文化背景にも影響される表情の違い

稲垣:すごい世界があるんですね。改めて簡単に「微表情」についてご説明いただけますか。

清水:「微表情」とは抑制された感情が無意識のうちに現れては消え去る微細な顔の動きです。発見されたのは1960年代。表情から自殺願望があるかどうか調べたところから始まっています。

メアリーさんという方に自殺願望があって強制的に入院させられたんですね。入院した時に主治医の先生に、私はもう回復したから退院させてほしいと。主治医の先生が退院したら何をしたいですかって言ったら、メアリーさんは夫に料理を作ってあげたいわとか、子供を車で学校に送り迎えしてあげたいわって未来について明るく話すんですが、主治医は何かがおかしいと思ったんです、違和感があると。とりあえず今回は見送りです、退院できません、もうちょっと待ってくださいってことで終わったんですけど、この違和感はなんだろうってその先生は考えたんですね。実はメアリーさんがしゃべっているシーンを撮影していたので、ポール・エクマンらがその動画を分析するんです。何があるんだろう。メアリーさんの表情をずっと分析をしていてもニコニコ笑っているだけで何も違和感を抱かないんですね。たまたま、1コマ1コマ止めて分析したところ、一瞬だけ悲しい表情、苦悶の表情が現れるんです。それが当時0.2秒といわれていました。抑制された感情がこういうふうに瞬間的に漏れでるのかなというのがエクマンの着想ですね。

そこから微表情という存在があると言われ始めて、2000年代に実験で、自殺願望のある人や嘘をついている犯罪者の顔から、現実の世界にも微表情はあるということが分かったんです。その実験によると微表情は0.2秒じゃなくて0.5秒くらい出る。前からいわれている0.2秒よりはちょっと長い秒数だけど確かにあることがわかっています。

稲垣:例えば私は、今日清水さんの話を聞いて途中で多分、えーって何度も言っています(笑)。このえーっていう表情は、0.5秒じゃなくて1秒~2秒ぐらいですが、これは微表情と呼ばないということですか。

清水:そうですね。普通の表情のことを「マクロ表情」といい、これは0.5秒間~5秒間ほど続く表情です。微表情は「マイクロ表情」といって、0.5秒以下の現象です。抑制されて感情を隠すと感情が現れるのは0.5秒よりも短くなるということですね。それを微表情と呼びます。

稲垣:微表情を読み取ることは難易度が高いとわかりましたが、普通の表情であるマクロ表情を読み取ることも、意外と全員ができることではないような気がしています。特に、国境を越えたコミュニケーションの場合、時に難しくなるのではと感じています。

清水:いろんな民族の方に7つの表情の写真を見せると、正解率にばらつきはあるんですけど、大体当たります。ばらつきがある原因は民族的な原因だったりするのですが、例えば日本人ってアメリカ人に比べて恐怖の表情の読み取り率、認識率が低いんです。日本人は恐怖の表情と驚きの表情を読み違えているんです。驚きの表情と恐怖の表情はちょっと似ているんですね。アメリカ人は恐怖も驚きもちゃんと区別できるんですが、日本人はどうも「恐怖」を「驚き」と取り違える傾向にあるということが分かってるんですね。

稲垣:それはなぜですか。

清水:理由の1つは、単純に日本では恐怖という表情や感情をアメリカ人ほど感じないからじゃないかといわれています。日本は安全だから。面白いエピソードがあるのですが、「目の前の人が自分の後ろを見て恐怖の表情をしていた時、あなたはどう行動しますか」と聞くと、日本人は後ろを振り向く。何があったんだろうと。これは普段恐怖を感じる環境に慣れていないので後ろを確認する余裕があるんですね。しかしアメリカとか犯罪が多いようなところに住んでいる人は、恐怖の表情を見た時に一目散に走って逃げる。もし自分の後ろでナイフを振りかざしている人がいたら、後ろを見た瞬間に手遅れですよね。それに加えて、男性より女性のほうが悲しみの表情の正解率が高かったりもします。

稲垣:女性の方が悲しみを読み取る力が強いということですか。

清水:そうです。いわゆる共感力です。このように、多少、性別や年齢、民族とかでばらつきはありますが、基本的には万国で7つの表情は大体共通しています。稲垣さんは、昔私が出した問題に全問正解しましたね。

