この連載では、多摩大学大学院のキーコンセプトである「イノベーターシップ」について述べている。今回は、その5つの力のうちの「突破力」について。
第4回 イノベーターシップは「知的体育会系」:突破力
明るい未来を構想し、それを実現するためにはまず、経験と洞察からなる実践的な知恵(実践知:Practical Wisdom)で道筋を立て、戦略的にかつ現実的に動かなくてはならない。しかしそれでもハードルは決して低くはない。そのハードルを乗り越えていくのが「突破力」だ。


例えば、理想を現実へと転換する際の壁はいくつもある。ヒト・モノ・カネなどのリソースがない。時間もない。これらの「リソース不足」はよくある壁だが、たいていは言い訳にすぎない。今や、クラウドソーシングやクラウドファンディングもあり、リソース不足を乗り越えやすい時代なのだから。

では、残された大きな壁とは何だろうか。それは「しがらみ」だ。しがらみとは、過去の経緯、利権、社会構造、人間関係、権力争い、面子、文化的背景など、それを壊すことがはばかられるもの、関係者を説得するのに多大な工数がかかると思われるもの、と言っていいだろう。既存のビジネス構造ががっちりできあがってしまっているので、それを壊してまで新たなエコシステムを構築できるのか、いくらリソースがあっても、気持ちが重くなって、手が出ない。消費者が望んでいても、社員が望んでいても諦めるしかない不条理の塊、それが「しがらみ」だ。

しかし、前へ進むためには、「しがらみ」との戦いを避けては通れない。そして世の中では絶対に崩れないと思われていた壁に立ち向かい、結果的にその壁自体が崩壊するのを私たちは見てきている。ヤマト運輸(配達は郵便局、という壁)、アマゾン(本は書店で買う、という壁)、セブン銀行(ATM使用は金融機関、という壁)、獺祭(大吟醸酒は量産できない、という日本酒業界の壁)など、世の中に多大なメリットを生み出している企業はその最たる例であろう。また企業の内部では、部署間の壁を崩す大胆な部門間ローテーション、これまでの価値観や文化を壊す抜擢人事やダイバーシティ人事、部門の牙城・聖域と思われていたしくみへの切り込み(系列の解体など)も行われている。

これらを成し遂げる力は、もはや単なるリーダーシップではない。「実践知」をもって、価値観や志を明確にした理念の対決に勝つ必要がある。自ら動きながら知恵を働かせ、知的闘争に打ち勝つことができる「知的体育会系」がイノベーターシップの流儀であり、右か左かを問い、「しがらみ」をぶち破っていく「突破力」がその核である。イノベーターシップとは、小倉昌男、ジェフ・ベゾス、鈴木敏文らが発揮した力だ。やると決めたら揺るがない決断力。そのような縦横無尽な力を発揮するのは骨の折れる仕事であり、抵抗勢力に潰されるリスクは高いし、社員が様子見を決め込んでついてこないことも想定される。それゆえ、「しがらみ」を突破する力とは、自分自身の「思い力」そのものだと言っていい。

また、社会的なしがらみはリアルな場合が多いが、組織内の「しがらみ」は幻想の場合もある。だれもノーとは言っていなのにもかかわらず、だれも手を出さない聖域と言われるものがそうだ。ノーネクタイのカジュアルな服装は許されないというオフィス風景や、社内で「さんづけ」ではなく役職名で呼び合うことなどの卑近な例も、そうしなくてはいけないというルールはどこにもないにもかかわらず、皆がそうしているというだけで守られてきた。「それは組織の規律を守るためだ」というもっともらしい理由がついて、それを守らないといけないという風潮さえあった。しかし、より合理的に考えると、カジュアルな服装も、「さんづけ」もその方が理に適っていたから浸透してきたのである。

こういった目に見えない「しがらみ」は、誰かが常識を疑って毅然とした態度をとらねば、だれも手を突っ込まない領域だ。そこに手を突っ込むのがイノベーターシップの発揮というものだ。「しがらみ」に囚われているのは自己保身の裏返しだからかもしれない。自分自身のつい弱気になってしまう心の壁を崩す突破力も重要だ。
「しがらみ」の解体は同時に、「人の話を聞く」ということでもある。それに囚われている人々の現実の生の声を聞き、仲間に引き入れていく必要がある。彼らこそが、最も現実を変えたいと思っている可能性があるからだ。これまでの挫折経験や苦い思い出によって、あきらめているだけかもしれない。彼らの心に火を点け、味方につけることが重要だ。
突破力のカギは以下の3点だ。
①「しがらみ」に挑む自分の立ち位置を明確にする決断力
・変化を阻む社会的なしがらみを察知しているか?
・変化を阻む組織内の「しがらみ」、組織内のおかしな常識を察知しているか?
・「しがらみ」が蔓延した背景・歴史を分析しているか?
・自分は、その「しがらみ」にどう対処するべきか、立ち位置を決めているか?

②大きな目的は維持しつつも現実を直視して粘り抜く度量

・障害があってもあきらめずに別の方策を考えているか?
・一人で悩まずに相談できる仲間がいるか?
・フレームワーク思考を駆使して、仮説の設定やオプションの想定など打ち手を豊富に持てるか?

③人の話を聞いて自説にこだわらずに仲間に引き入れる柔軟性

・自分から話すだけではなく、人の話を聞くことを意識しているか?
・人の話から学ぼうとしているか?
・人の話を聞いて、自分の考えを修正したり、共創したりすることが楽しいか?

 これらの3点をふまえて、まず身の回りの「しがらみ」を察知して、イノベーターシップを磨いてほしい。こうした突破力を身に着けることは、すなわち自分の真の行動力を高めることであり、経験を整理してこそ得られる自信が重要になる。そういった自信を得るためにも、イノベーターシップを標榜する多摩大学大学院で学び知の再武装を試みてほしい。
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