Vol.10
「NEXT HR」キーパーソン特別インタビュー
僕たちが世界一周の旅に出た理由と「ONE JAPAN」を立ち上げた原動力
企業と人の新たな関係性と“つながる力”【前編】
インタビューアー:ProFuture代表/HR総研所長 寺澤康介
縦・横・斜めの繋がりを作る「One Panasonic」
寺澤ここで濱松さんがパナソニック時代に発足させた若手有志の会「One Panasonic」についてお聞かせください。そもそもどのような経緯で発足に至ったのでしょうか?
濱松私は2006年にパナソニックに入社したのですが、まだ内定者だったときに起こった出来事がある種の原体験になっています。パナソニックは国内だけで約10万人、グローバルだと30万人規模の大企業ですから、それは面白い社員がたくさんいるだろう、入社前から先輩社員と交流させてもらおう、と期待していました。ところが「いろんな先輩方とお話させてください」とお願いしたところ、当時の採用責任者は「まだ学生なんだから遊んどけ」と断られたんです。今となっては自分のことも考えてくれて言ってくれたのかなとも思いますが、当時は私も若かったですから、本当に悔しくて。そこで翌年、後輩に同じ思いはさせまいと「内定者20人」対「現役社員20人程度」のこぢんまりとした懇親会を企画しました。それがすべての始まりというわけです。
寺澤そこから少しずつ人数が増えていって、「One Panasonic」に繋がっていったということでしょうか。
濱松そうなんです。最初の6年は本当にただの飲み会。そこに勉強会の要素も少しずつ盛り込んでいきながら、内定者や新入社員をどんどん巻き込んでいって、気がつけば40人、80人、100人、400人と、若手社員による大きなネットワークができあがっていました。そして2011年、パナソニック、パナソニック電工、三洋電機が統合。会社として『One Panasonic』のスローガンを掲げたのを機に、改めて全社の若手社員が繋がりを持てるよう、社長に直接掛け合って正式に会を発足させました。名前も会社のスローガンそのままです。
寺澤これまでに参加者は累計3,000人にもおよぶそうですが、具体的にどのような狙いを持って活動されているのでしょうか?
濱松もともとは若手社員同士の交流を通じて横の繋がりを作るのが目的でしたが、現在では経営層と若手社員がダイレクトコミュニケーションを通じて縦の関係性を強めたり、またミドルマネジメント層、アルムナイ(卒業生)、社外の人たちなどと部署や会社の垣根を超えた斜めの繋がりを作ったりしています。特にアルムナイや社外との斜めの繋がりは、クロスバリューイノベーション(パナソニックにおけるオープンイノベーションのこと)を実現するきっかけになるのではないかと期待して始めました。
「ONE JAPAN」を立ち上げた3つの原動力
寺澤そしてこの活動が大手企業に勤める若手有志団体「ONE JAPAN」発足へと繋がっていくわけですね。
濱松2012年に「One Panasonic」を立ち上げてから2年ほど経った頃、僕らの活動を、SNSなどを通じて知った人たちから、「面白そうですね」、「参考になります」、「うちの会社でもやってみたいので教えてください」といった声や、「うちも似たような団体を作りました」、「うちではこういう勉強会をやってるよ」「同じような活動をしているので情報交換しましょう」といった声が集まり始めました。要するにいろいろな企業で潜在的なニーズや同じようなことを考えている同志がいたということ。それがSNSによって一気に可視化されたというわけです。僕はこうした状況を「アングラ活動からオングラ活動になった」と言っているのですが、これだけ求められているのであれば、会社や業界の枠組みを超えて、みんなで団結すればいいじゃないかと。一緒に歩めばいいじゃないかと。そこで2年近く、仲間集めや告知活動を行い、NTT東日本(当時)の山本(将裕)さん、富士ゼロックス(当時)の大川(陽介)さんを共同発起人として、2016年9月、まずは大手企業26社の有志団体のリーダーたちが集結し、「ONE JAPAN」を結成しました。
寺澤パナソニックの中で「One Panasonic」の活動を拡げていくだけでも大変なはずなのに、さらに「ONE JAPAN」の活動が加わるとなると、まとめるのは相当ご苦労したと思います。それほどまでに濱松さんを突き動かした原動力は何だったのでしょうか?
濱松原動力は3つありました。1つは使命感。これは「One Panasonic」を作ったときにも感じたことですが、入社時にはあんなにまっすぐだった若手たちが、3年も経つと目に輝きがなくなり、会社の文句を言いだしたりするんですね。もうそういう後ろ向きのスタンスはやめにして、自分たちが変えていこうよと。そういう使命感みたいなものがありました。2つ目は、僕自身、人を集めて何か行動を起こすことが、好きだったということです。そして3つ目は、義憤。こういう活動をしていると、特に上の世代の人たちから「俺たちの時代も似たようなことは考えてたよ」、「俺たちの時代もきついことはたくさんあった」などと批判めいたことを言われるのですが、じゃあなぜ、あなたたちが変えてくれなかったのか、なぜネットワーキング化やコミュニティ化をしてくれなかったのかと思うわけです。僕にとってはこの3点が活動を続けるモチベーションになっていました。(後編に続く)
ONE JAPAN 共同発起人・共同代表
濱松 誠 氏
1982年京都生まれ。2006年パナソニックに入社。海外マーケティング、人材・組織開発、そしてベンチャー出向等を経て、2018年の末、パナソニックを退職。2012年、本業の傍ら、組織活性化をねらいとした有志の会「One Panasonic」を立ち上げる。その後、志を同じくする仲間たちと出会い、2016年「ONE JAPAN」を設立、代表に就任。現時点で54社・1500名が参画。共創、人材育成、土壌づくり、意識調査等に取り組む。日経ビジネス「2017年 次代を創る100人」に選出。2019年、夫婦の夢だった世界一周を実現。現在は企業のアドバイザーなどをしながら、起業準備中。