「トランザクティブ・メモリー(Transactive Memory)」とは、いま、世界の組織学習研究においてきわめて重要とされているコンセプト。

1980年代半ばにアメリカの社会心理学者、ダニエル・ウェグナーが、「誰が何を知っているかを認識すること」をトランザクティブ・メモリーと定義し、組織内の情報の共有化で大事なことは、組織の全員が同じことを知っていることではなく、「組織の誰が何を知っているか」を組織の全員がよく知っていることであると唱えました。

英語で言えば、組織を構成するメンバーが「What」ではなく「Who knows What」を共有していることこそ、組織の学習効果やパフォーマンスを高めるためには重要だというわけです。日本では、米国で活動する若手経営学者の入山章栄氏が、著書『世界の経営学者はいま何を考えているのか ―知られざる知のフロンティア』(入山章栄著/2012年英治出版刊)でトランザクティブ・メモリーについて紹介し、広く世に知られるようになりました。

組織内での情報の共有化の大切さは、よくいわれるところです。一般的に、情報の共有化とは、組織のメンバー全員が同じことを知っていることだと捉えられていますが、一人の人間の覚えられる記憶量には限界があり、全員が同じことを覚えていては効率が良いといえません。一方で、組織のメンバーがそれぞれ何らかの分野に詳しいスペシャリストになり、「この分野のことが知りたいときは、この人に聞くといい」ということを組織で共有できていれば、組織全体の知はどんどん広く、深いものになっていきます。

例えば、新規事業を立ち上げるときや、予期せぬ事態への対応が必要なときなど、「この分野はこの部署のAさんに、その分野はあの部署のBさんに聞けばいい」とわかっていれば、組織全体の情報や知識を結集し、レベルの高い業務を遂行することが可能です。

実際に、これまでの多くの実証研究で、トランザクティブ・メモリーが高い企業や組織の方がパフォーマンスが高いという結果が出ています。どのような組織がトランザクティブ・メモリーを高められるかについても研究が進んでおり、メールでやりとりする場合と、顔を合わせて対話する場合では、後者の方がトランザクティブ・メモリーが高いという興味深い報告もあります。今後の研究成果が期待されるところです。