前回は、優れたリーダーとなるための条件を「仁」の紹介とともに解説させていただきました。リーダーというと厳しい面が目立つかもしれませんが、部下を思いやる心も同時に備えておかなければならないことを理解していただけたかと思います。
今回も引き続き孫子(孫武)の兵法から、五徳の四番目「勇」の意味とその本質について、理解を深めていきます。
今回も引き続き孫子(孫武)の兵法から、五徳の四番目「勇」の意味とその本質について、理解を深めていきます。
勇とは何か
「勇」を、まず広辞苑で確認してみると、①いさましいこと、力量がすぐれて強いこと、心が強く物事に恐れないこと
②思いきりのよいこと、いさぎよいこと
とあります。
そして、孫子の兵法から学べる「勇」とは、
①勇気:不安や恐怖、躊躇(ちゅうちょ)あるいは恥を恐れる事なく、自分の信念に向かっていく積極的で強い意気込みのこと。他人に対して勇気を与えられること。
②決断:はっきりとした自分の信念や責任によって判断し、決定すること。
③責任:自分の言動に対して責任を果たそうとすること。
となっています。
一方、孔子の教えを説いた四書のひとつ「論語」には「智の人は惑わず、仁の人は憂えず、勇の人は恐れず」とあり、これは「知者は事をなすにあたって少しも迷わない。仁者はくよくよ心配しない。勇者は何が起きても恐れる(臆する)ことがない」ということを意味します。
前回ご説明したように、孫子は孔子の思想を強く受けていると考えられ、前述の内容から、孫子が兵法の中で呼んだ「将」と、孔子が論語で呼んだ「勇者」は、同じ「徳のあるリーダー」を指していることがわかります。
孫子は勇について述べる際、最初に「義を見てせざるは勇無きなり(人としてなすべきことと知りながら、それを実行しないのは勇気がないからである)」と述べています。孫子は自分の信念に向かっていく積極的で強い意気込みを勇とし、かつ実行することをよしとしました。
また、自分自身だけでなく部下にも勇気を与えることができる者が、本物の勇気を持つ優れたリーダーだと言っています。部下から「このリーダーの判断は優れている。優れた理由のもと決断しているので必ず成功するに違いない。」「このリーダーからチャレンジすることの重要性も必要性も教えてもらった。チャレンジする勇気をもらった。」と、思われるリーダーこそ、真の勇気を持っているといえるのです。
さらに、優れたリーダーに求められることは、戦略に基づいた計画通りの成果を出すことであり、結果が出せないリーダーはリーダーではない、とも言っています。当然のことながら、結果を出すためには、目標に向かってどのような戦略を立て、実行すればよいのかを熟考する力が必要です。
戦略を行う際、重要な条件とは何かを考えてみたいと思います。
天・地・人と勇気
孟子の有名な言葉に、こういうものがあります。「天の時は地の利に如(し)かず。地の利は人の和に如(し)かず。」
天の時(タイミング)は地の利(自分たちが置かれている状況)に勝ることはない、地の利は人の和(組織の中の団結力)に勝ることはない。天の時、地の利が揃っていても、組織の強さが欠けていては、決して勝てないという意味です。
勇を持つリーダーは、これらの「天・地・人」の1つでも条件が欠けると判断したならば、戦略を決して実行しません。「実施しない判断を下すことができる」ことも優れたリーダーの重要な条件です。
また、兵法の九変編に、「将に五危あり」という章があります。リーダーに5つの危機が襲った時の心理状態とその対応方法について説いたもので、その中に「死を必するは殺すべし(必死の覚悟も過ぎれば思考力が鈍る)」とあります。死を恐れない心理状態というのは、勇気を持っていると捉えることもできますが、無謀な挑戦をしてしまい、悪い結果を招くことになりかねません。いま自分の持つ勇気が、真の勇気なのか、それとも無謀な勇気なのか、本人自身がいかなる状況でも冷静に見極められるかどうか、それが優れたリーダーかどうかの大きな分かれ目です。
決断できるリーダーとは
人は1日に約10万回の判断をし、さらに約4万回の決断をしているといわれています。もちろん大半は無意識に脳が処理していますが、ここではリーダーとしての決断に焦点をあててみたいと思います。春秋戦国時代の戦争の中には、速戦即決の戦いがあります。「柏挙(はくきょ)城の戦い」がそれにあたります。
