パワハラ対策に本腰を入れる国と、二の足を踏む企業
首相官邸ホームページで公開されている『働き方改革実行計画(工程表)』によると、「メンタルヘルス・パワーハラスメント防止対策取組強化」として2019年より新たな規制の施行が計画されている。2012年10月より厚生労働省によるパワハラ対策についての総合情報サイト『明るい職場応援団』が公開されていたが、今夏にいわゆる「働き改革関連法」が成立して以降、急速に内容の充実化が図られている。
直近では、10月に厚労省雇用環境・均等局によるパワハラの定義や判例における違法性の判断基準等を示す会議資料が公開されており、前述の工程表通り、国は新たな規制作りに向け、これまでに蓄積された議論や事例・判例の整理に取り組んでいる様子がうかがえる。
筆者のクライアント企業においても、パワハラは現在進行形の問題として存在しており、それによって離職者や休職者を生み出し、また求人難も相まって、対応に苦心されている姿を目にすることが多い。
そこでパワハラ研修を勧めてみるのだが、必要性は理解できても「下手に刺激したくない」、「知識をつけることでかえってトラブルになる」といった意識が先行してしまうようだ。
パワハラ規制に向けての国の取り組みは着々と進み、企業規模を問わず、セクハラ・マタハラ同様、何かしらの防止・相談措置が必須とされてくる情勢であるが、これに反して企業側は、二の足を踏んで前進できていない、といった構図が見て取れる。
確かに、パワハラ研修に関心を示される企業では、実際にパワハラと見られる言動をとる幹部や従業員が、既に実在しているケースが多い。そうした中で単に事例を並べ立てて「これらの行為はパワハラです」と説いても、企業側の懸念解消には繋がらないであろう。
そこで、企業がパワハラ防止対策に取り組むにあたり、2つの方向性を提唱したい。
パワハラ対策の本質は、「労使自治」と「相互理解」
パワハラ防止対策の議論が進まなくなる原因の一つが、「誤った自己解釈」である。よくありがちな解釈として、「強制=パワハラ」、「相手がパワハラと思えばパワハラ」となるといったものがある。国における議論の蓄積の中に、参考となる記述が2つあるので、引用して紹介しよう。
・「個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントには当たらないものとなる。」
・「業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があると考えられる。(中略)何が「業務の適正な範囲を超える」かについては、業種や企業文化の影響を受け、(中略)各企業・職場で認識をそろえその範囲を明確にする取組を行うことが望ましい。」
(いずれも『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告(2012年)』より引用)
つまり、各企業それぞれに「経営理念」や「行動憲章」といったものがあり、それを職場での「共通言語」なり「判断基準」として機能させるという方向で、労使がともに議論を重ねていく取り組みが求められているというわけだ。これを「労使自治」という。
さらに言えば、判例でも実際に、業種による違い(医療現場と一般的な業種での単純ミスの影響の比較)が考慮されている例があり、これがパワハラの明確な線引きを難しくしている面もあるのだが、そうした線引きが、企業や業種によって自主的に決められるということを示唆している。
このように労使が共通して身を置く環境を捉え直し、その構成員としてふさわしい姿を、あくまでも自主的に決めることが、パワハラ防止措置となるのである。
ではそこまで出来たとして、残す課題は、それをどうやって「納得」してもらうかである。たとえ、企業としてパワハラ的言動の判断基準が「伝達」できたとしても、それが個々人にとって理解でき、納得できるものでなければ、即ち、労使の「相互理解」がなければ、コミュニケーションとして成立していないからである。
そこで役に立つのが意外にも、各企業ですでに導入されている多種多様な適性検査・分析ツールである。これによって各人の「個性」を可視化したら、そこからどのような伝え方がその個人の「納得」に繋がるのか、分析してみることをお勧めしたい。通常これらのツールは、採用時にストレス耐性を測ったり、配置の参考にしたりするために使われるが、そのような活用の仕方もある。
雇用の流動性・多様性が加速する昨今、これまでのように、長い時間をかけて相手を理解するということが困難となってきている。相互理解にもスピードが求められる中、「伝達」と「納得」を早期に両立させることとこそ、間近に迫るパワハラ防止策義務化の波に乗り遅れないための鍵となるだろう。
組織力診断士(一般社団法人組織力診断士協会認定)
中尾恭之