意外と知られていない「司法警察員」としての「労働基準監督官」の権限と役割、そして今年度の労働行政運営方針について、知っておくべきこと。
労働基準監督官の役割・権限と平成28年度労働行政運営方針

「労働基準監督官」は労働基準法、労働安全衛生法等の警察官である。

人事労務に携わったことのある方ならば、労働基準監督署による調査に立ち会った経験がある方も多いだろう。ただ、労働基準監督官の役割・権限、つまり、労働基準監督官が「司法警察員」であることは、意外と知られていないかもしれない。
司法警察員とは、刑事訴訟法にて定められた捜査、送検、逮捕等の権限を有する下記のような人たちをいう。

・一定階級以上の警察官
・自衛隊における一定階級以上の警務官等
・海上保安官
・麻薬取締官等(いわゆる「麻薬Gメン」)
そして、
・労働基準監督官
 である。

 司法警察員としての「労働基準監督官」が取り扱う法律は、労働基準法、労働安全衛生法等、労働関連法令の一部であるが、その分野に関しては、いわゆる「刑事」等と同じ権限を持っているのである。

 ただ、実際に「労働基準監督官」による調査を受けて、労働基準法違反等で送検や逮捕されるかもしれない、という場面に出くわした経験のある方は希であろう。労働基準法違反等があった場合においては、一般的には「是正勧告書」というものが交付されることが殆どである。

「是正勧告書」とは、法○条違反に該当する事項があるから、いつまでに是正しなさいよ、という「行政指導」である。この「行政指導」そのものには従わなければならない義務はなく、応じるかどうかは任意である。
従って「是正勧告書」には従う必要は無い、との考え方を聞いたことがある方も多いようである。

 しかし、前述の通り、「労働基準監督官」は司法警察員である。法違反があれば、法的には直ちに捜査、送検等を行うことができる。「是正勧告書」は、それを行う前段階として、法違反の自主的な是正を促す為の「猶予」と考えなくてはならない。

 「是正勧告書」に従わず、送検等がなされたというニュースを見聞することも多い。また、法違反が悪質な場合や、死亡事故等を伴う場合には、「是正勧告」という「猶予」を経ずに、送検等となる場合もあることは留意しておかなければならない。

平成28年度地方労働行政運営方針

厚生労働省は、毎年度「地方労働行政運営方針」というものを設けて、各都道府県労働局の運営方針を示している。各都道府県労働局は、その方針を基本に各都道府県毎の事情に即した、その年度の行政運営計画を立てる。
今年度の「地方労働行政運営方針」は下記の通りである。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000119643.html

労働基準監督官もこの運営方針を基に、今年度の事業場への調査・指導等を行うことになる。留意すべき今年度のポイントをいくつか、ここでピックアップしていこう。

① 長時間労働の抑制及び過重労働による健康障害防止に係る監督指導

 昨今、労働基準監督官が最も力を注いでいるのが、この対策であると言ってもいいだろう。「各種情報」から得られた時間外労働時間数が1ヶ月80時間~100時間超と考えられる事業場、あるいは、長時間にわたる過重な労働による過労死等に係る労災請求が行われた事業場に対しては、厳しい対応を行う。
前述の「各種情報」とは、従来から労働基準監督官が所持している情報や、労働者からの情報提供、提出された36協定の内容、インターネットによる情報監視により過重労働が疑われるもの等々により抽出される。

② 時間外労働に関する協定(36協定)の適正締結への指導

 労働組合が無い事業場における労働者代表の選出は民主的な方法により行わなければならない。会社が労働者代表を一方的に指名することに対して代表取締役が送検された事例もある。

③ 若者の「使い捨て」が疑われる企業等への取り組み

 厚労省が行っている「労働条件相談ほっとライン」で受け付けた相談や情報について、監督指導等を実施するなど、必要な対応を行う。

④ 特定の労働分野における労働条件各対策の推進

 具体的には「自動車運転者(トラック、タクシー、長距離バス等の運転者)」の長時間労働問題。「障害者」の虐待防止。「外国人労働者、特に技能実習生」について法違反があると考えられる事業場に対する重点的監督指導。「介護労働者」、「派遣労働者」、「医療機関の労働者」、「パートタイマー」の法令遵守の指導等。

 もちろん、これらについては、本来ならば自主的に法令遵守を行わなければならない。しかし、諸々の事情により法違反があり、労働基準監督官からの監督、指導を受けた場合には、彼らが司法警察員であることを、十分に理解しておいてもらいたい。

もしも法違反があるからといって、その証拠を隠蔽したり改ざんしたりすることはもっての外である。例えば、何らかの事件で刑事の捜査を受ける際に、その証拠を隠蔽・改ざんしたりした場合、それがどういう意味を持つか、容易に想像がつくだろう。労働基準監督官も、「司法警察員」として、刑事等と同様の権限を持っていることを忘れてはならない。

 もう一つ付け加えるならば、労働基準監督官も人間である。誠意を持って真摯に対応する事がベストである。


オフィス・ライフワークコンサルティング
社会保険労務士・CDA 飯塚篤司

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