紀元前506年、孫子が呉軍の軍師として大将軍として迎えられ大きな成果を挙げた決戦ですが、この戦いで楚軍20万に対し呉軍はわずか3万で挑み、見事に柏挙城を落としました。楚と呉は隣国で、呉は強国の楚にそれまで勝ったことがありませんでした。
柏挙で敗れた楚軍は撤退しますが、その途中、反撃に転じます。楚の将軍・無咎(むきゅう)は自軍の退路を断ち、 “背水の陣”で呉軍に挑むことを決めたのです。
これに対して孫子は、正面対決を避け、十里後退という決断をしました。無咎の覚悟で楚軍が奮起し、正面対決をしても勝てないと悟ったのです。そこで一度後退し、相手の士気をさげさせるだけでなく、混乱をさせる策まで周到に判断し、決行しました。決断するまでの時間は十分とはいえない中で、数万の兵の命がかかった大きな決断です。
“背水の陣 ”と言えば、中国の史記『淮陰侯伝』の故事の紹介が有名ですが、実はこの戦いから約300年前に、楚軍の無咎がすでにこの布陣を実行していました。ただし、優れた勇をもつ孫子に見事に見抜かれてしまったので、結果、勝利を得ることはできませんでした。
リーダーとして、決断の際に重要なことをこの戦いから学ぶことができます。
リーダーの判断が会社を大きく左右します。誤った決断は危機を招き、タイムリーな正しい決断は、会社の繁栄につながります。重要なのは、決断のその先の展開まで読むことができるか、決断がうまくいった場合、また、うまくいかなかった場合のことも検討できるか、さらに、うまくいった後に成功を確実にできるか、という未来を考える思考力です。
決断をするだけでも、非常に大きな勇気が必要です。しかし、もっと上をいくためには、孫子が検討したような思考が求められるのかもしれません。
2つの責任
孫子の孫である孫びんは、兵法の将義篇に、“将は以って義ならざるべからず”と記し、リーダーには、義、仁、徳、信、智、決の六つの条件が必要だと言っています。はっきりとリーダーには決断が必須と述べているのです。決断と責任とはセットです。決断するけど責任は取らない、というリーダーは不要でしょう。決断とは自由に選択できる状況、状態、役割において行うことができる特権です。しかし、この特権には責任が伴います。責任とは、自分の言動に対するものですが、一般的には英語のcommitmentやresponsibilityといった契約や宣言、義務に対する責任の意味で使用します。
欧米では、さらにもうひとつの責任が伴います。それは、accountabilityです。リーダーとしての義務によって生じる説明責任というものです。
リーダーは、他者への説明責任と言動に対する結果責任が伴います。結果責任は、一般的には損失補てん、賠償、始末書や減給、降格、辞退、退職などを伴う場合が多々あります。結果責任の理解は問題ないかと思いますが、意外にも説明責任は理解されていないようです。
説明責任とは、結果に対する説明は当然ながら、その過程の出来事、行動、意志決定の方法などを、関係者に適切に分かりやすく丁寧に説明する責任のことです。説明しなければならない内容は、関係者、社内ルール、既成概念、判断基準、製品の安全性、リーダーとしての認識、程度や判断の時期等、多岐にわたります。
何か不祥事が起きた時、リーダーからの説明を聞いていても不明確な内容であったり、理解しがたい内容であったりします。ひどい場合は、自分も知らなかったと他人事のように説明するリーダーもいます。とりあえず説明したから、といって説明責任を果たした、とは言えません。重要なのは、伝える説明ではなく、伝わる説明です。
孫子が柏挙城の戦いで後退の判断について呉王闔閭(こうりょ)から説明を求められたとき、王でも分かる言葉で伝わる説明を行いました。説明責任を果たしているからこそ、王も大将軍の命令に同意したのです。
今回、「勇」で学んだように、リーダーは自分の役割、責任を果たすために、勇気を持って決断することの大切さが求められます。この勇気も責任も決断することも、生まれ持った能力というより、経験から自覚し、徐々に習得することができる能力です。修羅場の経験を多く踏んだ者、しかもそれを乗り越えてきた者こそ、この能力を得られるのではないでしょうか。
次回、最終回である第6回は、優れたリーダーの条件である「智、信、仁、勇、厳」の中から「厳」について理解を深めたいと思います。
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