創立105 年を迎えたイノベーティブカンパニーIBMは、1世紀を超える歴史の中で、ビジネスの軸足をハードウェアからサービス、コンサルティング、更にモバイルや、クラウド、コグニティブへ移してきた。それと並行して組織や人の働き方もドラスティックに変革、現代のニーズに合った先進的な人事制度を導入してきたことで知られている。
第3回 IBM の人事変革事例
2012年、クラウド技術とコンサルティングを組み合わせた人材募集・人材管理ソリューションを提供するリーディングカンパニーKenexa(ケネクサ)を買収した同社は、自社の採用やリーダーの育成に統合的タレントマネジメントシステムKenexa を活用した取り組みをスタートさせた。
第3 回目となるこの対談では、人事リクルートメント担当の部長である花田尚美氏に人事変革、リーダー育成、評価、採用業務などにテクノロジーをどのように活用しているのか、具体的な事例についてお話を伺った。

2001年から人事施策もグローバルで統一

第3回 IBM の人事変革事例
寺澤 今回はIBMの人事に関する取り組みや変革事例をお伺いしたいと思います。貴社は1990年代からビジネス・トランスフォーメーションの一環として、人事変革に取り組まれてきました。まず、変革の背景と、どのように戦略を立て、具体的に何をされてきたのかお聞かせいただけますか。

花田 当社ではインターナショナルからマルチナショナル、そしてグローバルという組織の変遷があり、人事戦略もそれに沿って展開してきました。第一段階のインターナショナルの時代は、アメリカ本社からの指示に基づくオペレーションで、基本的に本社が各国の人事施策をリードしていました。その次の段階として多国籍、マルチナショナルに移行しました。各国への権限委譲が進み、本社機能が各国に委譲された時代です。人事制度や給与の仕組みなども大部分を日本で策定するようになり、他社をベンチマークしながら、日本の商慣習にあう手当や昇給の仕組みなどユニークなものを構築し運用していました。

その後2001年、世界中に展開する企業拠点をひとつの会社とみなし、統合、最適化するGIE(Globally Integrated Enterprise)に大きく舵が取られました。GIEは分散化された経営資源を常に最適化した状態に保ち、地球規模での需要予測、供給管理、最適生産を可能とするグローバル企業のあるべき姿です。

人事機能も最適化がすすみ、日本の国の枠を越え統合、移行されていきました。これに伴い、施策もグローバルで統一され、世界中同一の人事制度が展開されるに至ったのです。たとえば、先述の給与制度はグローバルで統一後、あっという間に世界中で同じタイミングで同じプロセスが展開されるようになりましたし、オペレーション面でも、機能別に中国やマレーシアに統合されるなど、適材適所での資源の最適化が進みました。

私が担当している採用部門も、機能の一部がマレーシアに統合されワンチームで協業しています。日々の連携からGIEを痛感しています。私たち人事部門のミッションは、世界中のIBM社員がゴールを共有し、高いモチベーションで能力を最大限に活用し、もっとも必要とされる存在となり、よりよい世界を作るビジネスへの貢献を支援することだと認識しています。

寺澤 日本の企業もそういうやり方を導入しようと考えるところはあるのですが、実際には実現へのハードルが相当高いと聞いています。IBMでも社員の意識を変えたり、変革を浸透させるにあたって難しさがあったと思うのですが、それをどうやって乗り越え、克服されてきたのでしょうか。

花田 当社では、議論を重ねてゴールを策定するとともに、決まったゴールは絶対に達成するという「コミットメントのDNA」が染み付いています。また、「象を食べるときは小さくしてから」というように、すべてを一度に行うのではなく、大きなことを達成するために、グローバルでタスクチームが構成され、徹底的に議論します。戦略が施策になった段階で一度に展開するのではなく、パイロット展開してPDCAで数々の改善を経てグローバルで展開しています。グローバル展開のための課題を迅速に検証して、ほぼ完成形へ仕上げていきます。ゆえに社員からも納得感が得られるのだと思います。

例えば、これまで社員が海外赴任する際の手続きをサポートするチームが各国にあったのですが、その機能をフィリピンに統合しました。すると、アメリカへ赴任するときのビザは日本人だろうが中国人だろうが、フィリピンからサポートされるようになりました。当初各国の社員から、「サービスレベルが低下した」とか、「担当者が近くにいないのは不便」などのクレームが発生しました。
「今は少し不便があるかもしれないが、サービスクオリティを上げるために協力してください。みなさんの意見やフィードバックであるべき形に近づけましょう」とゴールを共有したところ、納得が得られました。
ゴールをめざすために、個人個人が課題解決を意識して対応すれば、目指すべき姿が実現してきます。このようにプロセスと組織の進化を目の当たりにしてきました。

