Vol.08

HR総研 先端人事研究「2020 人事新潮流」

グローバル事業を成功に導く人事戦略とは何か〜武田薬品工業に聞く〜

武田薬品工業株式会社 グローバルHR 人材開発・組織開発(日本)ヘッド 赤津恵美子氏

企業を取り巻く環境は大きく変化し、同時に組織や人事に関する施策は変革を迫られている。そのような中、HR総研では、次世代の人事施策のヒントを探るべく、特に先進的な取り組みを行っている日本を代表する企業の人事リーダーに、「人事施策のポイントと事例」、「人事としての学び」、「今後の展望など」をインタビューし、お届けする。今回話を聞いたのは、武田薬品工業株式会社 グローバルHR 人材開発・組織開発(日本)ヘッドの赤津恵美子氏。国内製薬市場縮小という背景や、「優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献すること」というミッションのもと、グローバル展開を加速させている同社では、次世代のグローバルリーダーを育成するために、独自の人事戦略や育成施策を進めてきた。約2年前からその取り組みに携わっているのが、赤津氏である。外資系企業3社で25年以上にわたりキャリアを重ね、広範な人事経験を活かし、同社の人事戦略の実現に貢献している。創業から約240年の歴史を誇るタケダは、昨年1月にシャイアー社を買収・統合し、さらに最適な組織へと変革を進めている。この変革を成功させるために、人事としてどのような取り組みを進めているのだろうか。

創薬で世界中の患者さんのニーズに応えるため、R&Dエンジンとグローバル販売網を強化

まずは御社がなぜグローバル化を本格的に進めるようになったのか、その背景や経緯についてお聞かせください。

赤津世界の製薬市場のデータによると、1994年は日本、アメリカ、ヨーロッパ、新興国の4地域がほぼ同規模の市場でした。しかし、2017年には、アメリカと新興国の市場が金額ベースで約6倍に伸張し、世界市場のそれぞれ4割ずつを占めるようになりました。欧州は3倍強の伸びで世界市場シェアの2割弱、日本は1.6倍の伸びでシェアは7%に後退しました。2025年になると、アメリカと新興国が年間5%ずつ拡大する中、日本は残念ながらマイナス1%の成長になります。こうした予測データを見ると、今後どのような戦略を取るべきかが見えてきます。また、もう一つの大きな理由は、タケダのミッションです。創薬で世界中の患者さんのニーズに応えるには、優れた研究開発力が必要です。そして、生まれた製品を世界中の患者さんにお届けし、次の新薬開発に投資する資金を得て、さらなるアンメットニーズに応えていく。まだ治療薬が開発されていない病気を持つ患者さんのニーズに継続的に応えていくためには、グローバルでの販売力を強化し、R&Dのエンジンを回していくことが重要なのです。

グローバル化を実現させるために、具体的にどのような取り組みをしてこられたのでしょうか?

赤津優れた研究開発力とグローバルでの販売力強化のためM&Aを行ってきました。2008年に世界的バイオベンチャーのミレニアム社を買収し、バイオ医薬品の研究開発力や製品およびパイプラインを得ました。また、2011年には新興国および欧州において強い事業基盤を持つナイコメッド社を買収し、販売網は28カ国から70カ国以上へと拡大しました。さらに2019年には希少疾患領域の医薬品や血漿分画製剤に強みを持つシャイアー社を約6.2兆円で買収し、研究開発力と販売網の両面をさらに強化することができました。売上高は約3兆3,000億円、地域別の売上比率は、おおよそ日本20%、アメリカ50%、欧州およびカナダ20%、新興国10%と、8割以上が海外となっています。

2014年にクリストフ・ウェーバー社長が就任して以来、一層アグレッシブな拡大を続けてこられていますが、ここまで成し遂げられた要因は一体どこにあるとお考えですか?

赤津一番の要因は、やはり社長のリーダーシップでしょう。どんなに良い会社を買収しても、事業が成功するか否かは、結局のところ働いている社員ひとりひとりの働きぶりにかかっています。私がクリストフを素晴らしいと思うのは、「社員を大切に思っています」と口で言うだけでなく、きちんと行動で示すところです。例えば大事なニュースがあるときは、外部に発表する前に必ず社員に共有してくれます。シャイアー買収の際も事前にタウンホールミーティングを実施して、「何でも聞いてください」と買収の理由や目指す姿を率直に話してくれました。こういうことの積み重ねが、社員のやる気や信頼につながっていると思います。
また、クリストフは人の意見をよく聞くリーダーです。当社の経営陣、Takeda Executive Team(TET)は現在20名ですが、国籍やタケダ歴の長さ、バックグラウンドなど実に多様です。そのひとりひとりが異なる意見を尊重し、オープンに議論できる関係を築いています。今回のシャイアー買収の際も喧々諤々の議論をしたと聞いています。しかし、最終的に決まったことには全員がコミットし、そのように行動しています。こうした多様性の尊重と決定へのコミットメントがあるからこそ多くの社員を巻き込み、変革をグローバルに推進できるのだと思います。

グローバル展開を成功させるためには、当然のことながら人事戦略も重要な鍵になると思います。具体的に人事はどのように対応してこられたのでしょうか?

