今回は、その五徳の中から、まず、最初に「智」について理解を深めるとともに、「智」を持つリーダーとはどういうものかを、解説したいと思います。
智とは何か
「事をなさんとすれば、智と勇と仁を蓄えねばならぬ」(坂本龍馬)「智」を、まず、広辞苑で確認してみると、
①“物事を理解し、是非・善悪を弁別する心の作用。「智仁勇・智慧(ちえ)・才智」”
②“賢いこと。ものしり。「知者・智将」”
③“はかりごと。「智謀」”
とあります。
一方、 孫子の兵法から学べる「智」とは、
①知性:物事を正しく理解するための方法と、そこで得た情報を効果的に使うことができる。
②理解力:物事の本質を理解する(虚実を見極める)ことができる。
③判断力:正しく理解した上で、それを評価し、選択することができる。
となっています。
孫子の兵法では、「智」について、単に定義だけでなく分かりやすく具体的な内容が記されています。たとえば、九変篇では、相手のリーダーの特徴を知り、それに対応するように言っています。また、作戦篇でも、むやみに戦わず、どんな利益があり、何が犠牲になるのかを見極めていくことが重要であると言っています。
このように、孫子は、メリットとデメリット、利益と犠牲、両方の視点を持って思考することや、部分的ではなく総合的な思考の必要性を述べており、これらを十分に検討してから正しい判断を行い、さらに、具体的な戦略へと考えることが「智」であると説いています。
物事を正しく理解する
優れたリーダーは、物事を正しく理解しています。これは非常に重要で、「智」の基本と言えます。ですが、「物事を正しく理解する」ということは、簡単なようでいて、難しいのです。物事を正しく理解するためには、情報の、正確さ、新鮮さ、そして質と量が必要です。特に、事実を知る際、それが事実なのか、それとも、単なる意見・感想なのかを見極めなければなりません。たとえば、「この1、2年で、外国人が日本にも増えてきたので喜ばしいことだ」、「この1、2年で、外国人が日本にも増えてきたので言葉の問題が深刻化している」という話を聞いて、それを事実と認識するのか、それとも意見・感想と認識するのか。こういった場合、リーダーは、どちらであるのかを意識して、話の内容を咀嚼しなければなりません。また、会議などの報告の場では、事実を報告してから意見を言うなどのルールを設けてもいいでしょう。
利と害の両面を必ず思考する
リーダーとして情報を入手するときや思考するときには、一方的な視点ではなく、両方の視点を検討する必要があります。メリットとデメリット、利益と損害、有利と不利、自分の視点と相手の視点、と言ったように表裏で考えることを「両面思考」と言います。両面思考は、リーダーにとって正しい判断をするために必要な能力です。たとえば、リーダーとして事業部戦略を立てていくといったときにも、両面思考が必要となるでしょう。また、リーダーがなんらかの思い込みをもっている場合でも、この両面思考でその思い込みに気づくことができます。そのほか、他者から報告を受ける際などに、その人に依存した内容が含まれていたとしても、話の本質を見抜くことができるのです。
両面思考をする際のポイントとして、
◆部下の報告は、自分に都合のいいものしかしないので、報告を表面的に捉えるだけでなく、
報告しない内容にも注意をしてみる。
◆自分だけの考えだけでなく、相手の考えも考慮してみる。
◆勢いがあるときは、大胆な策になりやすいので、細心の策も併せて考えてみる。
◆強み・長所を検討するとき、弱み・短所も併せて検討してみる。
◆有利な条件を考えるときは、必ず、不利な条件も併せて考えてみる。
◆賛成派の意見を理解したら、反対派の意見も理解することができる。
◆新規事業の戦略を検討するときは、撤退条件・基準についても検討をしておく。
「智」があるリーダーは、このような両面思考ができます。この能力があることによって、リーダーとして判断をする際に、適切な判断をすることができるようになります。
有利な状況にあっても、不利なことを見つけ出し、また、不利な状況にあっても、有利なことを見つけ出すことができる、いわゆる「ピンチをチャンスだと考える」ことができるのも、この「智」による両面思考の能力です。
本質を見抜くためには
