隣接領域のトレンドが、人事領域にも遅行してやって来る
B2Bテック市場のバリューチェーン<図3>
●営業・マーケティング・財務それぞれに特化したSaaS(川上)やBI(川中)が台頭
●川上・川中領域で合従連衡が進む
●川中と川下の業務提携が始まる
2010年代前半までには、川上でホリゾンタル SaaS(業界・業種を問わず、営業・マーケ・財務などの特定職種が使用するSaaS)が台頭し、中には縦方向に領域を飛び越えた M&A も発生しました。日本でも少し遅れて SaaS 市場が形成され、2020年時点では既に約6,000億円の市場に成長しています(※6)。
川中でも同様にホリゾンタルな BIツールが生まれましたが、2010年後半になると川上の有力プレイヤー(SAP、Salesforceなど)による数千億~1兆円規模の M&A で次々に吸収されていきました。人事の領域でも前述の通り、川上ではHCM・HRMなどと呼ばれる統合型のSaaSが台頭していますが、川中の人事領域に特化したホリゾンタル BI や人事領域の一部に特化したBIはまだ生まれたばかりで、多くの企業は労働集約的なアプローチか、汎用BIやデータエンジニア・アナリストの力に頼っている状況です。
川下の領域ではまだ大規模な M&A には至っていないものの、企業のデジタル・トランスフォーメーションを推進するパートナーとして、川中・川下間での業務提携やソリューションの共同開発事例が多数生まれています(※7)。
以上のような合従連衡トレンドは、川中のケイパビリティ(組織的な強み)である多種多様なデータの統合・運用・活用が、川上・川下側で自前構築することが難しいか、時間をお金で買う意味で M&A を行った方が合理的であったことを示唆しています。これは前章で「人事領域でも、川上のSaaSが川中のアナリティクスまで具備することは困難」と考える根拠の1つでもあります。
ちなみに川中では、人事・財務・営業のような管理機能以外のデータ(IoTやECなど)まで対応したホリゾンタル BI が、高い企業価値をつける傾向にあるようです。人事の目的の1つが従業員の well-being(身体的・精神的・社会的な幸福)を高めることにあるとすると、人事データと相性が良い領域に例えば、生体データなどが挙げられるでしょう。
※5 単純化のためBPOなど、労働集約的な市場は極力割愛しています
※6 BOXIL SaaS:SaaS業界レポート2019販売開始 - 国内市場は2023年8,200億円規模へ
https://boxil.jp/mag/a6562/
※7 なおマーケティング領域の川中では、MA(マーケティング・オートメーション)まで一気通貫して提供するプレイヤーも存在します。川下まで侵食することで、従来は広告代理店や広告媒体社のアカウントマネジャーが担っていた業務の一部を代替し始めています。
半歩先のHRテック市場への示唆
ここ5~10年間、人事領域のすぐ外側で起きていた構造変化は、いずれ人事領域にも到達するでしょう。北米では人事の川中に特化したBIが既に生まれています。日本でも「経験や勘だけに捉われない、データに基づくより良い人事の意思決定」のニーズは存在しています。直近では1on1やピアボーナスのように、北米を端緒とした人事のトレンドは、歴史的に数年遅れで日本にも到来していますが、人事の川中のHRテック=ピープルアナリティクス市場も、いずれ同様に到来する可能性は高いと見ています。もちろん、人事部門全体のデータ成熟度・リテラシーを高めたり、供給側では人事データ特有の活用方法を見極めたり、プライバシーポリシーを整備したりするなど、困難な課題は残っています(※8)。しかし需要(企業)・供給側の双方で、人事領域以外で既に蓄積された知見や経験を、人材の還流、技術の移転、連携・協業などの形で融合できれば、「人事の川中のHRテック」市場は早晩形成されるでしょう。そうなれば人事以外の領域と同様に、川上・川中・川下間の連携がデジタルかつシームレスに強まり、企業に対してより高い付加価値を提供できるようになります。
それが具体的に「いつ」なのかを予測することは難しいですが、「どうやって」この構造変化を推進するかは、人事の隣接領域のトレンドや形式知に多大なヒントが眠っています。弊社もその有機的な構造変化の一翼を担っていければと思います。
※8 人事データ特有の難しさは、連載記事の第2回目も参照ください。
《前編》ピープル・アナリティクス = 人財のための財務諸表【2】
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=1955
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