リーダー育成はグローバルなネットワークづくりが鍵に

第3回 IBM の人事変革事例


寺澤 なるほど。そうして改革を一歩一歩着実に前に進めていくのですね。
次にリーダーの育成について伺いたいと思います。IBMはリーダー人材育成にも積極的に取り組まれていますが、どのようにリーダー人材を見極め、育成されているのでしょうか。また、貴社はIBM Watsonにも代表されるように、人工知能やビッグデータの活用にも力を入れていらっしゃいます。リーダー育成に関してテクノロジーを活用されている局面があれば、それも併せてご説明いただけますか。

花田 タレントマネジメントもグローバルレベルで管理されています。サクセッションプランや育成プログラムもグローバルで共有され、密接に連携されています。全社員の人事情報がタレントシステムで一元管理されていますのでリーダー候補の育成として「次にアメリカのこのポジションをチャレンジしてもらったらどうか」とか、「シンガポールのポジションのほうが適切ではないか」などのコミュニケーションを可能にします。
一人ひとりの社員の能力、経験、スキルが可視化されていることに加え、ポジションが空くタイミングが共有されるため、タイムリーなアサイメントをサポートします。 インドで採用マネージャーを探しているとき、海外勤務を希望している私の名前が候補者として議論される可能性があるということです。明日電話インタビューの要請が舞い込んでくることだってあるんです。

寺澤 社員一人ひとりの適性をきめ細かく把握するのは、大企業の場合、人力だけではどうしても限界がありますからね。それで、精度を高めていくために ITの力を活用しているわけですね。では、 IBMではどのような人をリーダーとみなし、育成しているのですか。

花田  IBMの求めるリーダー像として、最近では、 Agile, Disrupt, Provocativeという単語をよく耳にします。
それぞれ、機敏、破壊、挑戦的、という意味ですが、まるでベンチャー企業のようですよね。失敗を恐れず、新しいことに素早くどんどんチャレンジするリーダーシップが求められています。トランスフォーメーションを率先垂範する「変革型リーダーシップ」が新しい時代をリードするために必要な要件として定義され、多くの研修が開発され、世界中のリーダーのサクセスストーリーが紹介されています。
ビジネスを取り巻く環境が激変して、新しいアイデアが世界をどんどん変革している中、お客様の潜在ニーズを先読みして誰よりも早く動くために、必要なリーダーシップが変遷してきているということですね。
リーダーポテンシャルのある人材には、さまざまな機会が提供されます。 “Leader develop leaders”という概念のもと、採用、育成、配置、評価はすべて上司の権限に委ねられています。次世代育成のノミネーションや各種機会への推薦も原則上司が行います。グローバルの育成プログラムに参加して世界中の優秀な社員や、高いポジションのリーダーとの交流や新しい考えに触れる機会も多く、キャリアや人間としての成長を加速させます。他の国のメンターがアサインされることもあり、グローバルネットワークの活用が奨励されています。多様で刺激的な関係は学びを加速します。
このように重要な任務を担うマネージャー教育も徹底しています。就任時よりマネージャー研修やコミュニティ参画の機会が数多く提供され、ポジションが上がる都度、同様の研修やネットワーキングの機会が提供されます。エグゼクティブに就任後は Armonkの本社で全世界の同期エグゼクティブが集まる研修があります。研修というよりセレブレーションと相互に学び称え合う機会の提供ですね。

今年から劇的に変わった評価制度

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寺澤 評価制度が最近変わったと伺いました。

花田 はい、今年から「チェックポイント」という新しい評価制度が導入されました。新制度では、社員は、従来より短期間のゴールを設定し結果にコミットします。上長はできるだけ頻繁に成果に対してフィードバックを実施し、必要なサポートを提供します。年度末にはビジネス貢献、イノベーションなど 5つの側面で、最終評価を受ける仕組みになっています。この評価制度も社員の声を吸いあげて構築されました。

寺澤 半年とか一年といった長期スパンで評価するのではなく、短期でフィードバックして行動をあるべきものに修正していくというわけですね。ビジネス環境が激変する時代の働き方にフィットしているように思います。

