だが、ほんとうに対象者への特別扱いは、その人たち個人の問題なのだろうか。こんなエピソードは、いかがだろうか。
難聴になった部下への対応が起こした思わぬ波紋
ある日、サトウ課長(40代男性)のところに、部下のタナカさん(30代女性)がやってきた。「ちょっとお話があるんですけど・・・実は、わたしこのごろ耳の調子が悪かったんですが、お医者様に行ったら『低音障害型感音性難聴』と言われました。だいぶ治ってきたんですけど、前よりは聞こえにくくなっています」
「難聴? それはたいへんだね。仕事に差し支えがあるのかな?」
「実はその件で課長にお願いがあるんです。『低音障害型』ということで、男性の低い声が聞き取りにくいんですよ。
大きな声を出してもらう必要はないんですが、話すときは、わたしのほうを見て、できるだけはっきりしゃべっていただきたいんです」
「わたしだけに言うより、職場で話して、みんなに理解を求めたほうがいいんじゃないかな?」
「いいえ、病気の程度が軽いので、ほかの方の話は、聞き取れます。みんなに余計な気を使わせたくありません。課長は声も低いし、ちょっとぼそぼそっと話をされますよね。聞き取りにくいのは課長だけですし、課長の話がわからないと、仕事上、困ってしまいます」
「低音障害型ナントカ難聴」などというのも初耳だったし、自分の話だけが聞こえにくいと言われて、サトウさんは、なにやらすっきりしない気分になった。しかし、ふだんは明るく冗談を連発しているタナカさんが、いつになく真剣な面持ちだったので、そのとおりにするよ、と約束して話を終えた。
根がマジメなサトウ課長は、約束したのだから、と、タナカさんに話をするときは、できるだけ気をつけて顔を上げ、はっきり発音するように努めた。タナカさんは、もちろんそんなサトウ課長の努力に気づいていて、前にもまして、にこやかに返事をしてくれる。
そのうちに、タナカさん以外の課員にも、自分の話がちゃんと伝わっているのか、心配になってきた。そういう気持ちがあると、自然に相手の顔を見て、反応を見ながら話すようになる。サトウ課長自身はあまり意識していなかったが、ある日、別の課員にこんなことを言われた。
「最近、課長なにかいいことあったんですか? 前は話をするとき、うつむき加減で、暗い雰囲気だったし、モゴモゴしてて、なに言ってるかよくわかんなくて困ることもあったんですけど、最近はぜんぜん違いますよね。みんな、課長に話しかけやすくなった、って喜んでますよ」
「暗い雰囲気」とか「モゴモゴ」とか、遠慮会釈のない言葉には閉口したが、自分でもそんなふうに見えることは知っていた。だが、仕事はちゃんとやっているのだから別に問題ないし、そういう性格なのだから、しかたがないと思っていた。
それが「相手に伝わるように気をつけて話す」ということだけで、印象まで違ってくるということは、サトウ課長にとってちょっとうれしい発見だった。
障害者や、育児・介護を行う社員の存在が、職場全体にもたらすもの
「低音障害型感音性難聴」というのは、20代から40代の女性に増えている耳の病気だ。難聴といっても、適切な治療をすれば比較的予後はよく、生涯一度きりしかかからない人もたくさんいる。しかし、病気に気づかないまま聴力が低下してしまったり、再発を繰り返す人も一定数存在する。つまり、このエピソードのようなことは、これからあなたの職場にも起こりうることなのだ。以前に、「あなたの職場にもいる? おとなの発達障害」というタイトルで、発達障害が疑われる部下にどのように対応するとお互いに働きやすくなるか、という記事を書いた。また、先月掲載された「部下の産休・育休にはこう対応する」という記事でも、部下の産休・育休取得を、かえって職場のプラスにするには、どのように行動すればよいか、という方法をお伝えした。
そのどちらも、「発達障害が疑われる人」「産休・育休取得者」という一部の部下に対する対応であり、ある意味「特別扱い」ではあるのだが、それ以外の部下・同僚に対して行うことで、だれもが働きやすくなる対策でもある。
育児・介護をしながら働く社員が、気兼ねなく自分の能力を発揮できるような職場であれば、そのような配慮が必要ない人であっても、家庭の責任を果たし、趣味を楽しみながら仕事に打ち込むことができるようになるはずだ。これは、職場全体に大きなプラスであるといえるだろう。
メンタルサポートろうむ代表
社会保険労務士/産業カウンセラー/セクハラ・パワハラ防止コンサルタント
李怜香(り れいか)