健康経営から始まる破壊的イノベーションへの道すじ
2018年通常国会で働き方改革関連法が成立し、時間外労働の上限規制などが2019年4月1日より施行される。少子化により採用難が深刻化しつつある昨今、特に人材不足を感じている中小企業では、時間外労働の制限や年次有給休暇の付与を罰則付きで義務化されることが、重くのしかかってくると思われる。残業を前提にしなければ人員配置ができず、改正法の実施が困難な経営者もいるかもしれない。そこで何らかの施策が必要となるわけだが、現在はグローバル競争が激しくなり、企業を取り巻く環境も目まぐるしく変化し続けており、部分改良をするだけの“持続的イノベーション(インクリメンタルイノベーション)”では対応することが難しい。よって、従前とは異なる価値を見出す“破壊的イノベーション(ラディカルイノベーション)”が求められるだろう。
新事業活動を展開するためにはまず、経営資源の一つである「ヒト」=従業員が健康的に働けなくてはならない。そうでなければ創造的な仕事をすることも、新たな価値を生み出すこともできない。
健康で働くためには、疲労を蓄積しないこと、そのために身体を休めることが大切だ。十分に寝ないと翌日の仕事効率が落ちるし、免疫力が落ちて大病を患う可能性も高くなるだろう。労働時間を抑え、前日の疲労を取った上で翌朝定時に出勤したほうが、かえって効率的に仕事をすることができるし、体調不良による欠勤を減らすこともできる。
また、従業員の残業が減り、自由な時間を多く作り出せれば、そのぶん私生活を充実させることができる。そこから得られた知識・経験が新たな気づきを生み、仕事に好影響を与えることになる。新たな製品やサービスのアイデアも浮かびやすくなるだろうし、労働生産性(パフォーマンス)の向上にもつながり、企業は創造的な事業活動を展開できるようになるだろう。
労働時間の適正化に加え、社内において、正当な人事評価をするなどのインターナルマーケティングを実践すれば、従業員の職務満足度が高まり、組織へのコミットメントも向上する。ワーク・エンゲージメント(仕事への活力、熱意)の高い従業員がさまざまな知識や経験を得ることは、顧客価値創造につながり、競合他社には真似のできないノウハウなどの情報的経営資源を獲得することができる。
人間は疲労やストレスが蓄積していると、ついイライラしてしまうものだ。時にはこれが、ハラスメントや人間関係の対立につながる。そのような職場では、情報的経営資源が水平展開されることはない。これに対し、人間関係が円満で、上司や同僚のサポート態勢ができていると、従業員はフェイス・トゥ・フェイスで、ノウハウや知識をやり取りするようになり、それはやがて個人間のみならず、企業の有する価値や目標を超えた組織学習(高次学習)となる。
この高次学習により身につけたものこそが、他社には模倣困難なコアコンピタンス(企業の中核となる能力)となり、企業を“破壊的イノベーション”へ導くこととなる。
今後重要となる「従業員のモチベーションを上げる」経営戦略
少子化の時代では、休職者や退職者が出ても、それを穴埋めできるだけの人材を簡単に採用することはできない。終身雇用制が崩れてきたとはいえ、企業が生き残るためには、優秀な従業員や真面目な従業員に長く元気に働いてもらうことが不可欠だ。若い世代が減少している状況で、心身ともに健康な人材を確保するためには、しっかりと将来を見据え、従業員が健康で働ける人的資源管理制度を構築することが肝要である。それは長時間労働防止やメンタルヘルスケアのみにとどまらず、キャリア発達支援を含む雇用管理や、人事評価制度も合わせた総合的なものが想定される。従業員のメンタルヘルスを悪化させないというだけでなく、「積極的にモチベーションを上げる」ことが経営戦略となるのである。
働き方改革関連法の枠組みの中だけで業務の効率性を上げる “持続的イノベーション”だけではとても足りない。もし自社に、残業に対して寛容な組織文化があるとしたら、同法による労働時間規制規制は、その現状を打破する“破壊的イノベーション”の起爆剤と捉えることもできるのではないだろうか。
組織文化に不連続性が生まれることに内部の反発があるかもしれないが、経営者自らが改正法をポジティブに捉え、労働時間を減らして健康な状態で働くことができる職場環境の改善に向けて実践していく努力が必要である。これらを地道に実行することにより、きっと従業員個人や職場集団の成果は上がっていくに違いない。
つまこい法律事務所
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弁護士
佐久間大輔