花田 そうですね。特にミレニアル世代(1980年以降生まれ)は常にフィードバックを求めていると言われていますので、ワークフォースの主流になりつつある彼らの活躍を促進するためにも正しい制度であると思います。
それから、最近の傾向としてコーチングカルチャーが奨励されています。日々のコミュニケーションでのコーチングに加え、モバイルでお互いにフィードバックし合える社内アプリが開発されています。
例えば、先日、とあるミーティングで話をする機会があったのですが、終了と同時にある若手社員から「内容はよかったけれど、早口すぎる。中身が分かっている人には伝わるが、初めて聞く自分には伝わりにくい」と、タイムリーかつ適切なコメントをもらいチクリと有難かったです。(笑)
アプリの活用により、360度からのフィードバックが可能になると期待しています。若手世代は面と向かって話すよりテキストメッセ-ジの方が抵抗が低いようですので、フィードバック /コーチングカルチャーの拡散には有効です。

寺澤 コーチングカルチャーの風土が、テクノロジーの力を借りてやりやすくなっている。そのデータを蓄積することによって、全体的な育成方針を立てるのにも活用できるし、本人たちにとっても役立つ情報の蓄積がなされているということですね。

IBM Watson、Kenexaを活用した採用の仕組み

寺澤 では次に採用について伺いたいと思います。テクノロジーを活用して、IBMが求める人材をどう採用しているのか、お聞かせいただけますか。

花田 新卒採用では、書類審査と面接を実施しています。エントリーシートの他に行動特性を診断するテストを導入しています。IBMで活躍するために必要な行動特性を社員のデータとあわせて診断するもので、世界統一基準で実施しています。

寺澤 その分析は人工知能、IBM Watsonがやっていると考えてよろしいでしょうか。

花田 はい、IBM Watsonを活用しています。

寺澤 それはいったん出来上がったら終わりではなく、IBM Watsonが自ら学んでより良いものになっていくのでしょうか。

花田 そうですね。結果を IBM Watsonが学習しどんどん進化していきます。行動特性テストの結果と面接結果の相関も検証しています。
最近、IBM Watsonを活用した“Find yourfit(ファインド・ユア・フィット)”が導入されました。履歴書を入れるとそれを解析して、「あなたにはこういう仕事が向いている」という答えがでてくるものです。ある社員が試しに匿名でオバマ大統領の履歴書を入れてみたところ、「最高レベルのリーダーになるべき人材」とでてきたとのことです。社員は全員トライできる環境にあります。日本語化の実現も進んでおり、採用活動への導入も遠くないと期待しています。

寺澤 採用に当たってKenexaをどの段階でどう活用しているのですか。

花田 Kenexaの採用管理機能でend to endの採用プロセスを管理しています。キャリア採用では、職務定義書(ジョブ・ディスクリプション)と求める人材像が開示されていますので、ポジションに興味を持ってくださった方に直接応募いただけます。Kenexaツールから面談のスケジュールや結果のフィードバックなどすべてをリードしてくれるため大変便利です。

寺澤 その後の採用過程や入社後の管理もできるのですか。

花田 そうですね。応募時から、内定、入社されて暫くの間の状況を Kenexaがみています。 Onboardingという機能からは、「 Welcome toIBM」メッセージが配信され、入社前の心構えや、ビジネス状況、組織構成、リーダーのビデオメッセージなど、入社前に見て頂きたい情報をお送りしています。
また、入社後の状況確認機能も充実しています。一人ひとりにメール送信したり、新メンバーに IBMで一日も早く活躍いただくための所属長支援なども提供されます。

寺澤 入社後マッチングしているかどうかをウォッチしながら、うまくいっていなければ、異動ということもありうるのですか。

花田 すぐに異動というよりも、好ましくない状況がある場合は、解決に向け部門担当の人事が本人や上司にヒアリングをかけるようにしています。システムでスピーディに課題を抽出しますが、解決策を講じる場面では人が登場します。

テクノロジーの活用でスピード感ある人事変革を実現する

寺澤 人事変革、リーダー育成、評価、採用とお話をお伺いしてきましたが、最新のテクノロジーと人が介在する部分をいかにうまく組み合わせるかが重要だということが分かりました。

花田 すばらしいシステムや人工知能があったとしても、人事の問題を全て解決することはもちろんできません。課題の本質を見極め、ビジネスが目指す方向性と合致する人事戦略実現のためには、社員の思いや要望に耳を傾け、理解と支援を得て前に進めるカルチャーを醸成することが重要です。
一方、変化の激しいビジネス環境に合わせて、スピーディに人事変革を実現していくためには、最新のテクノロジーを駆使したタレントマネジメントシステムやコグニティブ(認知機能)によるソリューション提案が大きな手助けとなります。これからの人事部門は、こうしたテクノロジーを適切に使いこなすリテラシーがますます必要になってきますね。

寺澤 今日は人事の未来を想像するうえで興味深いお話をたくさん伺うことができました。ありがとうございました。
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