両面思考は、物事の本質を見極めるための第一歩です。視点や角度を変えていくことで、本質を捉えることが可能となるからです。ただし注意も必要です。相反する両方の情報、意見、状況が理解できたとしても、リーダー自身がそれを理解するにあたり、なかなか客観的になれない場合があります。また、強く残った印象に引きずられたりすると、本質が見えなくなったり、分からなくなることがあります。両面思考をしていても、本質を見抜くことができない場合もあるのです。物事を正しく理解するためには、平常心を保ちつつ、思い込みや感情的な気持ちを抑え、多数派意見にも左右されない意識が求められます。
孫子は、リーダーとして「智」を働かせる場合、感情移入があると、その判断を誤らせる危険があることも説いています。
本質を見抜くためには、
◆感情移入をしないで、両面思考する。
◆さらに、別の角度、視点も検討する。
◆客観的に、印象に引きずられることなく検討する。
◆多数が正しいとは限らない。
◆根拠を確かめてみる。
本質を見抜くことができれば、リーダーとして正しく判断することができるようになります。
少ない情報でも判断するために
物事の本質を理解し、知識も増し、状況を理解できるようになったとしても、これだけでは、リーダーシップが発揮されたとは言えません。集めた情報を、さらに、整理・分析し、判断し、目標達成のための戦略を策定することができなければなりません。誤った情報は、誤った判断につながり、結果、誤った戦略で戦うことになってしまいます。ですから、本質を突いた正しい情報を集めたら、それを整理して、分析を行います。分析とは、現状分析であり、状況分析、推移分析、時には、相手の心理をも分析することを言います。ただし、分析をするにしても、判断をするにしても、情報が100パーセント揃っているとは限りません。むしろ、100パーセント揃っていない状況で、リーダーとして判断をしなければならない場合の方が多いのではないでしょうか。
たとえば、非常時の場合などです。地震を含めた自然災害、非常事態、緊急事態などの100パーセントの情報が集まらない状況でも、リーダーにはタイムリーな行動が求められます。70パーセントの情報しか集まらなかったとしても、適切に判断をしなければなりません。
「情報が70パーセントだったため、正しい判断ができませんでした」と、弁解するようなリーダーは、できるリーダーと言えるでしょうか。
米国大学でのMBA講義で、リーダーの資質をテーマにしたものがあります。そのテーマは、「正しい判断をするためのリーダーの能力について」です。情報がたとえ50~70パーセントであっても、分析能力があれば、それを補完することができると言うのです。
この講義では、正しく状況分析できれば、完璧な情報が揃っていなくても、正しく判断することは可能である、と言っています。
このような背景から、米国での状況分析のビジネス研修のひとつに、Foresight Training(フォーサイト・トレーニング:未来洞察力養成トレーニング)があります。研修として10年以上の歴史があり、現在、米国で流行っている研修の一つでもあります。これは、少ない情報を頼りに、来る将来を洞察するための科学的要素と心理学要素を取り入れた研修です。つまり、洞察力を応用した研修ですね。
このように、リーダーは少ない情報しか持ち得なくても、それを分析・未来洞察し、タイムリーに、判断を下さなければなりません。少ない情報でも、本質を見抜いて、感情移入せず、判断することができるリーダーこそ、できるリーダーと言えると思います。
判断とは選択すること
リーダーは、結果に対して常にその責任が問われます。たとえ、情報を集めて、判断するところまでのプロセスが完璧であったとしても、最後の判断の場面で、それを誤ってしまうと、当然のことながら、求める結果は出てきません。判断する場においては、選択する能力が求められています。
本質を見極め、分析し、未来洞察ができたとしても、最後の選択を間違えてしまうと結果もそれなりにしかならないでしょう。 二者選択だけではありません。3つ以上の複数の選択肢の中から最善のものを選ばなくてはいけないことも多々あります。
いずれの場合も、それぞれの選択肢について、その価値を評価することが求められます。
たとえば、人を採用する、提案や計画を採用する場面は日常的にあるでしょう。そこで、
採用するか採用しないか、実行するか実行しないか。実行した場合と実行しなかった場合それぞれを想定して、高く評価できる方を選択することができれば、正しい判断ができたといえるのです。この時の評価の基準となるのは、リーダーの大切にしている価値観であったり、信条、役割などです。企業の場合は、理念やビジョン、ルールや方針、事業目標や計画が、選択肢を評価をするときの軸であり、基準となります。
次回の第3回は、五徳の「信」について理解を深めたいと思います。
- 1