赤津ビジネス面での変化のひとつは、「Empowerment Model」です。これは、各部門や現地子会社に権限を委譲し、機動性やアジリティを高め、患者さん・お客様に貢献するというDecentralizationの考え方です。また、言われたことを粛々と行う従来型の人事から、事業戦略や顧客ニーズを理解し能動的かつ機動的に動く人事へ、変化が求められています。事業の目標を実現するため、自分たちが人事戦略を立て実行まで行う、まさに戦略人事へと変わりつつあります。

さらなるグローバル化に向けて、特に人材育成には注力されているそうですが、具体的にどのような人材を求め、育成されているのでしょうか?

赤津変革を牽引するビジネスリーダー像として、4つの要件を掲げています。1つ目は、『組織に依存しない、一人のリーダーとしてのアスピレーションや、ビジョン、覚悟、自信』。2つ目は、『リスクを避けるのではなく、上手く管理して現状を大胆に変革するマインドとスキル』。3つ目は、『幅広く全体を俯瞰した視座と戦略的思考』。そして4つ目は、『グローバルかつ多様性に富んだ環境下でのコミュニケーションスキル』です。これらを踏まえて、人材の発掘・育成・抜擢に取り組んでいます。

4つの要件を備えたビジネスリーダーの育成に関する仕組みや具体的な施策についてお聞かせください。

赤津リーダー人材の育成は、レイヤーごとに継続して行う必要があります。例えば、40代半ばでビジネスリーダーとして変革を牽引できるような人材を育てるのであれば、そこから逆算して、30代後半?40代前半で海外の経営ポジションを担えるようになる必要があります。さらに30代前半では、人やプロジェクトのマネジメントができる能力を備えておく、20代後半ではリーダーシップ、専門性、幅広い経験などを備えておくというイメージです。人材を発掘する際のポイントとしては、『タレントレビュー』の徹底や、「若すぎる」、「早すぎる」といった『見えないバイアスの克服』が重要でしょう。年齢に関係なく、例えば誰がチームで成果を出すための資質を備えているのか、きちんと見極める必要があります。
また育成内容ですが、単にトレーニングや研修を受けるだけでは足りません。実際にマネージャーを任せ、苦労をしながら学んでいただくのが理想です。そのためには十把一絡げの計画ではいけません。5人いれば5人それぞれの目標や強み、課題がありますから、その人に合わせた個別の育成プランを策定し、それに合ったストレッチな仕事をアサインする必要があります。今までは上司と部下の対話が徹底されておらず、また本人も自分が何をしたいのか漠然としか考えていなかったことなどから、個別育成計画の実施度合いや質がまちまちでした。やはり育成の基本は日々の対話ですから、現在は『クオリティ・カンバセーション』の再浸透を図っています。『クオリティ・カンバセーション』は、主に上司と部下の間において対話の頻度と質を高める手法で「目標と優先順位」「キャリア・育成」「日常的なフィードバック」「トータル・リワード」の4項目から成っています。

どのように運用されているのですか?

赤津当社ではマネージャーと部下の個別面談を通じて、信頼関係を築き、成長や成果に繋がるコミュニケーションを図っています。さらに一人の上司やメンターだけに頼るのではなく、一緒に仕事をしている他部署や他社の人にアドバイスをもらったり、SNSを活用して疑問に答えてもらったりと、ヨコやナナメの関係促進に効果があるソーシャルラーニングも推進しています。

武田薬品工業株式会社
グローバルHR 人材開発・組織開発(日本)ヘッド
赤津恵美子氏

外資系3社で人事を経験後、現職。GEでは、採用、育成・組織開発、部門人事など幅広く従事。ノバルティスファーマでは、Diversity & Inclusionの推進に携わり、働き方改革や女性管理職比率の向上に貢献し、人事本部長賞およびJ-Winアワード準大賞を受賞。日本オラクルでは、タレントレビューを推進し、トップタレントの発掘や育成に貢献。また、社員の働きがい85%を目指した企業風土改革をリード。現在は、企業風土の変革、トップタレントの育成、多様な個性の発揮による働きがいの向上などに取り組んでいる。