「会社中の人がわたしを監視している」
「同じ部署の人たちは、わたしの顔を見ると嫌な態度をとる」
「同僚たちは、わたしが失敗したことをほのめかし、言葉のいやがらせをしてくる」
だが、「相手は具体的になにを言いましたか(しましたか)?」と確認しても、答はたいていあいまいだ。
内容が疑わしいと思っても、真摯に話を聞く
あなたが、部下からこのような相談を受けたら、どのように答えるだろうか。または、社内のハラスメント相談担当者だったら、どうだろうか。管理職や社内の相談窓口がハラスメントの相談を受けた場合、最初に適切に対応しないと、会社自体の対応が不適切であったとして、その後大きなトラブルになることがあるので、要注意だ。
どんなに根拠が乏しく、妄想が疑われるような話だと思っても、最初に相談を受けた段階で、ハラスメントかどうか、認定することは求められていない。
内容が疑わしいと思った場合、事実かどうか確認したくなるのは人情だが、ここで相手を疑うような言動をしたり、尋問や詰問と受け取られるような言い方で質問攻めにするのは禁物だ。
「うそでしょう」
「あの人がそんなことをするわけがない」
「あなたの思い込みではないんですか?」
上のような言葉は禁句だと心得ておこう。
事実の確認に走るのではなく、相手がそのように感じたことをそのまま受け止め、気持ちに寄り添う対応が必要だ。
気持ちに寄り添う、といっても、無理に同調する必要はない。しっかりうなづき、あいづちをいれながら、頭から否定したり、疑ったりせずに、真剣に聞けば十分だ。
「そんなへんな話をまともに聞けるわけがない」と思うかもしれないが、否定せずに真剣に聞く、というのは、相手の言っていることに同意しているということとは違う。「あなたはそのように思っているんですね」というつもりで聞けばよい。他人から見てとっぴに思えるような内容も、本人にとっては真実なのである。
もちろん、最初に書いたように、「そのときに、相手の人はなにを言いましたか?」など、おだやかに具体的な事情をたずねるのは構わない。相談に来る人は心が乱れているのがふつうなので、理路整然と話せない場合も多い。いつごろ、なにがあったのか、事実関係を整理する手助けをするのだ、という気持ちで質問しよう。
このような主張をする人は、いままでどこに行っても否定され、疑われている場合が多いので、真摯に話を聞くだけでも、「この人は違う」と感じ、相手に対して信頼感を抱くようになる。
後に、会社の対応を説明し、相手に納得してもらうには、このときに作られた信頼感がものをいう。
ハラスメントの事実があるかどうか、誠実に調査する
ハラスメントの相談を受けた場合、相手に会社への要望を聞くのが定石だ。このときに「話を聞いてくれただけでけっこうです。会社には言わないで下さい」と言われたら、そのまま胸に納めておいてよいのだが、本人から会社になんらかの対応をしてほしいと言われたら、決して握りつぶしてはいけない。
「調査してもなにも出てこないだろう」と思っても、「そのような事実はなかった」ということを確認するために、会社として誠実に調査をする必要がある。
相談する段階で、明らかにありえないような話をしている人は、「ハラスメントの事実は認められない」という調査結果が出たときに、それに納得しないことも十分考えられる。あっせんや労働審判、民事訴訟などに持ち込む可能性もあるので、会社が誠実に調査したが、そのような事実は見当たらなかった、という証拠をきちんと残しておかなければならないのである。
調査の結果、ハラスメントの事実が出てこなかった場合、本人の思い込みで多くの人が振り回され、貴重な時間を使い、加害者の疑いをかけられて不快な思いをしたという結果になる。
しかし、だからといって、本人を責めたり、不利な取り扱いをするのは論外だ。それこそ、ほんとうにハラスメントになってしまう。
ほんとうのハラスメント事案がおこったときに、会社がそれを知らないまま、被害者が退職してしまったり、精神的不調に陥ったり、最悪の場合は自殺するということを防ぐためにも、「事実とは異なるハラスメントの被害」を言い立てる人にも、まずは、きちんと対応しておかなければならないのである。
だが、労務管理上、さらに困難な問題が出てくるのは、この後だ。
調査が終わり、ハラスメントの事実はないということになったが、本人は納得しないまま、周りの従業員を「加害者」として見ている状態で、チームとして仕事ができるのだろうか?
この点については、次稿にゆずることとする。
メンタルサポートろうむ代表
社会保険労務士/産業カウンセラー/ハラスメント防止コンサルタント/女性活躍推進アドバイザー
李怜香(り れいか)