稲垣:僕は2014年にインドネシアに移住した時は、インドネシア語はおろか英語もしゃべれない状態でした。言葉で入ってくる情報が少なかったので人とコミュニケーションをとるときは、表情をみる癖がついていて、その能力が鍛えられたんだと思います。清水さんにお会いしたのは2015年に日本に一時帰国した時で、その時に微表情のテストをして頂いたんですよね。あの時は言葉の通じない海外で苦労ばかりでしたが、言葉じゃなくて表情で読み取る力は強い武器になるんだと、自分の語学力のなさを慰めることができました(笑)。
第27話:FBIやピクサー映画も取り入れた「表情を読む力」から学ぶ異文化コミュニケーション

異文化コミュニケーションは、相手を観察することからはじまる

清水:相手を見る、ということはとても大切です。ビジネスシーンでは「考えている表情」が出やすいんですね。考えている表情とは、熟考です。表情としてはいろいろありますが、1番分かりやすいのは眉間にしわを寄せる顔ですね。んーって。この顔って会議や打ち合わせをしているとしょっちゅう現れるんですよ。結構長い時間、2秒、3秒、4秒、5秒と出ているんですね。これって、相手の表情を見ればすぐに、相手は自分の話をちゃんと理解してないなってことに気づけるんですよ。あるいは、今私がしゃべった話に対して、何か自分の頭の中にあるアイデアと結びつけようとしているなとか。とにかく私がその熟考表情を見た時にやるアクションとしては、同じペースでしゃべっちゃいけないのでゆっくり話したり、ブレイクを入れたり、質問は何かありますかと聞いてみたり、つまり、立ち止まることが必要なんですね。この熟考っていう表情は、見れば簡単に分かるんですが、立ち止まることができているケースは結構少ない。

稲垣:それはなぜ少ないんでしょう。

清水:単純に見てないからです。プレゼンをしているとみんな自分のプレゼン資料に目がいっているし、打ち合わせだけじゃなくて営業マンでもいいんですけど、営業マンも自分の商品を売る時に、商品のパンフレットを見ながら説明しているので相手のことは見えてない、見る余裕がない。

稲垣:なるほど。私もリーダーシップトレーニングで重要な要素に「認める」という技術があるんですが、意外と部下の良い部分を発見し認めることが苦手な人は多い。言葉遊びですがその第一歩は「見留める(みとめる)」と話しています。相手を観察する。どんなことに喜びを感じたり悔しさを感じたりしているのか。観察することが大事だと思います。相手の表情を見るコツは、なにかありますか?

清水:異文化コミュニケーションに関しては、重要な表情が2つあるということが研究から分かっています。1つが「怒り」で、もう1つは「嫌悪」ですね。嫌悪は鼻に表されます。臭いものを嗅いだ時に嫌だっていう感じ。海外の環境、いろんな民族がいる環境においてうまく適応できる人間と適応できない人間がいます。

いろいろ検討した結果、表情の観点からいうと1つ違いがありました。うまく溶け込める人っていうのは相手の怒りと嫌悪をちゃんと認識できる人。溶け込めない人は相手の怒りとか嫌悪を認識できない。できないというか認識する能力が低い。もちろん民族が違うということは環境も違うわけですし、文化も宗教も違うことがあるから、いろんな会話をしていく中で相手のタブーに触れてしまうことは当然ありますよね。相手が分かりやすく、それはうちの宗教では言っちゃ駄目だよって言ってくれたらいいですけど、言わない人もいますし、言わない文化もある。日本人は言わないかもしれないし、アジア人は特に言わないかもしれないですね。

その時に、嫌だな、変なことを言われたって嫌悪の顔をしたりとか、ムッとしたりとか、何失礼なこと言っているんだとか、っていうことをちゃんと読み取れれば、自分は今失礼なことを言ってしまった、相手を傷つけることを言ってしまったかもしれないと自分で気づけるんですね。後からでも、なんか変なこと言っちゃったかなとかね。もしくは自分で勉強して、そうかイスラム教ではこういうことを言っちゃいけないんだとか、そういうことが気づけるようになります。だから適応できる。

稲垣:なるほど、確かに全く文化の異なる人と接する際はタブーに触れないということが大事ですよね。

清水:はい。仮にタブーに触れてもそれを察してリカバリーできればよいと思います。
第27話:FBIやピクサー映画も取り入れた「表情を読む力」から学ぶ異文化コミュニケーション

対談を終えて

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