代になる。

人事に関わる者としては、「では、人事制度や就業規則はどうなるのだ?」と、心中穏やかではいられないことだろう。

ヒントを探る

折しも、発表後の同年2016年10月には、リンダ・グラットンの『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』、2017年にはポール・J・ザックの『トラストファクター』、そして今年1月にはフレデリック・ラルーの『ティール組織』の日本語版が出版され、大注目されている。

いずれの本も、人間の本質に迫った深い内容で(字が大きいともっとよいが……)、変革に対する具体的な提案が満載だ。特に『ティール組織』は、成熟した個が働く時代の組織を示している。採用などの人事プロセスについても多くのヒントがある。

この本の中でラルー氏は、人生は自分の本当の姿を明らかにする旅だと語っている。人生の究極の目的は、成功したり愛されたりすることではなく、自分自身の本当の姿を表現し、本当に自分らしい自分になるまで生き、生まれながらに持っている才能や使命感を尊重し、人類やこの世界の役に立つことである、と。また、ティールの概念で生きることによって、人生の目標を設定してどの方向に向かうべきかを決めるのではなく、人生を解放し、一体どのような人生を送りたいのかという、内からの声に耳を傾けることを学べる、と述べている。 

その上で筆者は、本来なりたい自分が送るべき人生を感じ取るには、時間と過酷な経験が必要である、と主張する。なぜなら、“なりたい自分”というのは、つまり、ありのままの自分を愛することを、一生をかけて知ることなのだから、と。

一方ザック氏は著作の中で、感情について述べている。人間は感情を持った社会的動物であると定義し、組織を運営する上で最も本質的な要因とは“信頼”であると説いている。同氏の言う信頼とは、“相手との感情的な結びつき”のことだ。 

これらの本の出版と前後して、カズオ・イシグロがノーベル平和賞を受賞したことも、また重要な意味を持つと言えるだろう。

彼もその著作の中で感情について述べており、“感情こそが境界線や隔壁を乗り越え、同じ人間として分かち合っている何かに訴えかけるもの”としている。

これらを踏まえると、働き方の未来は、「内からの声」、「感情」という、人間だけが持つものに重きがおかれていくのではないか。

因みに『ティール組織』のタイトルの「ティール」とは、本の装丁にも使われている色で、「鴨の羽色」という意味。この色は、空や海の色にも似ている。空は通常、青とされるが、飛行機で飛んでいるとき、周りの空気は青いだろうか。私たちは毎日、青い空気を吸っているだろうか。海も通常、青とされるが、そうではない。掬う水は透明だ。どちらも本当は透明なのに、不思議と青と表現される。空と海、すなわち、空気と水という人間にとって最も大切な生命を育むものは、透明で見えないものである。そして、絶えず形を変えている……。

ティール組織を暗示しているのだろうか。

ぜひまずはこれらの本の中から、興味ある一冊を読み、未来の働き方を語り合うことをおすすめする。
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